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第3話:追放の追憶:2

邪毒龍。

毒の牙や毒のブレスをぶち込んでくる厄介な巨大爬虫類だ。

おまけに首が8つあるので、死角もない。


確か半月ほど前も、蒼穹の剣は瞬殺されて退却した。


一部の奴は俺のせいだと噂していたし、俺もわざわざ否定しなかった。

事実ではあるからだ。


俺は確かに噂の通り、

・邪毒龍の硬い鱗を貫いて攻撃を通せるような剣の腕はない

・軽装ゆえ邪毒龍を相手に盾役など出来るはずもない

・死角のない邪毒龍に不意打ちを安定して叩き込むような隠密技能もない

・神官系の魔術は単体の治癒といわゆる異常除去しか使えない

・魔術師系に至っては転移や魔法剣などの便利系をつまみ食いしてるだけ

と、どの分野でも到底一線級の戦力とは言えない半端者なのだ。


スカイが目指した、きっちり役割に特化した者たちが完璧な連携を見せるパーティならば邪毒龍など敵ではないに違いないが、そこに俺のような半端者が混じればどうなるか。


当然、連携は理想のものとはかけ離れてしまう。


つまり、勝てなかったのは俺のせいだ。


さて、そんなざまでは、俺一人で邪毒龍に挑むなど本来自殺行為、なのだが。


首を一つだけ持ち帰るくらいなら命を懸ければぎりぎり何とかなるんじゃないか、程度の勝算はあった。


そのカギは、幾度も仲間の窮地を救い、繰り返し使っている間に速さと精度が極まってきた転移魔術、その応用だ。

だが、ぶっつけ本番で試すには、武器を壊すリスクが高すぎる。


ゆえに。


俺がまず向かったのは、武器屋。


「お邪魔します」


俺が店に入ると、奥から樽のような体型の、小柄な髭面の男が出てきた。


「ウォルドか。また武器ダメにしちまったのか?」


呆れたような顔で言う彼はドワーフの鍛冶師スミス。

また、とスミスが言った通り、俺はすぐに武器をダメにする、職人に失礼なタイプの客であり、この店の常連でもある。


蒼穹の剣時代、そもそもパーティに残らない前提の俺の武具予算はかなり制限されていた。

当然、自分の腕力に対してあまりに粗悪なものを使うと、強敵に全力で打ち込んだ時に剣が折れたりして危険なのだが、ない袖は振れない。


スミスが本気で心配し、厚意で一度、高級品を格安で譲ってくれたことがあったのだが、翌朝、パーティの共有資金を管理していたティグレスによって売り払われていた。

その金と貯金を合わせてスカイが今も使っている魔法の剣が買えたので、パーティ全体としては間違いなく得だったし、合理的な選択ではあったのだが。


当然、自分の厚意をそんな形で無にされたスミスが心穏やかであるはずもなく、蒼穹の剣は俺を除いてここの武器屋を出禁になってしまった。

スカイだけは勘弁してやってくれと俺がどんなに拝み倒してもダメだったので、スミスの怒りは相当なものだったのだろう。


だが、今日は少しばかり事情が違う。


「今日は、これからダメにするんです」


首を横に振る俺に、スミスはため息をついた。

やはり「蒼穹の剣」時代のことに思うところはあるのか、棚を漁るスミスは不機嫌な様子を隠そうともしない。


「まあ、細かい訳は聞かないでおいてやる。生きて帰ってこい。…いつも通り、廃棄予定の失敗作で構わねえな?」


寡黙ながら何かと俺を気にかけてくれているスミスが口にする「生きて帰ってこい」の重さは、俺の両肩にずしりとのしかかった。


こういう時に、突飛な頼みをするのは本当に気が引けるが…。

邪毒龍と戦うなら、必要なことだ。


「100本下さい」


俺が努めて軽い口調で注文をつけると、スミスは手を止めてじろりと俺に目を向ける。


「前言撤回だ。訳を聞かせろ」


まあ、いきなり100本も注文されたら、訝るのはわかる。が、邪毒龍に一人で挑みますなんて言ったら、間違いなく止められるんだよなぁ…。


「武器を壊すリスクが高い、ちょっと特殊な攻撃手段を試してみたくて。…もちろん、通じなかったら全力で逃げます」


嘘は言っていないが、しかし、邪毒龍に挑むという事実をあえて告げずにいるのは、嘘をつくのと同じくらい不誠実だ。


それでも、俺はやらねばならない。

実績のない俺は仕事を選べない以上、受付嬢から斡旋されたこの仕事を成し遂げなければならない。

それに、ここで邪毒龍に一矢報いることもなく終わっては、スカイに心配をかける。

あいつが心置きなく夢を追いかけられなくなってしまうのは、容認しがたい。


俺を心配してくれているのがわかるからこそ、スミスには、俺が一人で邪毒龍に挑むことを気取られてはならないのだ。


スミスの訝るような視線にさらされ、ごくり、と俺の喉が鳴る。


やがて、俺がそれ以上語ることがないと悟ったのか、スミスは根負けしたかのように肩をすくめた。


「またあのバカ共に何か言われてるんじゃないだろうな」


ボロボロの剣をカウンターに並べながら、ため息をつくスミス。

スミスの「蒼穹の剣」への不信感は筋金入りだ。

まあ、実直な職人はティグレスのようなタイプは大嫌いだろうが、ここまで嫌うほどとは。


「蒼穹の剣は、さっき抜けました。今日はソロでやっていくための技の練習で」


俺が肩をすくめると、スミスは激昂したかのように怒鳴りつけてきた。


「それを先に言いやがれ! 帰ってきたら一本好きな剣をくれてやる。お前の門出の祝いにな!」


スミスは口調こそ荒々しいが、喜んでくれているようだった。


「ありがとうございます」


俺はスミスが用意してくれた100本の剣を収納魔術に流し込んだ。




武器屋で剣を買い漁ってから1時間ほど。


俺は瘴気の立ち込める沼地に向かった。

もちろん、目的は邪毒龍だが。


「くそっ、まだ、力不足なのか…僕は!」


先客がいた。

俺が武器屋で油を売っている間に、スカイたちが邪毒龍に再挑戦していたらしい。

まあ、夢のパーティ構成が完成したからには、力試しをしたくなるのは当然だろう。


合流するのは望ましくない。

スカイの門出に水を差したくないし、抜けたパーティを未練がましくつけ回していたとか誤解されるのもごめんだ。


しばらく眺めておくことにした俺は、少し離れた物陰に身を潜めた。

この距離なら、俺の隠密技能でもまず気づかれることはないだろう。


遠目に見える蒼穹の剣の陣形は、俺がいた頃とほぼ同じ。


前衛は攻撃型の剣士である青髪のスカイと、防御型の重武装騎士ティグレス。


「おおお!」


魔剣二刀流のスカイと重武装のティグレスが邪毒龍に果敢に攻めかかるが、8つの首を持つ邪毒龍の牙での攻撃を受け流しながらの忙しい戦いを強いられ、攻め切れていない。


「やっぱりこいつとの戦いは忙しいわね…!」


防御役のティグレスが盾で割って入り、さらに近い位置の首を剣で牽制、可能な限り注意を引くことでスカイの道を開けようと努力しているが、それでも、釣れて5つ。

邪毒龍の首5つ相手におとりをやりつつ一歩も引かない時点で、ティグレスも相当の手練れではあるのだが…。

それでも、スカイは同時に3体の敵、それも邪毒龍の首という強敵を相手取り、アタッカーの役目として、その首を落とさなければならない。


そして、前衛の二人が徹底した役割分担のもとでベストを尽くし、なお攻め切れない間、後衛は休んでいるかといえば決してそんなことはない。


「そこぉっ!」


後衛の魔術師、赤毛の魔女っ子リーンは攻撃系の魔術のエキスパートであり、的確に邪毒龍の目に向けて魔法の矢を撃って機先を制し、攻めの起点を作っているし、ピンク髪の神官セリナが絶えず回復系の魔術を使ってくれているのを前提に、スカイもティグレスも、ある程度の被弾は構わず踏み込めている。


そこまでしてなお、じり貧の均衡を作ることしかできない邪毒龍の強さに恐怖すべきだろう。


ちなみに、一度間合いを取って仕切りなおすという選択肢は、ない。

間合いを取れば、邪毒龍は容赦なく猛毒のブレスを叩きこんでくるので、全員がやられる事態になりかねない。

俺がいた頃も、それで何度も、転移で逃げる羽目になった。


そういえば、リーンは収納魔術や転移を習得していなかった気がするが、俺が抜けるにあたって習得してくれたのだろうか。

自分で荷物を担ぎ、歩いて帰ればいいといえばそれまでだが、俺の収納魔術や転移がある前提で限界まで戦ったりすることも少なくなかったので、ちょっと心配だ。


おっと、気がそれた。


最後の一人、俺と入れ違いで加入した忍者の少女のことは知らないが、スカイ達が仲間に入れるくらいなので、まあ特化型で間違いない。


おそらくその忍者であろう銀髪の、盗賊や格闘家っぽい暗緑色で露出多めな軽装の少女は、今は陰に隠れて奇襲を試みては、死角がないことで攻めあぐねているように見える。

彼女が一手でもって戦局を覆す暗殺術を見せない限り、スカイたちは今回、邪毒龍に勝てない。


つい、応援するような気持ちで手に汗握り、忍者の少女の動きを見てしまうが…、


「アサギ! いつまでちんたらしてんの!」


ティグレスがそんな忍者に怒鳴りつけた。


忍者でアサギ。

転生者的には少し気まずい名前だ。

彼女が平たい胸の小柄な少女でなければ、俺は中腰になっていたかもしれない。


いやそんな場合ではない。


ティグレスの馬鹿さ加減に、俺は頭を抱えた。


ティグレスの怒声で、そのあたりに忍者少女アサギが隠れていることを邪毒龍に確信させてしまったという失態は、この状況ではあまりにも痛い。


しかし邪毒龍は、どの物陰に敵が隠れているかまでは特定できていない。

せめて、奴がのんびりアサギを探すのに集中してくれればまだ、スカイが攻める隙も生じるが…。


必然、邪毒龍は息を吸い込んだ。猛毒のブレスだ。

残念ながら当然だ。俺だって、邪毒龍の立場なら爆弾でも投げる。


「きしゃあぁぁぁぁぁ!」


邪毒龍が吐いた猛毒のブレスは、忍者少女アサギのいる一帯を包み込んだ。


直後、物陰から飛び出し、離脱を余儀なくされる忍者少女アサギ。


しかし、もともと位置を特定できないまま、8つの首から一帯を塗りつぶすように放たれたブレスの範囲は、広すぎた。


「ゲフッ!ガハァッ!」


逃げきれずに毒をもろに浴び、吸い込んだ忍者少女アサギは2秒と持たず、吐血しながら昏倒し、行動不能に陥った。

特化型の斥候の例に漏れず、耐久力はお察し、というところか。


「忍者のくせに回避しそこねるなんて!しかもあんな位置で!馬鹿じゃないの!?」


ティグレスの言いたいことはわからなくもない。

必死に邪毒龍の背後を取ろうとしていたせいで、正面にいるスカイ達からは位置が遠い。

その状況で回避を仕損じると、救助のために陣形を組みなおさなければならないので、立て直しに手間取るのだ。


ただでさえ、湯水のように魔力を消費しながら、ぎりぎり防戦一方にならない程度の戦いが成立する敵相手に、それはもはや致命的な隙だ。


だが、アサギに馬鹿と言うのはお門違いだ。

馬鹿と言うなら、仲間の位置を敵にさらしたティグレスのほうがよほど馬鹿なミスを犯している。


「救助に向かいます!援護お願いします!」


意を決した眦で神官のセリナが叫ぶが。


「敵が近すぎる!まず引きはがさないと援護どころじゃない!」


魔術師のリーンがその無謀さを指摘する。


「引きはがすって、まさか治癒なしで私に囮やれとか言わないわよね!」


壁役のティグレスもその作戦には反対らしい。


「こんな時にウォルドがいてくれたら…くそっ、僕はいつまでウォルドに甘えれば気が済むんだ!」


スカイの悶絶は、少しばかり面映ゆい。

あいつに一瞬でもそう思ってもらえたのなら、俺は十分に報われた。

そう思える。


「あの半端野郎を連れてきたときのほうがマシとか、ほんと使えないガキよね!」


ティグレスがとんでもないことを言い出した。

仲間に迎え入れたばかりとはいえ、いくら何でも忍者少女アサギに失礼すぎる。

ちなみに俺への暴言については、どうでもいい。

ティグレスが俺に友好的になったら逆に気持ち悪いまである。


「くっ…退却するしかない…」


そして、リーダーであるスカイの選択は、忍者少女アサギを見捨てて退却するというもの。

それは情に厚いスカイらしくない非情な判断であり、そして、おそらく現状唯一の、忍者少女アサギを救う手段だった。


集団での帰還転移に限らず、高機動戦闘に対応できる速さで短距離転移魔術が使える俺なら、邪毒龍の足元から忍者少女アサギを救い出すことも不可能ではない。

少なくとも、スカイ達が命を賭して邪毒龍の足元に踏み込み、忍者少女アサギを救助するよりは安全で確実で迅速だ。

そして、治癒や解毒程度の神官系魔術なら、俺も使える。

戦わずに逃げ延びるだけなら、まず確実に何とかなるだろう。


おそらく、スカイが「ウォルドがいてくれたら」と口にしたのはそれが理由だ。

…そのくらい限定的な状況でないと、そもそも使い物にならない自覚はある。


とにかく、退却さえしてくれれば、俺はスカイ達に鉢合わせせずに忍者少女アサギを救助できる。

追放を受け入れ、一人でやっていくはずだったのに、未練がましく以前のパーティに付きまとっていたとか誤解される心配をしなくていい。

そんなくだらない理由で、スカイの夢を邪魔する心配がいらない。


…分かっている。理解している。

自分が何を言っているのかを。


自分の世間体やスカイの夢を忍者少女アサギの命より優先し、スカイ達の退却を待っている俺は、自分の都合で忍者少女アサギを見捨てている。

それは、作戦ミスによる仲間を諦めての退却などより、よほど重い悪行だ。

過失の結果ではなく、故意の行為なのだから。

結果的に忍者少女アサギを助けることができたとしても、それは結果論に過ぎない。


俺は自分の意思で、忍者少女アサギを見捨てると決めた。

この事実は、変わらない。


俺は一目散に駆け去るスカイたちを見送り、転移で忍者少女アサギを救出、離れた場所に忍者少女アサギを横たえてから、解毒の魔術と治癒の魔術を連続使用した。

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