火をつけて
火をともし、大切だったはずの弟のことを思い出す。
夢でみたやつ。ホラーチック。
煙草の臭いが染み付いたアパートの一室、缶ビールを飲み干し部屋の隅に投げ捨てる。
寝ようと布団に入れば以前もらった陶器の入れ物のキャンドルを思い出した。寝る前に使えとのことだったか。
自分の趣味ではないが、誰かに譲る当てもない。
放置してもただの置物にしかならない。使わねば無くならない。
「クッソ、面倒だな」
体は重いが仕方なしに準備する。
点けている間は寝ててもいいだろう。枕元に設置し、部屋の電気を消して横になり、ぼんやりと灯りを見る。
夕焼けと似た色が陶器の中を不気味に照らしている。
――――――にいちゃん!
息が詰まり、思わずせき込む
「なんで・・・」
ずっと忘れていたのに。過ぎ去ったことで今更自分にはどうしようもないのに。
気持ち悪い。頭痛がする。嫌で嫌で仕方がない。なのに頭をぐるぐる回るのはあの日のこと。
目を閉じて回顧する。
ずぅっと昔、自分には弟がいた。
いたずら好きだが詰めが甘く、しょっちゅう叱られていて。
でも何やかんや憎めなくて。みんなから可愛がられていたちいさな弟。
あの時だって、ちょろちょろ動く弟がまた何か馬鹿なことを思いついたのかとあきれながら後を追いかけた。
「おい!そろそろ帰らんと夕飯に間に合わんし、母ちゃんが怒るぞ!」
「もうちょい!もうちょいだけだから!」
「ったく、めんどうだな!」
何も本当に面倒くさいだけなら、ひっ捕まえて既に帰っている。
おれはこの無邪気でちいさな弟が本当に大好きだったのだ。
お気に入りの手作りポシェットを揺らしながらきゃらきゃらと笑う弟。辺りはもうすっかり夕暮れだ。
気づけば静かな川辺に来ている。夕日に照らされて底が見えないぐらい水面が照らされている。
ここは浅く、夏場はよく子供たちで水遊びをするぐらい慣れた場所。昼間は自分たち以外もいろんな奴らが遊んでいる。
だが、このときは酷く不気味に感じた。
弟はポシェットから小さい箱を取り出し、どんどん川に投げ捨てる。
それは爺ちゃんの煙草だった。
慌てて制止するも、近くに寄った時にはすべて川に流されていた。
普段のみんなが笑って許すようないたずらとは全く違う。こんな事は初めてだった。
「おい!何してるんだよ!それはやっちゃだめやろ?」
「だって、煙草は嫌いって・・・」
「そんなこと、誰が言ったんだよ。」
家族のだれもが煙草の臭いなんて嫌っていない。あえて言うなら婆ちゃんが部屋で吸うときは窓を開けろと小言をいうぐらいだ。
「えっと、縺九∩縺輔∪だよ?おじいちゃんが吸うと、いっつも塀の外で怒ってるの」
弟の口からラジオのノイズのような音が漏れ出る。
「は・・・それ、だれ、なんだよ」
「だから、縺九∩縺輔∪。煙草捨てに川においでって」
きょとんと、何もおかしなことは言っていないと。まっすぐにおれを見上げる
言葉が出ないおれを、まっすぐに、見上げている。
「あ、縺九∩縺輔∪!」
駆け出す弟。おれを忘れたかのように、川に向かって一目散に。
「まて!いくな!」
ざぶざぶ、ざぶざぶ、川に入るあの子。
おかしい、この川は深くても膝ぐらいの高さなのに、なんで弟は胸元まで川に入っている?
夕日に照らされて、川は、水の深さが分からない。
怖くて、逃げたいけど、でも大事な弟がいなくなるのが嫌で
「おい!もう帰らんと夕飯に間に合わんし、おれも母ちゃんも怒るぞ!」
その言葉でポカンとした顔でこっちを振り向く可愛いちいさな弟は。
「あれ、にいちゃ・・・」
見えない何かに頭を押さえつけられるように沈んだ。
あれからのことはほとんど覚えていない。周りの大人からは忘れろとだけ言われた。お前を守るためだとも。
怖かった俺はその通りにして大事な弟から目を逸らすように生き、記憶の奥底に沈めて行った。
忘れちゃいけない、大切な存在だったのに。
かわいい、おれの、おとうと
おれを呼ぶ声が聞こえる。もういない弟がずっと呼んでいる。弟はいつもおれを見てたのに、おれはあの日からずっと目を逸らして生きてきた。
頭痛と吐き気が余りにも酷くなり、頭もグラグラする。
目を開いた先に真っ先に見えたのはキャンドルではなく。
練炭だった。
――――――これは、誰からわたされた?
おとうとの、声がする
この直後に起きてしばらく頭の中でもストーリー続いてたけど、とりあえず夢だったところまでが本文で。
起きた直後の話は次で。