地味子の秘密
「ちょっと今日の衣裳大胆だったかな……」
高倉千紗が呟くと瞬時にパソコンの画面上にコメントが数十件並んだ。
『タマちゃん、そんなことないよー』
『露出最高』
『えろすぎワロタ』
『もっと見せろや』
『乳神様。今日の演奏も技術が凄かった。相当練習してるぞ』
タマとは千紗のが動画で配信している時に使っている名前である。
ちなみにファンの間では乳神様の二つ名をもつ。千紗の本業は、動画配信者だ。
普段は冴えないフリーターをしているが、それは世を忍ぶ仮の姿。
顔出しせずにお面をつけて、過激なコスプレで三味線を弾くというマニアックな動画で今や登録者数20万人を超え、海外にもファンがいる。
会社では鉄仮面ロボとかAIだとか陽キャ女子に馬鹿にされている。
今や千紗のファンは世界中にいる。
マンネリにならないように、琴や篠笛などにも手を出している。
普段は伊達メガネをかけ、体形のわからないもっさりとした服を好んで着ている地味な存在だが、脱ぐといわゆる男好きのする体つきをしていた。
最初は、普通の服で配信していたのだが、一週間で再生回数3回(うち二回は自分だった)という悲惨な状態だった。
ある夏の日、薄着で首の開いた服を着て演奏中、かがんだ拍子に胸チラしてしまい、その動画が拡散され、一気に登録者数が増えた。
英語や仏語、アラビア語でまで「最高、ブラボー」という書き込みがなされ、千紗は意図せず男たちにラッキースケベを提供してしまったことを後悔しつつ、これを好機ととらえた。
「音楽に国境はないっていうけど、エロにも国境はないんだ……」
もともと会社経営をする父のもとで裕福に育った千紗は、父親が借金を遺して急死したことで、高校を中退した。それが三年前のことである。
しばらくはなんとか貯金を切り崩したり、母の経営する茶道教室の月謝などで乗り切っていたが、もともと体の弱い母は病気になって実家の北海道に帰ってしまった。
三人で暮らした思い出の家を競売にかけらないように、千紗は父親の借金を代わりに返済することにした。
母からは、家を売って清算しようと言われていたが、千紗は受け入れなかった。
真っ白なグランドピアノも、母の華やかな着物も全て売ってしまったけれど、父との思い出の家だけは残したかったのだ。
くそ貧乏な生活は心まで腐らせる。ただでさえ低い自己肯定感とやらもだだ下がりだ。
なによりかわいがってくれた父を突然喪い、病気の母を一人っ子の千紗が支えることになり、世界に自分を守ってくれる存在がなくなってしまったのが堪えた。
アルバイトもいくつかかけもちしたが、借金は減ることはない。事情を汲んで返済期間を延ばしてもらって月の支払額を減らしてもらったが、二十歳そこそこの娘に返せる額ではない。
不安を抱える千紗の心を癒したのは音楽だった。
千紗が音楽を始めたのも父の影響だ。
オタクだった父は昭和のアニメソングをウクレレやギターで弾いて、当時人気だった動画サイトに載せていた。動画は全然伸びなかったけれど、父はいつも楽しそうだった。
好きな音楽で稼げたらと配信を始めたが、それでうまくいくほど世の中甘くなかった。
良い就職先も見つからず、都内の広告代理店でアルバイトをしたが、それで借金返済というのは、考えてみれば無謀であった。
かくして、大抵のモラトリアムな若者がそうであるように、やりたいこととお金の狭間で千紗は苦しむことになった。
そんな折、胸チラで一気に登録者数の増えたチャンネルについたコメントが目に入る。
「お前ら、乳のことばっか言ってるけど、この三味線凄いじゃん。アレンジもパンチが効いてる。大したもんだよ。ちょっとは真面目に聞いてやれ。まぁ乳がいいのは認める」
そのコメントを機に、千紗の音楽を褒めてくれるコメントが相次いでついた。
『確かにプロ並み』
『これはエモい』
『若い子が和楽器やるってなんかいいよね』
──そうだ。手段はどうだっていい。私にはお金が必要。そのためにはなんだってする。
それから千紗は、ネットで露出の多い衣裳を買いあさった。
時にJK。時に婦警。ハロウィンではネタに走りカボチャの衣裳。クリスマスはミニスカサンタ。
技術には自信があった。作曲もできるし、三味線だけでは寂しくなりがちだから、PCで作成した音源と組み合わせて、色々なジャンルの音楽を提供できる。
もともとオタク気質ゆえ、アニメソングなどを中心にやってコアなファンが多いのも強みだった。
増えていく登録者。音楽を聴きに来てくれる女性リスナーも増えた。
都会の片隅で居場所のない千紗に、音楽が居場所をくれた。
かくして、エロコスプレ三味線プレイヤーが爆誕した。
マイクロビキニを着て、流行りのアニメソングをロック風にアレンジして演奏した時初めてミリオン再生を達成。
今や知る人ぞ知る、動画配信者となった。
三味線とエロコスプレというミスマッチもウケた。
最初は乳へのコメントが99パーセントだったが、今では60パーセント。残りは、音楽に関するコメントになった。
月収も多いと数十万程度は入るようになり、父の遺した借金を返しながら、食べていけるようになった。
収益もここ最近は安定し、思い出の家に防音設備の工事もできた。
だが、ちょっとした悩みも出てきた。
一部のリスナーたちの過激な要求が増してきたのだ。
あまりに露出したら動画サイトの規約違反でアカウントをBANされてしまうから、気をつけてはいるのだが──。
確かに過激にすればするほど、いわゆる投げ銭という形のお布施も増えて、千紗の財布もどんどん潤うのだ。
無駄に色っぽい体つきをしてはいるものの、中高一貫の女子高育ちで、口下手な千紗はまだ男性と付き合ったことがない。
国際ロマンス詐欺かと断ったが、この前はイタリアの富豪から結婚してほしいとメールが来ていた。
人気とともに、非常識なコメントや私生活を暴こうとする者も出てきた。
──面倒くさいことも確かにあるんだけど、これしか私にはないんだよな。
そんなことを考えていると、ファンの一人、田吾作からメッセージが来た。
『お疲れ! 今日の演奏も凄いよかったよ。どんどんファンも増えてるね』
──私には田吾作さんがいるし。それに借金をなんとかするまで恋愛どころじゃない。
田吾作とは千紗の初期からのファンで、いつも陰から温かく見守ってくれる人だった。
まだ会ったことはないけれど、孤独な千紗の大切な心の拠り所だった。
ネット上だけの付き合いではあるが、擬似恋人のような関係になっている。
『ところで田吾作さん、神格の凶人の最新話見た?』
『見た。作画も凄いし、原作から少し構成変えてきてて、それがどういう意図なのか気になってる』
『やっぱり?! あの細かい変更、田吾作さんなら気づくと思ったよ。今度あの衣装作って主題歌演奏しようかなと思って』
『名曲だしウケるの間違いなしだね』
リアルで話す相手がいないオタクトークも一緒に盛り上がってくれる。千紗の好きな昔の漫画やアニメを、田吾作も好きだったのも嬉しい。
同年代の友達とはできないような話題にも乗ってくれて、誰かと「好き」を共有するわくわくを千紗は初めて味わっていた。
その日も夜遅くまで、楽しい会話を続けた。
『ありがとう。田吾作さん。これで明日会社に行く元気が出たよ』
『うん』
『会社の人たち苦手なんだよね。広告代理店って陽キャの集まりなんで話合わなくて』
『はは。そんなことないかもよ』
『ううん。もう話すだけでげっそりだよ~田吾作さんと大違い! おやすみ』
『まぁ無理しないで。おやすみ』