07 夢みたいな夢の世界へ
部屋の奥にあるベッドへ近づく。
ドクドクと心臓を叩く音がうるさい。
「……マナカ」
「──ひゃいっ!?」
名前を呼ばれてビクッと体が跳ねた。
頭の中も心もいっぱいいっぱいで、思わず噛んでしまう。
「ひとつ確認しておきたいことがる」
「はっはい。なんでしょう……?」
「君。好きな男はいないのかい?」
「……へ?」
すっすすす好きな男!?
なななっなんでそんなことを!?
私が慌てていると師匠が続けて口を開いた。
「もし、いるのなら……やはり、止めておきなさい。好いた男のために……その、『乙女』というものはとっておいたほうがいい、と私は思う」
はっはっと息を切らし、限界ギリギリの状態になりつつあるにもかかわらず、彼は私をそう気遣った。
胸の辺りのマントをぎゅうっと力強く握りしめ、ぶるぶると手を震わせている師匠の手を、私はそっと両手包んだ。
「……好きな人はいません。大丈夫です。それに……私みたいな両親に捨てられた人間が、誰かと想いを通わせるなんて……そんなこと考えた事もなかったです」
「マナ、カ……くっ……相変わらず己への認識が、低いままだ。……本当にっ……嘘は言ってない、だろうね?」
「言ってません。それに、あの薬を作ったのは私ですよ? 責任は自分にあります。だから、師匠にはソレを私にぶつける権利があるんです」
彼の手をそっと持ち上げて、ちゅっとキスをしてみる。
顔を上げてみると、師匠は眉間にシワを寄せながら、限界だと頭を振って深いため息を吐いた。
「すまない。限界だ。……マナカ……苦情は後日受け付ける。あと、っく、なにか欲しいものあったら何でも言いなさ……っ」
「……はい」
「すまないっ……っ! 本当にすまない。私がお前の花を散らしてしまうことを──許してくれ」
師匠はそう言うと、私を抱きかかえ、ベッドの上にそっと横たえた。
マントを脱ぎ、サイドテーブルの方へそれを投げる。
彼は少し眉を下げて、私を見つめ、それから覆いかぶさるようにして唇を重ねてきた。
ちゅっちゅっと触れるだけの音が部屋の中に響く。
師匠の舌が私の唇をノックした。
そっと口を開いて、彼の舌を受け入れる。
(師匠。嘘ついてごめんなさい。本当は好きな人いるんです)
貴方です。貴方なのです──ルシード様。
私の浅はかな行動で、こんなことになってしまって、ごめんなさい。
そして、本当のことを言えなくてごめんなさい。
私は、貴方のそばにいたい。
ずっとおそばにいたいんです。
乙女を捧げたら、きっとルシード様は強く責任を感じると思う。
彼は優しい人だから……そう簡単に予想がついた。
そしたら、私は彼から離れなくて済むかもしれない。
そんな打算がふっと頭に浮かぶ。
好きな人に告白する勇気はないくせに、彼の罪悪感を利用しようだなんて……ずるい。
そこに付け入ろうだなんて……なんてずるい女なんだろう。
『──他の人になんて渡さない』
『──師匠は誰にも渡さない』
ドロドロとした感情が私を包み込む。
彼は私を『己の認識が低い』と言うが、そんなことはない。
高潔な貴方に比べたら、ズルくて、小賢しくて、汚い人間なんです。
師匠の手が頬をなで、首をなで、それから……下へとおりていく。
いま、このときだけは彼と恋人同士になっている。
そんな夢みたいな夢の世界へと私は飛び立ったのだった。