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第4話:追放の追憶:3


忍者少女アサギの安全を確保してから数分。

アサギの容態が安定したことを確認してから、俺は瘴気の立ち込める沼地の真ん中で、剣の柄に手をかけた。


「じゃあ、始めるか」


間合いのはるか外で、抜刀した安物の剣を振り抜く。

間合いが適切でさえあれば、それは居合による会心の一撃となっただろうが、今の間合いでは、単なる素振りで終わる。


通常の斬撃であれば。


「しぎゃぁぁぁぁぁぁ!」


しかし、俺の思い通り、その一閃は遠くにいる邪毒龍の首の一つに、確かに傷をつけ、邪毒龍に痛みを与えた。

かすり傷程度でしかないが、それはたいした問題ではない。


「斬撃転移…思ったより正確に当たるな…」


斬撃転移。

使い勝手の悪い転移魔術を使いやすくする工夫の途中で、こういうこともできることに気づいたのは3ヶ月ほど前だ。


ゲーム的に表現するなら斬撃の攻撃判定を遠くに転移させる、ただそれだけの限定的な、しかし速度と精度は桁違いの転移魔術。


それだけだが、間合いの優位性は剣士なら誰もが認めるところだろう。


残念ながら、蒼穹の剣時代には立ち位置が前衛で、間合いの優位性を活かす機会がまずなかったことや、魔法剣によるスカイの攻撃強化やらいわゆるサブヒーラーの仕事やらと、他の仕事が多すぎてそもそも剣を振るうタイミング自体がほぼなかったため日の目を見なかったが、これからは違う。


この魔術は、これからの俺の生命線だ。

一人で戦うなら、そもそも間合いに入る前に敵を殺すくらいでなければ、普通に死ぬのだから。


問題は、邪毒龍の鱗に傷をつけるには、安物の剣では荷が重いことだ。


手元の剣を見てみると、一撃で派手に刃こぼれしていた。

多少鋭い鈍器としてあと何回かあの硬い鱗に叩きつければ、簡単に折れるだろう。


俺の剣の腕ではまともに攻撃を通せないことも、以前の邪毒龍との戦いと全く変わらない。

だが、斬撃転移ならば、活路はある。

奴の鱗を斬るにはあまりに足りない俺の腕と安物の剣でも、奴の体内に斬撃を転移させれば、邪毒龍にダメージを与えることが可能になるのだ。


それこそが、俺が100本も剣を用意した理由であり、安物をこそ用意した理由だった。


業物や魔法の武器なら竜の鱗でも斬れるから、などという甘えを自分に許さない。


安物の剣で奴を倒すために、俺は斬撃を奴の体内に的確に転移させなければならないのだ。

これは、命を懸けた、斬撃転移の特訓だ。


そんなバカをやっている理由など、一つしかない。


前の人生からずっと俺は、切羽詰まらないと努力できない怠け者なのだ。

それを知っているから、切羽詰まる状況を自分で作る。

いつだって俺は、そうやって努力家のふりをして、主人公になれない人生を何とか生きてきた。


きっと、この世界でもそうして生きるしかない。


剣の才能に恵まれ、しかも剣が好きで好きでしょうがないスカイのような、天性の主人公の資質を、俺は持たない。


昨日まで、いつか来る別れを知りながらスカイと組んでいたのも、今、勝ち目は薄いと知って安物の剣で邪毒龍に挑んでいるのも、俺にとっては等しく、努力しなければならない環境に自らを放り込む行いでしかない。


「しっかり付き合ってくれよ…邪毒龍!」


俺の咆哮に応え、邪毒龍は僕に襲い掛かってくる。


さあ、やりたくもない、クソッタレな特訓の時間だ。


こちらの戦術はシンプル。

転移を駆使して間合いを保ち、邪毒龍が吐いてくる毒のブレスが届く心配のない距離から、斬撃転移を奴の強靭な鱗の防御が働かない体内に叩き込む。


これを、まだ眠っている忍者少女アサギに近づかれないよう、100本の剣がすべて折れるまで、もしくは、奇跡的に邪毒龍の命に届くまで繰り返す。


だが、言うは易く行うは難し、という言葉もある。


「きしゃあああああああああああ!」


現に、俺に対して間合いを詰めるのが困難だと見るや、毒のブレスではなく3つの首から毒液を弾丸のように飛ばしてくるという戦術に切り替えてくる邪毒龍の対応力は、少なくとも馬鹿の一つ覚えでどうにかなる相手ではない。


転移で死角に回ろうにも、攻撃に使っていない5の首と10の眼で周囲を常に警戒している邪毒龍相手に不意打ちを決めるのは不可能であり、3つの首から放たれる毒弾の射撃精度は時間が経つごとに高まり、こちらの回避先を読んだような攻撃も増えてきている。


かと言って、さらに間合いを開けるのは得策ではない。


遠ければ遠いほど、やはり転移先の位置を制御するのは難しい。

斬撃を敵の体内に転移させ、しかも骨などに阻まれず致命傷を与えなければならないという、こちらの攻撃の前提があるためだ。


危険を承知で、ブレスの射程に飛び込んだほうがいいのかもしれないという考えが何度も脳裏をよぎる。


どこでもいい。

今も雨霰と打ち込まれている毒弾を回避しながらでも当てやすい、でかくて骨もないことが期待される部位があればいいのだが…。


「…あそこか?」


一つだけ思い至った。

8つの首がまとまった位置の、相応に太く膨らんでいる部分。

想像に過ぎないが、なんとなく内臓がありそうな位置ではないか。


「斬撃転移!」


手ごたえは軽かった。剣の刃こぼれも、派手に増えたようには見えない。

どうやら骨や鱗に当たることはなかったようだが…。


「きしゃあああああああああああ!」


邪毒龍は首を振り乱して苦悶の咆哮をあげた。

かなり苦しんでいる。やはり内臓はあそこか。


少なくとも、苦悶という大きな隙を作れる事は分かった。


ならば、同じ位置を斬り続けるか。

いや、それでは馬鹿の一つ覚えだ。

これまでの邪毒龍の対応力を見る限り、それだけではいずれ対策される。


「ぎゃおおおおおお!」


「く、転移!」


現にこうして、ほんの数秒の思考の間に間合いを詰めて猛毒のブレスをぶち込んでくるようなバケモノだ。思考停止で挑むなど愚の骨頂。


転移で回避し、間合いを仕切り直しながら高速で思考を巡らせる。


かつて邪毒龍に負けた時も、敗因はブレスだった。

スカイに魔法剣・火炎エンチャント・フレイムを使った直後、毒のブレスをぶち込まれて、剣の炎がブレスに引火して大惨事になったのを、今でも覚えている。


…引火。そうだ。


俺は、勝ち筋をついに見つけた。


魔法剣・火炎エンチャント・フレイム…斬撃転移!」


武器が融ける出力で炎の魔法剣を発動すると同時に、斬撃転移で先ほどと同じ位置に融けた刀身を叩き込む。


失敗は一つだけ。

斬撃転移は、転移魔術をギリギリのタイミングでキャンセルすることで刀身を手元に残すが、魔法剣との併用が存外難しく、そこをしくじった。


今俺が握っているのは、刀身がスッポ抜けた、かつて剣の柄だった木片だ。

しかしその結果、燃え盛る鉄の塊が、邪毒龍の体内に残ることとなった。


「ぎゃおおおおおおおおおおおおお!」


邪毒龍は8つの首からすさまじい勢いで火炎を吐き出しながら悶絶した。

やはり、邪毒龍が吐き出す毒ガスは可燃性だったようだ。

この前提なら、斬撃転移自体が失敗しても、邪毒龍の腹の中に熔けた鉄を流し込むことができるなら、一回一回の斬撃転移の成否はもはや勝敗の重要な要素ではない。


実践訓練としては、理想的な状況だ。


収納魔術内の残弾、99。

苦悶が終わらないうちに次を構える。


魔法剣・火炎エンチャント・フレイム…斬撃転移!」


収納魔術内の残弾、98。


あと何発で殺せるだろうか。


魔法剣・火炎エンチャント・フレイム…斬撃転移!」


収納魔術内の残弾、97。


なるべく苦しまず、さっさと焼け死んでくれ。


魔法剣・火炎エンチャント・フレイム…斬撃転移!」


収納魔術内の残弾、96。


いつの間にか、自分の中で勝つことが前提になっていることに気づいた俺は、失笑した。


「この威力に、もう少し早く気づいていたら…」


…俺は、特殊な技能に特化している扱いでスカイの夢に加われたかもしれない。


そんな感傷を振り払うように、俺は灼けた鉄を邪毒龍の腹の中に放り込み続けた。



邪毒龍が絶命したとき、剣は残り7本まで減っていた。

体の中から、大量の融けた鉄で焼かれてなお、そこまで耐えるようなとんでもない生命力のバケモノと戦っていたのだと思うと、背筋におぞけが走る。


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