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私の夫は完璧である。芸術として、一生観察させていただきます。

作者: 有梨束
掲載日:2026/08/27

私の夫は、完璧な人だ。


仕事はもちろん、家のことも抜かりないどころか、隙がない。

容姿端麗は言うまでもなく、私と婚約する前も、婚約してからも、結婚した今も、狙っている女性が絶えない。

本人は文官だというのに、剣術も人よりできるものだから、騎士になると思われていたほどだった。

妻の私に対しても常に礼儀をもって接してくるし、使用人からの信頼も厚い。


そして、何より素晴らしいところは、私に全く興味がないところだ。


最高に完璧な男である。




「あそこまで行くと、もはや最高の美術品よねぇ。最高だわ」


今日も夫が仕事に行くまで、つぶさに夫のことを観察していた。

夫を観察するというのは、私の趣味であり、日常の一部だ。


結婚してからはますますいろんな夫が見られて、大変満足である。


私と夫は政略結婚なので、恋愛のような浮かれる思いは一切ない。


ただ、あまりにも綺麗すぎる夫のことは、観賞する一級品の芸術として、とにかく好きすぎるのだ。

もういくらでも見ていたい、一生見ていたい、一日中見ている時間が欲しいっ…!!!


特に綺麗なものや宝石、美術品なんてものに興味など湧かなかったのに、夫をはじめて見た時の感動ったら…!


まさか、夜会で遠巻きに眺めていた人と自分が婚約するとは露ほども思っていなかったので、夫に何かを求めようという気は全く起こらなかった。

烏滸がましすぎて、無理である。

これで想いまでくれなんて言い出した暁には、私の徳が減る。


むしろ、間近でその姿を見せてもらえるなんて、なんて素晴らしい役得なんだろうと、どれだけ感謝したことか。


だからか、夫がモテにモテまくることも、さほど気にならない。

あんな完璧な夫を独り占めしようって方が、悪いわよ。

世界の損失になりかねないわ。


何より、私に興味なさそうな顔が、たまらなく好きなのよっ。


だからね、妻というとんでもない最高峰のお役目をいただけたのだから、精一杯つとめるだけなのよっ!!


今日は夫の横顔(脳内フォルダ横顔版、No.115)を思い出しながら、頑張るわよ〜!



「おかえりなさいませ」

夫が帰ってきたので出迎えると、シャツの襟元から見える首筋が綺麗だった。


ほわあ…、朝見ても美しい、夕方見ても美しい。


これが乱れたところも見てみたいが、完璧な夫がそんなことをするわけもなく。


……全くよれていない襟元、こう、誰かに求められて脱がされたりしないのかしらね、この人。


恋愛感情は一粒も持っていないが、やましい気持ちは多少ある。

夫婦だから許されているのであって、本来ならそんなことを思ってはいけないため、これは必死に隠している。

だから、夫にとって私は、仮面をつけた可愛げのない妻なのだろうと思う。


「今日は、何かありましたか?」

「いえ、特にトラブルなどは、皆さんがよくしてくださっていますので、問題ございませんよ」


いい調子、しっかり猫は被れているわ。


「それは、あなたがよくしてくださっているからでしょう?」

そう言って、無表情がちな夫の顔が、ふんわりと蕾が開いたかのように微笑んだ。

夫の背景に百合が咲き乱れた。…ように見えた。


「……ぐ」

「? どうかしましたか?」

「いえ、もったいないお言葉ですわ」


はな、は、はな、鼻血出る…………っ。


そんな少女みたいはあどけなさと儚さを備えた微笑みまで、できたんですか!?

私をこの世からあの世へ召したいのですか!?

ああ、天使の化身だったかしら。


「いつもありがとうございます」

「そんな、こちらこそあなたの妻になれてしあわせですわ」


ええ、この世で一番しあわせな観測者ですよ。

本当にありがとうございます。

こんな喜びが待っているのなら、婚約時代にたくさんのお姉様方から、可愛がっていただいただけのことはありますよ。

もう本当に、ミミズの入っているプレゼントボックスとか、一人だけ辛いお茶とか、懐かしいわあ。



今もこうして、夫の顔を正面から眺めることができますし。

その肉体美まですごいんだから、お姉様方はさぞかし見たかったでしょうねえ、…って、なんだかやたらと視線を感じるのですが。

なんで、夫まで私のことを見ているのだろうか。


「どうかいたしましたか?」

「いえ、あなたが私を見ているなと思ったので」

「ええ、いつ見てもとっても素敵です」

「ですので、その、…やり返してみました」

「へ」

「……ずっと見られるのも照れると思っていましたが、見るのは見るので恥ずかしいのですね」


乙女がいる…っ、美丈夫の姿をした可憐で愛らしく麗しい、世界の傑作がなんかすごいことを言っているわ…!



「照れていらしたのですか」

「ええ…、あなたが楽しそうなので、止めたことはありませんでしたが」

「それは痛み入ります。あなたを見つめることが至上の喜びですので、それを取り上げられてしまうのは大変困りますもの」


この間も、私の脳内フォルダにたくさんの夫が溜まっていく。


どうしましょう、照れてるって言いながら、普段と何も変わらないわ!

それなのに、どこか気を緩めている感じもするわ!

どうしましょう、網膜が追いつかない…っ!!!


「そんなに見ていて、飽きませんか?」

「一生飽きることはないと思います」

「本当に?」

「ええ。あなたがどう歳を重ねていかれるのか。おじさまになった時に渋さなどは出るのか、おじいさまになった時に皺まで美しいのか、そのご様子を隣で見ていられるなんて、今から死ぬまでとても楽しみです」


まずいですね、興奮のあまりに本音が出てしまいました。

いつも通りの仮面をつけた可愛げのない、どこにでもいそうな妻でいるのに、口から聞かせてはならない詠唱を吐いてしまいました。

うわああん、その眉の角度、いいですっ!!


「……それは、なんというか、熱烈ですね」

「少々、口が過ぎましたわ。申し訳ございません」

「いえ、あなたが私のことを憎からず思ってくれているのがわかったので、その嬉しく思います」

「あなたのことは、常日頃尊敬しお慕いしておりますよ」


当たり前である、こんなに素晴らしい夫、他にどこにいるというのか。


「そうでしたか」

「はい。これからもあなただけを見ていきたいです。ですから、今日はこれで失礼いたしますね」

「え?」

「今日は少々、妻としてのスタンスを逸脱しすぎました。反省してまいります。それでは」

「ちょっと待ってください…!」

この場を去って、取り乱した己の心とついでに欲望も鎮めようと思ったのに、夫から手首を掴まれた。

こんなことは出会ってからはじめてで、私の脳みそがフリーズしてしまう。



「あの、あなた…?」

「反省などする必要はないのでは…?」

「私はたった今、あなたの妻に相応わしい言動を超えてしまったので」

「私が、嬉しかったのだから、問題ないはずです…!」

「ですが、あまり調子に乗るのもよろしくありませんし」

「私の妻なのに、何が悪いというのですか」


んんん?なんか、話が平行線なような、あ〜〜〜、なんですかその困った顔!

レアレアレアレアレアレアレアレアレアレアッッッッ!!!!私が死ぬ…!!!

息、息ができない…。



「あの、離してくださいませ…、私、あなたに簡単に触れてもらっていいような人間では、…ただの妻、なので…」


言っていることが支離滅裂だが、私の気持ちとしては本気である。

だって、彼は私が一生眺めていたい芸術なのだ。

夫婦の営みは、政略結婚上もちろんするが、必要ないことは求めてはならん。

さすれば、神のご加護ならぬ、夫の観察資格、与えられるだろう。



「あなたは、私を求めてはくださらないのですか?」


この世で一番美しい人が、この世で一番美しい唇を動かして、この世のものとは思えない言葉を呟きになられた。


はて、とうとう観察の罪が神にバレて、滅される時が来たか…?


「…求めても、よろしいのですか?」

欲とは恐ろしいもので、頭がいくらダメだと言っても、口はもう言ってしまっていた。


「ええ、夫婦なのですから」

「…でしたら」

「はい」

「でしたら、あなたの肖像画をくださいませんか!手帳くらいのサイズで、いつでも持ち運べるものを!」

「…………………………………………………………………………は、いっ?」

「四六時中、あなたのことが見られたら、こんなに嬉しいことはないのにと、ずっと思っていたんです…!」

奥底の望みというものは、こういう時に出てしまうらしい。


長いまつ毛が、ぱさり、ぱさり、と何度も上下に動くのを、一瞬たりとも見逃すことなく、見続けた。


長い沈黙のあと、夫は少しだけ眉間に皺を寄せて呟いた。



「……そんなものでよろしければ、いくらでも」

「まあ、ありがとうございます。本懐でございます」

「それは、よかったです…」

「一生分のお願いを聞いていただきまして、本当にありがとうございます。明日からまた精進いたしますので、どうぞよろしくお願いいたします」

「ええ、こちらこそ……」

「では、失礼いたしますね。画家の手配など、執事長と相談させていただきますので」


夫が今度は引き止めなかったので、礼をしてから、サッサっとその場を離れた。

掴まれた手首が熱い。


もう、それはそれはスキップしそうな勢いで、廊下を歩いていく。


くううう〜〜〜〜〜〜っ、夫の肖像画を合法的にゲットよ〜〜〜〜〜!!!!

最高、最高、死ぬほど最高っ…!!!

ありがとう神様、私、ちゃんと徳積んでいたみたいです。


「家宝にしましょう、うふふ…」



今頃、夫が掴んでいた自分の手を眺めて、項垂れていたことなど全く知る由もなく──。



今日も、私の夫は素晴らしく完璧なのであった。





お読みくださりありがとうございました!!

238日目。

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