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ポンコツ魔女でも恋愛はしたい!

作者: みかみ

「君に話したいことがあるんだけど、いいかな?」


 突然呼び出したと思えば、何やらアイリスという少女は俺に何か話したいことがあるらしい。

 学園内にある中庭、他にも生徒が無数にいる状況下で、アイリスは俺に何を……。

 前世の記憶からして、このシチュエーションは告白と読み取ってもいいが、あまり行き過ぎた考えをすると後々後悔をしてしまう可能性がある。

 一応、頷きはして置こう。


「ありがとう。単刀直入に言うと、私ね……好きな人がいるんだ」


 頬を染めて、手をモジモジとさせている。

 好きな人がいるのはいいんだが、なぜそれを俺に言う?

 もしかして本当に俺の事を……。

 そう思うと、途端に俺の心臓の鼓動が早くなる。


「そ、そうなんだ」


「それで好きな人が、今この中庭にいるんだよね」


 確定演出キター!

 周りの人達も、徐々に俺たちに視線を向け始める。

 やばい、いざ告白されるとなると、どんな反応をすればいいのか。

 ここは単純に「実は俺も好きだった」みたいな返し方で行くとするか。


 そうこう考えているうちに、アイリスは告白する覚悟ができたのか、俺に熱い眼差しを向けてきた。


「つまり何が言いたいのかというと……」


「うん」


「――私、アーサーくんのことがずっと前から好きでした! つ、付き合ってください!」


「実は俺も……ん?」


 あれ、今のって俺の聞き間違いだったりする?

 俺の名前、ルークなんだけど。


「あの、俺の名前はルークだよ」


「え? そうなんだ」


 困惑したような顔をしている。

 どうやら、本当にアーサーと言っていたらしい。


「つまり、俺に告白したんじゃなくて、今のはアーサーに向けて告白したってこと?」


「そうだけど……何かおかしいかな?」


 可笑しくないはずがないだろ。どういう頭してんだこいつ。

 くそっ、ほんの僅かながら期待してしまった俺が馬鹿だった。転生して、ちょっと顔が良くなったからって浮かれてたのかもしれないな。


「肝心なアーサーは、今ここにいないけど」


「あれ!? さっきまでいたのに……じゃあ今の告白は無駄になっちゃったってこと?」


「そういうことになるね……」


 アイリスは大きく肩を落とした。

 もう本当に、わけのわからない女だ。

 

 ――それはそれとして今すっごい注目集めてるんだが。

 流石にアイリスも気づいたようで、どきまぎとしている。

 これ以上はもう、羞恥は晒したくない。


「ちょっと着いてきて!」


 俺はアイリスの手を引っ張る。


「ご、強引だね。えっと、今からどこへ行くの?」


 アイリスの問いかけには無視して、俺は食堂へと向かった。




 ***



 

「ここまで来れば大丈夫かな……」


「ちょっと、無視しないでもらえるかな」


 食堂へ向かう途中、アイリスから何度か質問されていたが、俺はことごとく無視し続けていた。

 そのせいか、アイリスは少々気が立っている。


「恋する乙女に、塩対応なんて人間のすることじゃないよ!」


「ごめんごめん。俺も、気が動転してたんだ。それに、人もかなり増えてたから、早くあの中庭から離れたかったんだよね」


「そういうことなら……それで、中庭に離れたかったのは分かるんだけど、気が動転していたのはどうして? 私、君に告白したつもりはなかったよ」


「それは分かってるよ!」


 悪びれもなく俺の心を抉ってくる。

 こうも悪意なく言われると、逆に清々しいまであるな。


「あの状況で、俺じゃなくてアーサーに告白をしたことに驚いてて……あ! 勘違いしない欲しいんだけど、決して俺の方がイケメンだから〜とかそういうことを言ったつもりじゃないから! 断じてそういう感じじゃないから!」


「分かってるよ……」


「理由聞いてもいい? 俺に対してアーサーに告白した理由を」


「それはもちろんいいよ。それで私が君に対して、アーサーくんの告白をした理由は――面と向かって告白するのが恥ずかしかったからなの……!」


 手で両頬を抑えて、恥ずかしそうに俺に話した。

 うん、これは恋する乙女だ。

 理由は分かったとはいえ、流石にこれはダメだろ……。俺勘違いしちゃったじゃんか。


「いくら面と向かって告白するのが恥ずかしくても、それは流石に本人に言わないと、気持ちが伝わらないんじゃないかな?」


「そう、かな」


「うん、今回みたいに本人がいつの間にかいなくなってたってこともあるんだし」


「そう、だよね……」


 どうやら、俺の説得にアイリスは応じてくれたようだ。非常に助かる。

 もしかしたら、本当に話が通じなかった可能性もあるくらいだからな。


「それじゃあ聞きたいことは聞けたし、俺はここいらでお暇させていただこうかなっ――」



「待って! まだ行かないで」


「……えーっと、まだ何か話が?」


 肩を強く押し込まれたせいで、不自然に言葉が途切れてしまった。

 もういいだろ、早く返してくれよ。

 ただでさえ、こいつといると目立つんだからさ。


「私さ、今度の休みの日に、改めてアーサーくんに告白しようと思うの」


「へぇ、いいね。じゃあ俺はこれでっ――」


 立ち上がろうとする俺を、再びアイリスが強引に止める。


「今回みたいに中庭で告白すると、人が集まって来ちゃうから、次は思い切ってデートに誘おうと思うの……どうかな?」


「い、良いと思うよ。仲を深めてから告白した方が、成功しやすそうだもんね」


「そうだよね! やっぱり君もそう思うよね!」


「う、うん」


 適当な事を言ったつもりだったが、本人が喜んでくれたのなら何よりだ。

 ……それで、いつになったら解放してくれるのだろうか。

 恐らくもう一度立ち上がろうとしても、また肩を押し込まれる。

 嫌だ! もう俺を解放してくれ!


「あ、でもデートに誘うってなったら、早めに誘っておかないとタイミング逃しそうだよね。誘うとしたら……今日か明日、それなら今週の休みの日に間に合う!」


「確かに、相手の都合にも合わせられるしね……」


 分かった、分かったから早く俺を解放してくれませんか。

 話せば話すほど、アイリスは目を輝かせているし、本当に終わる気配がない。

 一人で盛り上がっていたアイリスだが、今度は顎に手を置いてボソボソと独り言を呟き始めた。

 

「次はどうしたの?」


「そうだよ、そうなんだよね。私さ、アーサーくんとは普段から結構喋ってるでしょ?」


「いや知らないけど……」


「そこでいつも通りアーサーくんに喋りかけたとしても、どうやってデートのお誘いをすればいいのかな?」


 いや知らねぇよ!

 なんで俺が恋愛相談役みたいな立ち位置になってんだ。


「話している途中に、『今度の休みの日、一緒にどこか行かない?』とか言っておげはいいんじゃない」


「うーん、普通に遊びに行くだけならそれでいいんだけど、今回の場合、私たちはデートに行くんだよ。遊びに誘うのと、デートに誘うのだと、後者の方が難しいし恥ずかしいんだよ」


 つまり、言葉にならないくらい恥ずかしいと俺に言いたいわけだな。

 だいたい、デートに誘うだけでこんな状態なら、付き合うなんて以ての外だと思うんだが。


「それで今、私なりに考えた案があるんだよね」


「そうなんだ、ちなみにそれってどんなもの?」


「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれた! 私が考えた案はズバリ! 君からアーサーくんにデートのお誘いをして欲しい、ということなの!」


 結局俺がやるのかよ! 俺もそこまでお人好しじゃないぞ。


「それくらいは自分でやってくれよ!」


「だっ、だってさ、君ってアーサーくんと同じクラスでしょ? それなら君から伝えた方がいいと思わない?」


「思わない」


「ねぇ、お願いお願い! 一生のお願いだよぉ!」


 必死に手を合わせて、俺に懇願してくる。

 俺の目はどうなっているのだろうか。俺の予想では、前世で俺を見下していた女子と同じ目をしているんだと思う。

 それはいいとして、今日初めて話した人間に一生のお願いするとは、中々の度胸を見せてくれるな。

 ま、断るんだけども。


「そこまで言ってもダメだよ」


「じゃ、じゃあさ、なんでも! 欲しいもの買っちゃったりとか!」


「今欲しいものは特にないかな」


「欲しいものがないなら……ちょっとだけなら、私の身体、触ってもいいよ?」


「いやそれはダメでしょうが!」


 いかんいかん、ちょっと一線を越えてきている。

 それにここでも少しずつ、視線を集めて来ているぞ。

 アイリスは今にも泣きそうになってこっちを見ている。どこまでめんどくさい女だ。

 

「じゃあ私はどうすれば……」


「ああ! もう分かったよ。俺が言えばいいんでしょ」


「本当に! ありがとう!」


 別人になったかのような顔の変わりようだ。

 こいつ、都合が良すぎる。それに俺に利益が無さすぎる。

 仮にもこいつが美女でもなんでもなけりゃ、話は別だったのかもしれないのに。よりにもよって、顔だけ見れば可愛いのがまためんどくさい。

 そう考えれば、今俺は目の前にいるアイリスという女に完敗した。

 前世でも美女にここまで迫られたことはない。そんなラノベや漫画のような展開は、そもそも存在しなかったのだ。

 それがどうだろう。今俺は、そのラノベや漫画のような展開が実際に起こってしまっている。それなら、押しに負けても仕方あるまい。


「結局どれも言い訳だな……」


「ん? 今なにか言った?」


「いや、こっちの話……」


「そっか。一応お礼はさせて欲しいんだけど……君の名前なんだっけ? ルー、ルー……ループだ!」


「ううん、惜しい! それだと回っちゃってる! 俺はルークだよ」


「そうそうルークだ。ちゃんと覚えるね。あっ、それと私はアイリス。気軽に呼び捨てでいいからね。私たち同い年だし」


 俺はどうやら、名前すら覚えられていなかったらしい。この際許してやろう。その顔に免じてな。


「今度こそ、俺もう行っていいよね?」


「ごめんね、付き合わせちゃって」


「うん、それじゃあまた」


「あっ、そうだ!」


 服を引っ張り、また俺の帰りを阻止する。


「今度は何!?」


「さっき私に付き合ってくれたお礼に、この木の実をあげるよ」


 アイリスから差し出されたものは、見た目はどんぐり、大きさは栗くらいあるよく分からない木の実だ。


「……ふざけてる? これ食べれそうにもないけど」


「ふざけてないし、ちゃんと食べられるよ! 煎ると甘くて美味しいんだ〜。でもそのまま食べたら渋いから気をつけて!」


「あぁ、そう。それでは、今度こそ俺は行くね」


 もうどういう反応すればいいのかイマイチ分からない。

 笑顔で手を振っているアイリスに、俺は見向きもしなかった。


「今日の夜、私に付き合ってね〜」





 ***




「去り際にあいつ、なんか言ってたよな」


 確か、『今日の夜私に付き合ってね』とか何とか言ってた気がする。

 この言葉から察するに、明日誘うという選択肢は毛頭無く、俺は今日アーサーにデートの誘いをしなければならないということだな。図々しいぞあいつ!

 俺、もといパイプ役がいなければアイリスのデートは成立しないってのに、あまりに扱いが雑すぎる。

 あれ、そもそも俺がデートの誘いをしなければいいのでは……? 俺は別に、アイリスの頼みを引き受ける義理はない。

 そうだ、そうしよう!

 アイリスは相当怒るだろうけど、知ったこっちゃない。何せ俺は、今日初めて話したのだからな。言わば他人も同然だ。

 そうとなれば俺はもう関係なっ――。


「こんなところに居たのかルーク。一体どこへ行ってたんだ?」


「女に騙されてた……じゃなくて、話をしてたんだ」


「へぇ。次、授業あるから一緒に行かないか?」


「あぁ、うん。いいよ」


 なんで現れちゃうかなぁ!

 せっかくアーサーやアイリスのことは忘れようと思ってたのに、これだと誘わざるを得ないじゃないか!

 いやそうだ、口に出さなければいい。罪悪感は残るが、俺には関係ない。

 

 そして俺とアーサーは次の授業がある教室まで足を運ぶ。


「ちなみに、その話し相手は誰なんだ? 俺の知ってる人?」


「うん。アイリスだよ」


「なんだアイリスか。アイリスとルークって面識あったっけ? そんな風には思えなかったけど」


「ついさっき初めて話したところ。それはそれはもうびっくりする登場の仕方をしていたよ」


「そ、そうなのか……アイリスって結構良い奴だろ? 話しやすいし」


「良い……やつ?」


 お世辞でも良い奴とは言えない。だってあいつ、俺をパシリとしか思ってないんだもの。

 まぁそれは言わないでおくけど、確かに話しやすいやつではあった。

 俺が初対面で、気まずくならなかったのもアーサー含めアイリスだけだろう。

 アーサーを見れば、俺の回答が余っ程おかしかったのか頭をポリポリと掻いて苦笑いをしている。


「あれおかしいな。そんな微妙な反応になるとは思わなかったな。まぁ、二人が仲良くなってくれたなら、これから三人で昼飯も食べられるな」


「う、うん。あ、そうだ忘れてた。アイリスから伝言をお願いされてたんだ」


「それって俺に対してのもの?」


「もちろん。どうやら今度の休みの日にアイリスがアーサーとどこかへ遊びに行きたいみたいなんだ。今度の休み空いてる?」


「俺は空いてるけど……でもなんでそんなこと自分から言わないんだ」


「それは事情があったらしい」


 適当なこと言って誤魔化したけど、やっぱり不自然だよな。俺もそう思う。

 一応デートということは伏せておいたが、どう伝えるのが正解だったのか。

 まっ、細かいことは気にしないでおこう。


 ――あとは、二人の行く末を見守るだけだな。





 ***





  ――デート当日。俺は変装魔法までして、二人を尾行してしまっている。

 というのも、以前アイリスにデートの行き先について相談を受けた時、アイリスの出す案は『八百屋』に『鍛冶屋』などとにかくハチャメチャだった。終いにはベッドの話をし始めるものだから、流石に放ってはおけなかった。

 そもそも、この世界でのデートは場所が限られすぎている。


「アーサーくん、今日は付き合ってくれてありがとう」


「うん、こちらこそ。いい買い物ができそうだよ」


 うん、それ多分デート後に言った方が良かったと思う。

 しかし、こうも初々しいデートの形があるのだろうか。近頃の学生はませすぎているんだよな。

 二人は絶妙な距離と空気を保ちながら、最初のデート先へ向かっている。


 ――終始アイリスが気まずそうにしていたが、無事に目的地に到着した。

 外見だけ見れば、民家とも取れるが一体なんの店なのだろう。まぁ変な店でも無さそうだし安心だ。

 

「ここで買いたいものでもあるの?」


「新しい剣を作っておいて貰ってたんだ。ちょうどそれが今日被ってね」

 

 結局鍛冶屋なのかよ! 俺が却下したはずだったのに。

 耳を済ませてみれば、金属を叩く音が中から聞こえてくる。この店からだったのかよ。


「お! アーサーじゃねぇか」


「こんにちはドルートさん。あの、前回来た時に依頼しておいた剣ってもう出来ていますか?」


「もちろんだ」


 そう言って出されたのは西洋剣だ。


「ありがとうございます! 切れ味もすごい」


「当たり前だろ? なんてたってこの俺が作るんだからな!」


 アーサーとドルートは二人で盛り上がっている。そこにアイリスの入る余地がない。

 こんなに喋らないアイリスを見たのは初めてだ。


「おっと、すまねぇなお嬢ちゃん。ちと剣のこととなると熱くなっちまうんだ。それにしても、アーサーにこんなに可愛い恋人が出来ちまうなんてな」


「こ、ここ恋人なんて滅相もないですよ! 甘く見積ってもせいぜいかの……友達ですかねぇ」


「そうだったか」


 ドルートは豪快に笑った。

 必死に取り繕うアイリスは、見てて面白い。さっきボロが出そうだったけど。

 アイリスとアーサーは軽く店内を見回ってから、次の場所へと向かった。


 ――どうやら次の場所は服屋らしい。今回は普通だな。

 そしてアイリスも緊張が和らいで来たのか、声が弾んでいる。

 そろそろ俺は、帰るとしようかね。二人の邪魔をする訳にはいかない。

 

「この魚、鮮度がいいね。私買っていこうかな」


「これなら生でも食べれそうだ」


 さ、魚屋だと!? 八百屋ではなくて!?

 これは予想の斜め上を行った。やっぱり、まだついて行こう。今後の展開も気になるしな、うん。


「違う違う、私、服を見に来たんだった」


 その意気だアイリス。魚は今度にしろよ。

 アイリスとアーサーは向かいにある服屋へ足を運んだ。



 ――外から様子が見れないとなると、中へ入るしかないが……。

 流石に店内へ入っていくのは気が引ける。バレたら厄介なことになりそうだ。

 あれこれ考えながらようやく十五分経ったけど、服屋だしもう少し長居しそう。くっ、無念。

 と思いきや、二人は店内から出てきた。もしやもう買ったのか?


「いやぁ、ここのお店は高いね〜。私じゃ買えそうもなかったよ」


「俺も良いのがあったら買おうと思ってたけど、あれは貴族専用だね」


 そんなに高いのか、この店は。

 でもアーサーでさえも手が届かないとなると、それなりに値が張るのだろうな。


「これからどうする? 私はもう行きたい場所は行けたし、満足かな〜」


「そうだなぁ……俺も特に行きたい場所はないし、ずいぶん早いけどこれから夕飯にする?」


「そうだね。言われてみれば、私お腹空いてきたかもしれない」


 体感かなり短い時間であったような気がしたが、歩いた時間を合わせれば三時間は越している。


 ――あれ、そういえば俺いつまでこんなことやってるんだろう。




***




 ――今いるここは、飲食店というよりカフェに近い。人があまりいないため、二人が店に入った直後に俺が入ると違和感があった。

 そういわけで、少し時間を空けて入店すると、二人は既に注文は終えてるみたいだ。

 

「今日は買い物に付き合ってくれてありがとう」


「こちらこそ、いい買い物ができたよ」


 それさっきも聞いたぞ。


「なんか今日、すっごく楽しかったよ! ほぼ移動時間だったけど、それでも楽しかった!」


「俺も楽しかったよ。今度もまた行こうな」


 二人の会話は基本的にずっと平和だった。

 初めて会った時は、ただのバカなのかと思っていたけど、彼女なりにアーサーに近づくための努力はしていた。


 ――わざわざ俺があとをつける必要もなかったな。


「……」


「具合悪そうだけど大丈夫?」


「そっ、だ……大丈夫だよ」


 顔を赤らめ俯くアイリスに、アーサーは声をかけた。

 急にどうしたんだアイリス。俯いたりなんかして。


「あ、あの! わ、わだ、私! アーサーくんのことととと」


「大丈夫かアイリス? 本当に具合でも悪いんじゃないか」


「違う! そう、そうじゃなくて……」


 アイリスが何を言おうとしているのか、すぐに理解出来た。

 彼女はこのカフェで、アーサーに告白をするつもりなのだろう。

 もちろん応援はしている。しているけども……。ここまで緊張していて、本当に告白などできるのか。

 アイリスの頑張りを否定したくはない。

 たった数日程度の関係、俺はアイリスのことを何も知らない。だが、アーサーを想う気持ちは本物だということは分かる。

 いや、今は俺の私情などどうでもいい。アイリスが告白するというのだから、素直に応援しよう。


 ――アイリス、まずは深呼吸をしてくれ。その状態では告白どころかまともに会話すら出来ない。


 届くはずのない俺の声が聞こえたのか、アイリスは大きく息を吐いた。


「ごめん。取り乱しちゃって」


「特に何もないなら良かったよ」


「……好き、です」


「……アイリス?」


「初めて出会った時から、私はアーサーくんのことが、ずっと好きでした! つっ、付き合ってください!」


「――」


 よくやったアイリス!

 あのアイリスが……。恥ずかしがり屋のアイリスが……。

 やばいダメだ! 俺が泣きそうだ!

 子供の成長を喜ぶ親の気持ちを、今初めて味わえたのかもしれない。


 ……それにしても、返事がやけに遅いな。俺なら即返事する自信があるのに。

 

 数十秒の間を開けて、アーサーはようやく言葉を絞り出した。


「――ごめんアイリス。俺はまだ、君とは付き合えない」


「――」


「――え?」


 今まで一言も声を出していなかった俺だが、今回ばかりは出てしまった。

 勝手に勝利を確信してしまった。振られる場合の話を俺は頭の片隅に置いていなかった。

 なんで、アイリスが――。


 今この空間にいる人間で、動揺しているのは俺だけだ。

 アイリス自身は、結果が知っていたのかと思うまでに、表情はどこか吹っ切れているように思えた。


「良かったよ。アーサーくんの答えが聞けて」


「本当にごめん」


 謝罪の言葉を耳にしたアイリスは、堪えていた涙を隠し、アーサーに背を向ける。


「アイリス……」


「ご、ごめん! 私、急用を思い出しちゃった。お金は払っておくから……またね」


 アイリスはそう告げると、アーサーの前から立ち去った。

 俺はどうすれば……。うだうだ考えても仕方ない。後を追いかけよう。


 ――俺は一旦、店の外へ出た。


 店の外を出たのはいいけど、既にアイリスの姿はない。

 どこに行けば……。いや、待てよ。そういえばさっき『私もう一つだけ行きたい場所があったかも』とか言ってたような。

 記憶は曖昧だが、とりあえずそこへ向かうしかない。





***





「良かった、ここに居てくれて」


 アイリスが来ていた先は、絶景が見れるとされる街でも有名な丘だ。

 元々はカフェを出たあと、アーサーと二人で来る予定だったが、あいにく今回は俺と二人で来てしまった、という状況に置かれている。


 意気消沈してしまっているアイリスに、どう声をかければいいのか分からない。

 恋愛なんてものを、前世と今世どちらを合わせても未経験だ。

 アイリスに何を言ったら元気になってくれるのか、それとも、そもそも慰めの言葉はアイリスに耳には届かないのか。

 考えるより先に、俺はアイリスの名前を知らず知らずのうちに呼んでいた。

 

「……アイリス」


「――」


 当然といえば当然だが、アイリスは俺の問いかけには反応しなかった。

 やっぱり、アイリスからすれば俺はただの部外者に過ぎないのだな……。


「私、知ってたの」


「――知ってた?」


「告白をしたところで、意味が無いってことを」


「なんで、そう言い切れるの?」


「アーサーくんは最初から私に興味はなかったの。そして――それ以上にアーサーくんは、恋愛なんてちっぽけなものじゃなくて、もっと大きな何かを見ていたから」


 詳しくは俺も知らないが、確かにアーサーの家庭環境を考えれば、アイリスの言っていることも理解出来る。

 なぜなら、アーサーが有名な騎士の家系の人間であることに起因する。

 当然家は厳しいし、昔から騎士としての教育を叩き込まれている。そして今でも剣の修行は欠かさない。

 それに加え、騎士という身分にもなってくると政略結婚は当たり前にあるというのだ。

 確かに、アイリスが最初から無理だったと断言するには、十分すぎる理由がそこにはある。


「それなのに私はアーサーくんを……好きになってしまった。初めてアーサーくんと出会ったあの瞬間から、私はアーサーくんを想い続けた」


「……」


「アーサーくんと少しずつ仲良くなっていく中で、アーサーくんは遠い存在なんだなって気づき始めて……諦めようとしていたのに、諦めきれなかったの」


 アイリスの目から、大きな粒が滴り落ちる。


「身の程を弁えずに追い続けて、勝手に振られて、挙句アーサーくんの前で涙まで見せちゃって……こんな私を、誰も許してはくれないよね……」


 すすり泣くアイリスを見ると、俺まで心が痛い。

 アイリスの話を聞けば聞くほど、最初アイリスが俺に対して取った行動の意味が分かる気がする。


 かける言葉も見つからないまま、時間だけが過ぎていく。

 俺ではもうどうすることも出来ない。アイリスを元気づけるすべを持っていないのかもしれない……。


 いや、違う。アーサーの言葉を思い出せばあいつは……。


 俺はポケットに入っていた物を取り出す。


「そういえばアイリスから貰ったこの木の実、まだ食べてなかったよ。お腹空いたし食べるとするか……」


「そ、それは……」


「しっぶ! そのまま食べると、思ってた以上に渋かった……」


「だから言ったのに」


「……まるでさっきのアイリスみたいだ」


「――どういうこと?」


「不完全、つまりこの木の実のようにアイリスはまだ調理する前、一番美味しい状態にまで持っていけてなかったんだよ」


「でも、仮に美味しい状態になっても、私とアーサーくんだったら身分の差が……」


「身分の差? それは学校に通っていなかったらの話で、アイリスとアーサーが同じ学校に通ってる以上、身分の差なんて関係ないよ」


「でも……」


 身分の差なんて、社会に出てからの話だ。それが屁理屈だったとしても、少なからずアーサーは身分のことなんて微塵も考えていなかったはずだ。


「それにアーサーは『まだ付き合えない』と言ってたけど、考えてみればこの言葉って完全にアイリスを振ったにしては、ちょっと後ろめたさが残るような言い方をしてない?」


「言われてみれば……」


「ここまで長くなったけど、結局俺が言いたいのはアイリスにはまだこの恋を諦めるような真似はしないで欲しい。恋愛がちっぽけだなんて思わないで欲しい」


「……」


 恋愛未経験の俺が何を言っても説得力は無いかもしれない。

 それでも、健気に頑張るアイリスが、一度振られただけで諦めるのはもったいない。


「……ルーク、こっち向いて」


「え? う、うん」


 急になんだ。もしかして、俺の頬を使って鬱憤を晴らそうってことなのか。

 いや、そうかもしれない。あんなに上から目線であーだこーだ言われたのだからな。一発くらい許そう。


 アイリスは俺の顔に掌を向ける。一体何をするんだ。

 瞬きと同時に、アイリスの掌は白い光に包まれる。


「な、何するんだよ」


「ごめんごめん。ちょっとその姿だと、笑っちゃいそうで……ってあれ!?」


「ん? 急に大声出して、何かあったんでぶひか? あれ、ぶひって」


「ちょっと、顔触ってみて……」


 言われるがまま、俺は自分の顔を触ってみた。

 何かがおかしい。特に鼻辺りが。

 これってまさか……。

 

「お、俺豚人間になってるでぶひっ!? 語尾がぶひっなんて嫌だよ! ぶひっ!」


「ごめん……ちょっと……間違えた……」


「笑ってないで早く治して! ぶひっ!」


 俺が豚人間になってると言うのに、アイリスはなんでこんな呑気なんだよ! すごい笑われてるし!

 ――でもあれ、アイリス元気になってる? 


「ごめん、今治すね」


「頼むよ本当に……」


「よしっ! 治ったよ」


 一応鼻の形を確認してみる。

 良かった、ちゃんと人間に戻れてるみたいだ。


「ごめん、さっきはその……豚人間にしちゃって」


「豚じゃなくて猫の方が良かった」


「豚も猫も変わらないと思うけど……それに、さっきなんて知らない人が私に喋りかけてたみたいだったからね」


「それはごめんなさい……変装魔法を解くの忘れてました……アイリス、元気になってくれた?」


「うん、ルークのおかげで自信がついたよ。ありがとう」


 良かった、本当に元気になってくれたみたいだ。

 どっちかと言えば俺の説得ってより、豚人間の方で元気になってくれたみたいだけど。


「それと、ルークにはこれからも私の相談役ね! さっき励ましてくれたお礼も兼ねての事だよ!」


「うーん、お礼と言うより命令しただけに見えるけど……俺でいいの?」


「うん、ルークじゃないとダメ」


 なんて思わせぶりな発言だ。前の俺なら、好きになってただろうに。

 まぁいいか、俺でよければ相談くらい乗ってあげよう。

 

「そこまで言うなら……」


「ほんと! ありがとうルーク! じゃあこれからもよろしくね!」


 ここで初めて、アイリスの本当の笑顔を見れた気がする。

 恋愛経験のない俺が、恋愛の相談役として雇われるなんて思ってもみなかった。

 あぁ、これから騒がしい日常が訪れるんだろうな。

 当分このポンコツ魔女の相談役か。めんどくさいしイライラしそうだ。

 

 ――だけどちょっと、楽しみだな。

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