私はなれない
「ねぇ、わたし魔法少女になれるかな?」
高くて甘い声が聞こえた。鈴のなるような声とはこういう声のことを言うのだろう。子供らしさが、まだ残っている軽いころころとした声。顔を上げると、そう私に尋ねた彼女の、ふわふわとした生まれつき栗色の髪が静かに揺れた。その髪は彼女の、春のお花みたいに明るくて優しい雰囲気とよく合っている。私は彼女からの質問にすぐに答えられずに彼女の宝石の瞳をみつめる。
彼女が言う魔法少女になれるとは、どういうことを言うのだろうか。単純に魔法を使えるようになること?証拠はないけれど、そうではない気がする。彼女はそんなこと、そんな顔で私に言わない。彼女の顔は、奥の方で不安をグツグツ煮詰めて、その上に、期待と希望を振りかけたようで、彼女の目に私は吸い込まれてしまいそうだった。綺麗だなと素直にそう思った。
『魔法少女』。それは少女性の象徴のようなもの。神聖で不可侵なもの。私はもう絶対になれないもの。魔法少女になる女の子は、きっと穢れなんてひとつもないアイロンのかかったハンカチーフみたいな子で、まっすぐに少女を生きている。
私は、少女であることに執着しすぎているし、乙女への憧れを持ちすぎている。そんな人は魔法少女にふさわしくない。純粋さ、清廉さ、儚さが足りない。少女は少女になりたいとは願わない。何も考えずに、ただそのままで存在しているだけなのだ。自分が「そう」あることに疑いなんて持っていない。それを望んだときからもうその人は少女ではない。もうそれはどうしようもなく仕方のないことで、運命のように決まってしまっている。
ふと、小学生のときのことを思い出した。図工の時間に、絵の具で画用紙めいっぱいに、桜の花を描いていたときのことだ。
私は絵の具のパレット全体で、綺麗なピンク色を作っていた。白の絵の具と赤の絵の具を丁寧に混ぜて、水で調整して、我ながら満足のいく出来になった。自分が魔法使いになった気分だった。小さい女の子なら誰でも一度は憧れるような、プリキュアの主人公の色。圧倒的な太陽の属性を持ち、たくさんの闇の中でも輝き、そして周りに輝きを分け与えることもできるあの女の子の象徴。
しかし、突然の事だった。近くをたまたま歩いていた子のパレットの黒色が、私の神聖なパレットに侵入してきたのだ。もちろんその子に悪気は一切無く、そのことに文句を言うほど私は意地悪ではなかった。あ、と小さい声を上げて、ただ黒が静かに広がっていくのを見つめていることしか出来なかった。一瞬で変わる理想の色。元に戻そうと私は必死だった。しかしその理想に戻ることはなかった。
私は、あの娘になれないことを悟った。
私は、生まれてからの十八年間でたくさんの悲しいことを経験した。自分を守り、正当化するための嘘もついたし、酷いことを言ってしまったこともあった。そしてだんだんと私の心は、あの時のパレットみたいに黒が染まって、昔の自分には戻れなくなってしまったのだ。
出来ることなら無邪気なままで居たかった。未来にある光を信じてやまない、無垢な子供を生きたかった。もう取り返しのつかない所まで来てしまったのだと、実感して辛くなる。
私はもう魔法少女にはなれないけれど、きっと彼女なら大丈夫だ。現に今も彼女のまっすぐな瞳に、私は目を潰されそうになっている。彼女の悲しんでいる顔は見たくないと思う。彼女は笑顔が本当に似合うのだ。人にそう思わせる太陽は強くて清い。
私が考え込んでしまったので、彼女のきれいな形の眉が下がっていく。振りかけられていた期待と希望が吹き飛ばされ、不安が伝わってくる。こんな顔をさせたいんじゃなかった。だから私は、しっかりと目を見て、はっきりと宣言する。
「うん、絶対なれるよ。」




