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第7話:王女の休日、その結末

大口を叩いたはいいが、俺にこの場を切り抜けられるような都合のいい能力はない。

それに最も近いのは竜殺しの呪いだろうが、俺はこれまで、その恩恵の詳細を、調べたことも検証したこともない。

全く、怠惰にもほどがある。


戦士としても魔術師としても神官としても斥候としても、俺は頂点を目指せる領域にはいない。

いくつかの技能について毎日やっているような基礎の鍛錬も、その道の専門家なら当たり前に毎日やっているに違いない、たしなみレベルでしかないはずだ。

つまり、俺はちょっと勉強熱心な素人でしかないのだ。


分かっている。理解している。

誤解の余地なく思い知っている。

俺には、主人公の資格などない。


そんな俺が、この状況から敵中突破し、王女を安全な場所に逃がす…などということは不可能だ。

そんなのはアクション映画の主人公の仕事だ。


俺は、俺がやろうとしていることに対して、あまりにも無力だ。


そのうえで、どう戦うか。

それを考える数秒の間に、俺は周囲の音がまた、剣戟と怒号に変わっていることに気が付いた。


護衛は全滅したのではなかったのか。

護衛を排除し、一度は氷壁の破壊に取り掛かった敵が、氷壁の前から離れて戦わねばならない第三勢力とは、何だ?


俺は訝りつつ、まず状況を把握するため、氷壁の上に転移した。


「武器を捨て、おとなしく縛につけ!反逆罪に問われたいか!」


氷壁の上から周囲を見渡してすぐ目についた、少し離れた場所で馬上から声を上げている男を、俺は知っている。

あれは騎士団長ヴァン・グランクスだ。

王都に住む国民なら、式典などで一度は見たことがあるだろう。


つまり、第三勢力の正体は騎士団。それも王直轄の近衛。

俺の味方をしてくれるかはさておき、王女の味方であることは信じていい。


「『間に合う確信がない』か。襲撃者の間抜けさは、メイド長も予想できなかったわけだ」


メイド長の手紙を思い出して苦笑する。

火の手まで上がる事態にもなれば、騎士団が出動するのも当然だ。

王女の命を救ったのは、王都のど真ん中で火矢まで使う敵の間抜けさ。

つまり、俺の介入する余地など、最初からなかったのだ。


いつだって、状況は俺を置き去りに、俺の選択とは無縁に進行していく。

やはり俺に、主人公の資格などないな。

状況を自らの意思で動かすには、あまりにも決断と行動が遅すぎる。


次々に捕縛されていく、姉王女の配下と思しき襲撃者を見下ろしながら、俺はため息をついた。


…もう帰ろうか…いや、その前に、もう安全だと王女に伝えておこう。


俺は一度馬車に戻った。


「ウォルド、もう、全部倒したの…?」


あまりにもすぐ戻ってきた俺を見て、目を丸くする王女。

その瞳にはもう、先ほどまでの、死に向かう張り詰めた覚悟ではない、生きる気力の萌芽のようなものが感じられた。


「いや、騎士団が来ていた。命を張る覚悟は空振りだったな」


俺は肩をすくめて見せる。

あれだけの啖呵を切ってこれとは、なんとも格好がつかない話である。


だが、王女は安心したように笑った。


「空振りで済んでよかったじゃない。私も、あなたが無事で…」


言い淀む王女の姿を見て、納得する。

なるほど、空振りで済んでよかったというのは道理だ。

死なずに済んだのならその方が良い。


「そうだな。君を守るために絶望的な戦いに挑んだ者達も、君が生き延びたのなら、報われるだろう」


俺が同意を示そうとして、不用意にそんなことを言ったことで、王女は顔を曇らせた。


俺と王女の覚悟が空振りで済んだ背後に、空振りでは済まなかった者達の亡骸がいくつ転がっているのか。

俺にはわからないが、王女にはそれを数えることができるのだ。

自分を慕う者たちの数なのだから。


「私はこの気持ちを、私を慕ってくれていたみんなに押しつけようとしてたのね…」


涙を流す王女の独白は、不思議なくらい腑に落ちた。


無念だろう。自分を大切に思ってくれていた臣下の死は。

だからこそ、自分が死ねばこの無念を臣下に味わわせていたことを、王女は痛感しているのだ。


「私の甘さが、みんなを殺した…」


甘さ、か。

姉に対して非情になり切れなかったという甘さか、本来の序列を乱す自分を取り除けば、権力闘争は終わるだろうという見込みの甘さか、いずれにせよ、王女は自分自身の甘さを責めている。


それよりもはるかに低レベルなところで、ついさっき自分の甘さに辟易したばかりの俺には、かけるべき言葉が何一つ見つからない。


「こんな私が…生きたいって思って…いいのかな…?」


やがて、震える指先で俺の袖をつまみ、ぽつりとつぶやいた王女に、俺はあえて煽り立てるような言葉を選ぶ。


「その思いを捨てることのほうが、死んでいった彼らへの冒涜だ」


それを受けた王女は、俯いたままゆらゆらと歩み寄ってきた。


「ごめん、ウォルド、胸貸して」


そのまま、俺の胸に額を押し当て、声を押し殺して泣き始める王女。

慙愧なのか、安心なのか、涙の意味すら理解できず、気の利いた言葉の一つも思い浮かばず、俺はただ直立不動で王女を受け止めた。


分からないなら、何も言わないほうがいい。

沈黙は金、雄弁は銀、というやつだ。

そうして、泣きじゃくる王女に胸を貸すことしばし。


結局、気の利いた言葉など何も思いつかないままだった俺は、王女の気が済むまで気長に待つつもりだったが。


「貴様!王女殿下を放せ!」


戦いを終え、王女を救出するために氷壁を叩き割って突入してきた騎士団に槍を向けられたあたりで、流石に気長過ぎたと後悔した。


「え、きゃあっ!」


そして、臣下に自分の醜態を見られて動揺した王女が悲鳴を上げて俺を突き飛ばしたことで、騎士団の殺気が膨れ上がった。


「おい待て、その反応じゃ俺が襲ってると誤解されるだろうが!」


割とシャレにならない命の危機に、俺は騎士団の前だということも忘れて王女に怒鳴りつけた。


「え? …あ!」


素っ頓狂な声を上げた王女は、何をトチ狂ってか、もう一度俺に抱きついた。


「お、襲ってたのは私のほうだから!」


「それはそれで問題だろ!」


「仕方ないでしょ! ほかの言い訳をとっさに思いつかなかったんだから!」


「とっさに思いついた言い訳がそれかよ!?」


ひとしきり怒鳴りあった後、俺と王女は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

何やってんだ…俺たち…。


「じゃ、俺はこれで…」


とりあえず帰って寝ようと思った俺だが。


「帰すと思う?」


王女は俺の腕に抱きつく力を強めた。

どうやら、城に引っ立てられるのは決定事項らしい。




王城は、生前の世界でいうところの大規模な宗教建築とか歴史的建造物、どれだけ身近なものを想像しても高級な結婚式場のような、荘厳な雰囲気に満ちていた。


転生前から変わらない庶民的感覚からすると、こういう場所はいるだけでめまいがする。

安物好きというか、高級品アレルギーというか、まあそんな感じだ。


「陛下のご準備が整うまで、こちらでおくつろぎください」


城の侍女(メイド)が用意してくれた部屋の椅子も、ふかふか過ぎて逆に座り心地が悪い。

まあ、それよりも。


「いつまでくっついてるつもりだ? 城の侍女(メイド)もすごい目で見てたし、いい加減放せ」


一人用のソファに二人で座る羽目になってもなお、王女がまだ俺の腕にしがみついていることのほうがよほど気になるのだが。


「やーよ。それに、放したら逃げるでしょ?」


なんか幼児退行しかけている気もするがまあ、あんなことがあった後だ。誰かが近くにいることを実感しないと不安だったりするのだろう。 

この部屋に来るまでに何回か逃げようとした俺自身が、王女に大義名分を与えているのではどうしようもない。

だが、俺が逃げようとしていることにも理由はあるのだ。


「俺が謁見なんてしたら不敬罪で斬首確定だろ」


俺は竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の呪いのせいで、平民が貴族や王族に対して尽くすべき礼節を尽くすことができなくなっている。

竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の呪いを受けている、ということを事前に伝えていなかったせいで、貴族に無礼討ちにされかけたことも、一度や二度ではないのだ。


だが、王女はクスリと笑っただけだった


竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の呪いのことなら、お父様も知ってるわ。心配無用よ」


それは、あまりにも奇妙な話だった。

一国の王が、俺のような一介の冒険者について、そこまで事情を知っているというのはまずありえない。


「どういうからくりだ?」


訝る俺に、王女はウインクして見せた。

腕に抱き着かれ、一人用のソファに無理やり二人で座っている今の状況でやられると、顔が近いせいで王女の整った顔立ちを強く認識してしまう。

…いろいろと不敬な感情が湧きそうなので勘弁してほしいのだが。


「会えばすぐ、分かると思うわ」


意味深なことを耳元でささやいてくるこの王女は、俺を誘惑しているのかもしれない。


何故、そんなことをするのか。


この王女はどこかのタイミングで入れ替わった影武者で、平民の俺が不敬にも王女に好意を抱いているなどということがないかを確認するため、あえてこういうことをしているのではないだろうか。


そう考えれば合点がいく。


ならば、俺が示すべきは、とりあえず王女に対してそういう興味がないことを示し、人畜無害な存在であるとアピールすること。


…変に対応しようとしてぼろを出すよりは、寝てしまうか。


「そうか。少し寝る。国王の準備が整ったら起こしてくれ」


俺は目を閉じてソファに体重を預けた。


「おやすみ、ウォルド」


眠りに落ちていく意識の片隅で感じた、唇に何かが触れる感触の正体を、俺は知らない。

序章部分はここまでです。

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