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02 チートらしきもの?

 

 掃除と師匠とのドタバタ生活を始めて十年。

 今日もいつもと変わらない朝がやってきた。


 窓の外からピチチッと鳥の声が聞こえて、私は目を覚ます。

 暖かい布団から抜け出して、あくびをしながら、洗面桶に水を張った。

 そして、パシャパシャと顔を洗って、頬を叩いて気合いを入れる。


「……よしっ!」

 

 鏡に映った自分は、明るめの茶髪に緑色の瞳と、相変わらずどこにでもいるモブ顔だ。

 師匠に比べたら、平凡が服を着て歩いてる。ほんとそんな感じ。

 

 十年前、初めて鏡を見たときは、私ってこんな顔してたんだ……と感動したけど、すぐに見慣れてしまった。


(もうちょっと美人だったらなぁ……なんて思わなくもないけど、今更なんだよね。それに……)

 

 当時は、魔力過多な人間は、迫害にあったりするのか!? と、おぼろげな前世の知識で身構えたこともあったけれど、どうやら『見た目で魔力量が分かる』ということは一般的ではないらしい。

 それが分かったときには、少しほっとした。


 鏡を見て、初めて己の姿を認識したとき、私は両親とは違う瞳の色を持っているのだと、そこで気づいた。

 そのせいで、化け物呼ばわりされたのかと思ったのだけれども、色=化け物ではなかったようだ。


 

 私はエプロンをして、袖をまくる。

 頭に三角巾をつけてから、掃除用具の入っている扉を開けた。


「よ~し!」


 師匠が起きてこないうちに、夜の間に落ちたホコリを取るぞっ!


 まずやることは雑巾がけ。

 こんな広い屋敷をひとりでやるのは大変なので、ここは『チートらしきもの』を使っていく。


 前世でいうところの『ク〇ックルなんとか』を自作した。

 長い柄の先にティッシュ箱くらいの長方形の板をつけて、そこに濡れた雑巾をくっつける。

 これを使い出してから、拭き掃除が断然楽になった。腰にも優しい。


 そう。私は、十年という歳月をかけて、この広いお屋敷を片付け切ったのだ。

 

 ようやく床という床が見えるようになった……!

 そのときの達成感といったら……もう!

 くうううぅっ! 言葉に表せない……!

 

 長かった。

 ここへたどり着くまで、本当に長い戦いがあったのだ。


 掃除をしながら、私はふんふんと鼻歌を歌う。

 一階部分の廊下を拭き終えると、窓を開け、換気を行った。


「欲を言うなら……この辺りの掃除は、お掃除ロボットに任せたいなぁ」


 師匠にお願いしたら完璧な物を作ってくれそうだけど、その考えはどこから生まれたのか、ということに興味を持たれてしまいそうだ。


 いや、絶対に持つ。そうなったら……あの人はしつこい。とにかくしつこい。

 納得のいく答えが出るまで、離してくれなくなる。


 師匠に詰められるのは面倒なので、自分で試作品を作っては、起きてこない時間を狙ってコッソリ試す……ということが習慣になりつつあった。


 便利な道具作りも、最初でこそ失敗だらけだったけど、今では徐々に成功を重ねられるようになってきている。

 そうやって努力し続けた結果、少しずつ、少しずつ、この屋敷の手入れは楽になっていった。

 もしかして、私は天才なのでは? そう自画自賛したこともある。


「うーん……使ってない部屋を中心にやればバレないよね?」


 師匠は基本的に自分の部屋から出てこない。


 自室に戻って、お掃除ロボット試作品……その一号となる『ルーバ君』を抱きかかえる。

 二階に上がって、空き部屋のひとつにその子を放った。


 そして、一階へ降りると、台所へ行き、師匠と自分の朝食を作り始めるのだった。



 **



「……おはよう。マナカ」

「おはようございます! 師匠!」


 テーブルに朝食を並べていると師匠が起きてきた。

 彼は眠い目を擦りながら、食卓に着く。


 パンやスクランブルエッグ、簡単なサラダは既にテーブルに並べてある。

 最後に温かいスープを師匠の前にコトリと置いた。


「師匠、どうぞ」

「ありがとう。……相変わらず美味しそうな匂いだ」


 師匠は目の前のスープの匂いを軽く嗅ぐと、パンに手を伸ばして食べ始めた。

 私も自分の席について、フォークに手を伸ばす。


 この十年。この顔面がとても整っている美しい人間と、毎日食事を共にする。

 目の前で黙々と食べている師匠の姿は、ため息が出るくらい美しい。


「マナカ。美味しいよ」

「……ありがとうございます」


 師匠が微笑んで、美味しいと言ってくれる。

 この顔と声を聞くために毎日頑張っていると言っても過言ではなかった。


 心の中が、ほわほわと温かくなる。

 口角が自然と上がって、にへらっと笑ってしまう自分を止められない。


 弟子の私は、師匠であるルシード様に恋をしている。

 いつからなんて覚えていない。身体の成長とともに、師匠への想いも成長したようだ。

 彼以上に優しく、そして強く、美しい人間を他に知らない。


(師匠はきっと私のことなんて、なんとも思ってないだろうなぁ……)


 スープを口に運んで、はぁ~と息を吐く。

 師匠には、スープが美味しくて息を吐いたようにしか見えないだろう。

 

 こうやって、心の中にたまっている想いを外に出さないと、いつか溢れてしまって、この師弟という関係が壊れてしまいそうで怖い。


(……それは、嫌)

 

 だったら……このままでいい。このままがいい。

 好きな人のそばにいる──それだけで、この上なく幸せなのだ。

 これ以上高望みするのは、贅沢だと言っていいだろう。


 日に日に増していく想いに蓋をする。

 大きな鍋に小さな蓋をいくつも重ねて、私はそれを誤魔化したのだった。

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