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第5話:追放の追憶:4

邪毒龍を腹の中から焼き殺し、収納魔術に詰めたあと、回復していた忍者少女アサギを連れて冒険者ギルドに戻ると、スカイ達が冒険者ギルドの職員に取り調べを受けていた。


「それで、スカイさんたちはアサギさんを見捨てて退却したんですね?」


「はい…」


いつもの受付嬢が見たことのない冷たい表情でスカイを問い詰めている。

どうやら、忍者少女アサギを見殺しにしたのではないかという疑いがかかっているようだ。


「見捨てたって…あの状況で助けに行ってたら全滅してたじゃない!」


ティグレスが抗弁しているが。

我慢できない、とばかりに、魔術師のリーンがティグレスの胸ぐらをつかんだ。


「もとはといえばアンタがアサギに怒鳴りつけたから邪毒龍にアサギの居場所が割れたんでしょうがこのスカポンタン!」


「うるさいわね!あのガキが隠れるばっかで何の役にも立たないから叱りつけただけでしょ!」


怒鳴り返すティグレスだが、旗色は悪い。


隠密行動をとっている仲間に怒鳴りつけて位置をさらした、というのは、間違いなくティグレスの落ち度だし、今ティグレスはそれを自白したことになる。

現に、ティグレスを指さしてひそひそと話し、顔をしかめる冒険者がそこかしこに見える。


「そうなんですか。その話詳しくお聞きできます?」


受付嬢の黒い笑顔が怖い。

まあ、冒険者ギルドとしても、いたずらに死人を増やすようなことをされては見逃すわけにもいかない、というのはわかる。

それに、俺としても、鍛冶師のスミスの厚意を無にされたりしているので、ティグレスには思うところがあるわけだが…。


そんなやつでも、スカイが選んだメンバーだ。

スカイの夢の、一部分だ。


一度くらい、弁護してやるとするか。


「すまない。救助者の保護と、邪毒龍の解体を頼みたいんだが…あれ?」


俺は受付嬢とスカイたちの間に割って入った。

直後、俺を襲う明確な違和感。


…敬語が、使えない。


「ウォルドさん…やったんですね!」


俺の戸惑いをよそに、討伐成功を喜んでくれる受付嬢。


後で聞いた話だが、邪毒龍のようなある程度位階の高いドラゴンを人間が単独で殺すと、殺した人間は竜殺し(ドラゴンスレイヤー)の呪いとかいうものを受けて、竜の威厳を損なうような低姿勢なコミュニケーションができなくなったりするそうだ。

それを知っていた受付嬢は、俺が敬語を使えなくなっていたことで討伐を確信したらしい。


俺と受付嬢がそんなやり取りをしている傍ら、重騎士ティグレスが俺の傍らの忍者少女アサギを見て、顔をぱっと輝かせた。


「アサギ…無事だったの!? よかった…」


ティグレスはそういって忍者少女アサギに歩み寄り、抱きしめようとするが。


「寄るなクソビッチ」


アサギは、抜刀したショートソードをティグレスの喉元に突き付けることで応じた。


「アサ…ギ…?」


組んで初日で思い切り足を引っ張ったうえであれだけ罵倒してきたティグレスに、こんな見え透いた取り繕いで騙されると思われていること自体、アサギには我慢ならなかったのだろう。

アサギの眼には本物の殺意が宿っていた。


「毒のブレスを回避できない馬鹿で悪かった。でも、あなたはそれ以上の馬鹿」


皮肉に満ちたその言葉は、周囲の誰もに、倒れたアサギにティグレスが何を言ったのかを思い知らせる。


「隠れてばっかの使えないガキで悪かった。言い訳になるけど、奇襲を成功させることは敵の知覚能力が高いほど難しい。8つの首と16の眼を持つ邪毒龍の気をうまく逸らす役目を前衛に期待していたけど、買いかぶりだった。使えない前衛と組むのはこっちも願い下げ。さようなら」


そして、告げられる決別の言葉もまた、ティグレスがアサギの仕事に無理解なままどんな罵声を浴びせたかを何より雄弁に物語る。


「スカイさん、アサギさんの言葉に偽りはありますか?」


冷徹に、スカイに確認する受付嬢。

感情を感じられない笑みが、本当に怖い。


「ありません」


きっぱりと、即答するスカイ。


「ちょっ、スカイ! 少しくらい弁護してよ!」


自身に詰め寄るティグレスを、スカイは振り払った。


「できるか! 君のそういうところには僕もうんざりなんだ! いつか分かってくれると信じて、今日まで君の身勝手に耐えて付き合った結果がこれなら、僕はもう夢を捨てる!」


夢を捨てる。

涙を流しながらスカイが放った、その言葉の重さを理解できたのは、スカイ自身のほかにはきっと俺だけだろう。


「自分にできないからこそ、できる仲間を尊敬し、役割を分担し、信頼して背中を預けることの大切さは、できないことが多い人ほど分かってくれるって信じてたのに…!」


そうだ。

スカイはそう信じていた。

甘ったれた理想論かもしれないその夢を、俺は心底から手伝いたいと思った。

たとえ途中までであったとしても。


「たった一つの役割を突き詰めるしかないからこそ、自分にできないことを補い合う連携を取る大切さを実感しているはずだって信じてたのに…!」


そうだ。

だからこそ、一芸を突き詰めた者による、高度な連携を理想として、蒼穹の剣は少し珍妙な条件で仲間を募っていたし、ティグレスの性格にも、必死に目をつぶってきた。

いつか分かってくれると信じて。


その結果が、今日の失態だ。

スカイが絶望するのも無理はない。


「君はまるでその逆だ! 君は誰も尊敬も信頼もしちゃいないんだ!」


やけを起こしたような、スカイの慟哭。


「君なんかを不用心に信用した…その過ちを…」


本当にやけを起こしたらしく、スカイが剣を抜き、ティグレスに向けて振り下ろす。


「やめろ馬鹿野郎!」


俺は床がめくれるのもいとわずスカイのもとに踏み込み、剣の刃を掌で受け止める。


剣が俺の手に食い込む。

当然、血も流れるし痛みもある。

だが、そんなことはどうでもよかった。


刃先は、ティグレスには届いていない。

魔剣による渾身の一撃を掌で止める膂力と頑強さが竜殺しの呪いの恩恵だと気づかないまま、俺はスカイの襟首をつかんで睨みつける。


「こんな奴を殺して罪人になるな! こんなところで、俺が憧れたお前まで殺すんじゃねえ!」


スカイと二人で村を飛び出した時から、俺にとって友と呼べる男はスカイしかいないのだ。こんなことで死刑にでもなられたら、寝覚めが悪いどころの騒ぎではない。


「ウォルド…」


スカイが剣を取り落とし、その場にへたり込む。

俺はそれを見下ろし、治癒の魔術で手の傷を治す。


後に訪れるのは、痛いほどの沈黙。

先ほどまでティグレスを指さしてひそひそやってた冒険者たちも、水を打ったように静まり返っている。


実に、気まずい。


アサギを見捨てた罪は本人が生還したのでまあ勘弁したって下さいとか口添えするつもりだったが、こんなことになるなら黙っておけばよかった。


「ええーと…」


何か話さねば、と必死に考える俺だが、ただただ、目が高速で泳いだだけだった。

これではただの不審者である。


「ところで、ウォルドさん、邪毒龍の解体と聞こえたのですが…死体を持ち帰ってくださったんですよね?」


助け舟を出してくれたのは、受付嬢。


「ああ。解体場への持ち込み許可証が欲しい」


「それなら、私が直接ご一緒に、解体場に行きますね」


これで、俺はこの気まずい空間から離脱できる。

と、思っていたのだが。


「待ちなさいウォルド!私たちが首の大半落としてたでしょうが!分け前よこしなさい!」


急にティグレスが訳の分からないことを言い出した。


「首?」


俺は何のことかわからず少し考え込み…。

数秒かけてティグレスの意図を理解した。


通常想定される通り、邪毒龍の首を全て落として倒したのなら、ティグレスの言葉への反証は不可能だ。

目撃者もほとんどいない以上、確実な証言は得られない。

逆もしかりではあるが、重要なのは、客観的な事実の確定は不可能、ということだ。


そういう状況では、ギルドが仲裁に入り、どちらの言い分を立証も反証もできないということで、ある程度中立的な裁定がなされることが多い。

そうなれば、ティグレスは労せずしていくらかの分け前を手に入れることができる。


そして何より「全員で勝てなかった邪毒龍を、追放されたウォルドが一人で討伐したのだから、スカイやティグレスのほうがウォルドの足手まといだったに違いない」などという風聞も立てられずに済む。


ティグレスは実に強かな冒険者だ。この短い時間でそこまで頭が回るとは、尊敬にすら値する。


問題は、俺が持っている邪毒龍の死体は、中から焼き殺したので首が全部つながっているということ。

つまり、ティグレスの言葉が嘘だと立証できる物的証拠があるということだ。


「残念。首は全部つながってるんでな」


俺がにやりと笑うと、ティグレスは目を見開いた。


「なっ…」


真っ赤な顔で絶句するティグレスだったが。


「て、適当なホラ吹かすんじゃないわよ!半端野郎の分際で!」


俺を嘘つき呼ばわりすることで体面を保とうと試みているようだ。


「そもそも、邪毒龍をあんたが倒したってこと自体、話がおかしいわよ。あたしたちがほぼ殺しかけてたところを、手柄だけかっさらったんでしょ!」


まくしたてるティグレス。


パン、と。


その頬を、誰かの平手が叩いた音が響いた。


「いい加減になさいッ!」


それは、神官セリナの手だった。

人を殴るにはあまりにも適しない、たおやかで繊細な白魚のような手が、今、人を叩いた反動でわずかに赤く腫れている。


「加入したばかりのアサギを裏切り、あなたが一番付き合いが長いはずのスカイをこんなにも悲しませて、挙句の果てにはウォルドさんを嘘つき呼ばわりですか! 恥を知りなさい!」


温厚な人ほど怒らせると怖いというが、今のセリナの怒声はまさにそうだった。


「なによ、みんなして寄ってたかって…! 私が悪いっていうの!? じゃあ白黒はっきりさせようじゃないの! 解体場で邪毒龍の死体を見て、首が一つでも切れてたらウォルドは噓つき! そうでしょ!」


「あなた…!」


セリナの顔が怒りで紅潮する。

セリナ本人が作法や礼節がしっかりしているタイプなだけに、この期に及んでなお、謝るという選択肢がないらしいティグレスへの怒りはひとしおだろう。


このままでは、冒険者ギルド内で乱闘が発生しかねない。

が、その機先を見事に制し、ずいと身を乗り出したのは受付嬢。


「解体場にはギルド長も呼びますので、悪しからず」


受付嬢は、ものすごく悪い笑顔でそう言った。


朝のこともそうだが、受付嬢からの蒼穹の剣への好感度はめちゃくちゃ低いんだな。

セリナもそうだが、受付嬢は特に怒らせないようにしよう。





そして、ギルド長をはじめとする複数の職員と、野次馬を含む多くの冒険者の目の前で、俺は邪毒龍の死体を取り出した。


「嘘よ…そんな…」


首がすべてつながった邪毒龍の死体を見たティグレスは、へたり込んで失禁した。

もはや言い訳の余地なく自分が嘘つきだと、大勢の前で証明されてしまえばこうもなるか。

その姿には多少の同情も覚えるが、自業自得だ。諦めてもらうほかない。


「きっと、何か不正をしてるんだわ…絶対に、邪毒龍を一人で倒すなんて無理だもの…」


いや、この逞しさなら心配はいらないか。

うわごとのように言うティグレスを置き去りに、解体作業は進んでいく。


そして、スカイたちを含め、もう誰もティグレスを見ようとしなかった。

仲間であったはずのスカイたちをして、相手にするだけ時間の無駄、そういう認識になってしまったらしい。


まあ、防御型戦士というのは、案外ソロでもやって行けるもんだ。

自力で頑張ってもらうとしよう。


「困ったのう…冒険者ギルドから除名したところで、この分なら行く先は詐欺師か盗賊か…誰ぞ、この娘の性根を叩きなおしてくれる者はおらんかのう…」


どうやらティグレスの今後の処分に迷っているのか、聞こえよがしにギルド長が言っている。独り言のふりして、俺に押し付けたいようだが、お断りである。


「また取り分をちょろまかされるのは御免だ」


吐き捨てる俺に、ギルド長はため息をついてしょぼんと目を伏せた。


「そうか、困ったのう…」


そんな会話のさなか、邪毒龍の腹から、だいたい剣90本分くらいの、巨大な鉄の塊が取り出された。


「…なんかこいつ、体の中から焼けたような形跡があるうえ、腹の中からでっかい鉄の塊が出てきたんだが…お前まさか、融けた鉄を口から流し込みでもしたのか。邪毒龍相手にどうやったのかはわからねえが…もうちょっとこう…人の心とか…情け容赦とか…」


俺は、解体場の親父のひきつった顔から目を逸らした。


「なんでわかるんだよ…」


解体場の親父は、限られた情報から犯行の手口をおおむね見抜いている。

かなり非人道的な倒し方だったのは否定できないので、お言葉は甘んじて受けるしかない。



俺はその後、暫くの間は同じ町で活動していたが、どうやら俺の戦い方はあまりに非人道的だったらしく、誰とも組めないままソロ冒険者としての活動を強いられた。

居心地の悪さもあって街を出た俺は、冒険者の絶対数が多く、まだ組める相手が見つかるかもしれない王都に拠点を移し…、

結局ソロのまま、冒険者として2年の間、どんな仕事も断らずに活動してきた。

回ってくる仕事は、他の冒険者が殺人への忌避感から避けがちな、盗賊の鏖殺なんかの割合が大半だった。

汚れ仕事を全く断らないという蔑みから『何でも屋』と呼ばれるようになったのは、1年前くらいだっただろうか。

決して、退屈な2年ではなかった。

それでもあの日のことを昨日のことのように思い出せるのは、やはり、俺の中でスカイの存在がそれだけ大きかったということだろう。



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