第2話:追放の追憶:1
ー時は遡るー
「ウォルド、今までお疲れ様。今日限りで、君を僕たちのパーティから追放する」
青い髪を伸ばして後ろでくくった細身の青年、「蒼穹の剣」のリーダーであるスカイが笑って言った。
「ああ。今までありがとう」
俺もまた、笑顔で応じる。
「これで終わりって、ちょっと寂しいな」
スカイが笑顔を曇らせ、寂しそうに言うが、俺はそんなスカイの額に軽くデコピンを打ち込んだ。
「終わりにしなきゃダメだろ。自分の夢を忘れんな」
夢があるくせに、夢のために小さな友情を横にどけることができないのは、こいつの悪いところだ。
優しさという美徳は、ときに惰弱さという悪徳を呼び込む。
スカイは、その警句が似合うやつだ。
そのまま俺はスカイに背を向けて歩き出す。
スカイの夢のために、俺はこれ以上「蒼穹の剣」にいるべきではないのだ。
スカイは、剣の才能こそ目を見張るものがあったが、そのほかの才能は壊滅的だった。
だから、剣士であること、冒険者としての物理攻撃担当の役割を極めると誓った。
そのひたむきさと才能の掛け合わせがどれほどの暴威であるかは、言うまでもない。
同じ村の剣術道場で散々地獄を見せられた俺が、誰よりもそれを痛感している。
そしてスカイは、同じような境遇の者たちを集めて、一芸を極めた者たちのチームで成り上がってみせると、持たざる者の意地を見せてやると誓った。
十分持ってるだろとか言ってはいけない。
この世界基準では割と持ってない方なのだ。
持たざるものであるがゆえに、駆け出しのころのスカイは仲間集めに難儀した。
そして、そこに居合わせた俺が手を貸した。
冒険者の活動に必要な種類の、『一芸を極めた者たち』が揃うまでの間、俺が足りないところを補うことにしたのだ。
そのために、俺は戦士として、斥候として、術師として、すべての基礎基本を身に着け、基本以外の部分は転移魔術や収納魔術など、必要な技能を最低限身につけ、基本的な技能を徹底して磨いてきた。基本ができれば、案外応用もきくものなのだ。
それから、一人、また一人と、『一芸を極めた者』に該当する戦力を増やし、「蒼穹の剣」が着実に周囲からの評価を獲得していくにつれ、俺の役割は減っていった。
最初の一人は、防御の要、金髪の重騎士ティグレス。
おかげで、俺が盾を構えて仲間を守る必要がなくなった。
次に、攻撃魔術のエキスパート、赤毛の魔術師リーン。
おかげで、俺は魔術を使った牽制や広範囲への先制攻撃はしなくてよくなった。
その次が、回復はお手の物のピンク髪の神官セリナ。
おかげで、俺が回復系の魔術を使う機会はぐっと減った。
そしてついに、斥候、隠密系技能の達人である忍者のスカウトに成功したことで、俺は晴れてお役御免となった。
それぞれの技能に集中し、応用的な技能にも精通している、『一芸に特化した者』が、これで揃ったわけだ。
スカイが夢見たチームが完成した今、スカイが夢見たメンバー像とは真逆の、悪く言えば器用貧乏な俺は、不純物なのだ。
ついでに言うと、俺は金髪の騎士ティグレスとはすこぶる仲が悪い。
「はー、あの半端野郎、ようやく追放? やっとせいせいするわ」
パーティの防御の要である金髪の女騎士ティグレスが聞こえよがしにスカイに悪態をつく。
まあ、見ての通り性格の悪い女だが、せいせいするという意見には同意する。
俺の取り分をちょろまかして自分の懐に入れていたことは一度や二度ではない。
まあ、そうやってためたへそくりで他のメンバーの武具が買えたこともあるので、悪いことばかりではないが、俺としては当然、思うところはある。
スカイは本人の人柄と腕はいいが、人を見る目がなさすぎるのが欠点だな…。
そういう意味では、あいつはリーダーなんかやらずに、自分の夢を誰かに預けてそいつのために突っ走る鉄砲玉がお似合いなんだろう。
「ちょっと、そういうのやめろって何回言わすのよ!」
「そうですよティグレス、あなたの品位が疑われます」
食ってかかるのは赤毛の魔術師リーンとピンク髪の神官セリナ。
ティグレス以外は割とまともなんだよなあ…。
まあ、リーンやセリナもティグレスがちょろまかした俺の金で買った武具を使っているのが後ろめたいらしく、距離感は多少あるわけだが、悪い奴らではない。
ティグレスより先に「蒼穹の剣」に加入してくれていたら、あるいは普通に仲良くなれたかもしれない奴らだ。
「…」
無言で俺を見ている、新入りの銀髪忍者少女は知らん。
名前すら知らん。
だが、物理攻撃役、魔法攻撃役、防御役、回復役、斥候担当の全てがそろったことで、あらゆる技能の基本のみを身に着け、パーティの完成までの間、最低限のパーティの機能を維持するという俺の役割を終わらせてくれた最後の1ピースは彼女だ。
それだけでも、感謝するべきだろう。
友人が夢のために歩き出せるのは、彼女のおかげなのだ。
そこに俺がいないのは、少しだけ寂しいが。
不謹慎にも、追放系主人公になれるかもしれないチャンス、と喜んでおくことにする。
俺はそのまま何も言わず、依頼を受けるために冒険者ギルドの受付嬢のもとに向かった。
「ウォルドさん、大変でしたね」
受付嬢は気遣ったようなことを言ってくる。
まあ、わからなくはない。
スカイと俺自身を除けば、「蒼穹の剣」の最古参は性格が終わっているティグレスだ。
リーンやセリナが入ってきたころには、実権を握っているナンバー2ですが何か?といった態度で、他の意見もあまり聞かなくなり、今日までその自儘なふるまいは改善を見ていない。
そんなありさまで、しかもなぜか俺は目の敵にされていた、となれば、はたから見れば、いいように使われて用済みになったら追放されたように見えてもしかたないということは、俺にもわかる。
だが、スカイを悪く言われるのは、いい気がしない。
「言いたいことはわかります。でも…スカイを悪く言うなら、俺がいない時にしてくれると嬉しいです」
俺にだって利益がなかったわけじゃない。
最初から一人だったら、俺はこれだけの技能を心置きなく試すことはできなかった。
一芸に限れば間違いなく俺より優れている奴がいるから、俺もそこに背中を預けて技能の修練に精を出すことができたのだ。
俺がその利益を得られたのは、間違いなくスカイのおかげだ。
「…今日からはお一人で?」
俺の意図を酌んでか、話題を変えてくれた受付嬢の質問には、笑顔で首を縦に振る。
「はい。せっかくなら、儲かる仕事を紹介してください。独り立ち記念に」
無理な頼みかもしれないと思いつつ、俺は受付嬢に難しい仕事を斡旋してくれるように頼んでみる。
俺は少なくとも、スカイが俺の心配をせずに夢を追いかけられるくらいには、稼ぐ必要があるのだ。
だが。
「じゃあ、邪毒龍の討伐、いってみます?」
数か月前から蒼穹の剣が何度も挑み返り討ちにされている強敵の討伐を笑顔で勧めてくる受付嬢にはさすがに引いた。
割と高ランクなチームでも歯が立たなかった奴相手に一人で挑めとかちょっと殺意が高すぎる。
受付嬢はそんなに俺のことが嫌いなのだろうか。
「…ぐぬぬ…」
それでも、その時の俺には、断る余地がなかった。
実績がないフリーランスが仕事を選べるほど、どこの世界も甘くないのだ。
「まあ、さすがに冗だ…」
「…やります」
苦悶の末、俺はその依頼を受けることにした。
「え、ちょ、ウォルドさ…」
冒険者協会のドアを閉める時、中からなにか声が聞こえたが、それどころではなかった。
俺は死に物狂いで邪毒龍と戦って、最低でも傷をつけた証を手に入れつつ生きて帰らなければならないのだから。