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第1話:王女の休日

全体はカクヨムに上げてます。

2サイト分管理するのがめんどいので、プロローグ部分だけこちらに。こっちだけえらく伸びるとかだったら重心移すかもしれません

場末の酒場。

半地下の煉瓦の壁に揺らめく影は、その明かりが火を焚いたものであることを物語る。

火を明かりにする薄暗い空間の中で、品のない笑い声をあげながら酒を酌み交わす者たちを横目に、俺は店主に会釈しながら店の奥に向かった。


こんな場所でも埃が立たない清潔さが保たれているあたりに、国全体の豊かさや衛生観念の高さを感じるが、しかし、客層、あわただしく配膳に回る店員いずれを見ても、ここが隠れた高級店などではなく、ただの安酒場だということは容易に見て取れる。


それを見て、たった今俺が引いた席に座ったフード姿の女、王女シエル・ログレスは呆れたように言った。


「この私を魔石灯もない安酒場に連れてくるなんて、噂の何でも屋もたいしたことないのね」


傲岸な物言いも、しかし嫌味を感じさせない。

さすがは王女。王族の気風カリスマという奴だろう。


「何でも屋といっても、仕事を選ばないだけの普通の冒険者だからな」


俺は認識阻害の魔術を張り直しながら、回り込んで対面の席に座った。

これが切れると、俺と一緒にいる『誰だかわからない女性』が、『王女シエル・ログレス』だと特定されてしまうのだ。

魔術が自分にかかるのを待って、王女はフードを下ろし、その美しい、わずかに緑がかった銀髪をさらした。

俺の、生前と何ら変わらない黒の髪と比べると、その輝く美しさには息を呑む他ない。


「それで、なんでこのお店なの?」


どこかうきうきしたような落ち着かない様子で、テーブルの上の手を何度も組みなおしながら王女は訊ねてくる。

お忍びで外出したいなどという依頼を出すくらいだ。知的欲求というか、好奇心というか、そういうものが非常に旺盛で、新たな体験というものに貪欲なのだろう。


なら、下手な説明は王女の興を削ぐことになる。


「少なくとも、ここの料理人は料理の基本を一切妥協しない」


俺は、ここに足繫く通うようになったきっかけを、王女に告げた。


『基本にして奥義』。俺の好きな言葉だ。

料理も、武術も魔術も、あらゆることは基本に始まり、基本に終わる。

ここの料理は、それを俺に再認識させてくれる。


ちなみに俺の不遜な物言いは、ある呪いによるものだ。

正直、平民の俺が王族にこの口調で話すのは生きた心地がしない。




数分後。


「カツドゥン2つ、お待ちどう」


青髪の女性店主ダルーイが運んできてくれた、カツ丼に酷似した料理。

ここは今のところ、この世界で唯一、俺の大好物であるカツ丼が食える店なのだ。


それだけではない。店にいる大半の飲んだくれどもが肴にしている塊肉も、弱火で10時間以上、火の面倒を見ながらスモークした、転生者的に表現するならアメリカ、テキサス式のバーベキューにおけるブリスケットに酷似している。


料理の基本を極めたゆえに、異世界の料理すら作れる領域に至った料理人。

それが店主ダルーイだ。


「…ウォルド、あんた女の子とのデートならもっとおしゃれな店にしなよ…」


余計な世話を焼いてくるのは玉に瑕だが、そのくらいは愛嬌だ。


「あんたにはこれがデートに見えてるのか?」


俺は一度肩をすくめて見せた後、懐から取り出した箸を丼の前におき、合掌する。


「…いただきます」


カツが獣系の魔物の肉だったり卵はヘビ系の魔物のものだったりするが、それでも、かつての故郷を偲ぶには十分な味の料理を、俺は持参の箸でかっこみ始める。

ちなみに自作だ。箸という食器はこの国の文化には存在しない。


店主ダルーイはあきれたように肩をすくめ、厨房に戻った。

それを待っていたように、王女は顔をしかめてカツ丼を指さす。


「何? 一皿だけ? 質素過ぎない?」


どうやら、見た目は期待外れだったようだ。


しかし、額に力を入れて顔をしかめて見せている割に、王女の口角は上がっている。

彼女も楽しみにしているのだ、この未知の料理を。


なら、俺のすべきことは期待を煽ることだ。


「店主に無理言って再現させた、俺の故郷の料理だ。文句はぜひとも、食ってから言ってもらおう」


醤油もみりんもないところから異世界の料理を再現してみせるダルーイの腕前は折り紙付き。

カツ丼の味は、胸を張って保証できる。


「あなたがそこまで言うなら…」


王女はおっかなびっくりという様子で、カツ丼に手を伸ばし…。


「…おいしい」


俺とは違ってスプーンで上品にカツ丼を口に運んだ王女は、驚いたように目を見開いた。


「さて、文句を受け付けようか」


食い終わった俺がそう言って空になった丼を前に合掌すると、王女は少し曇った顔で中身が残る丼を見下ろした。


「ないわ。私の完敗。あなたの故郷にも、ここの店主にもね」


言葉だけを切り取れば、最高の賛辞なのだが…王女の不満げな表情を見る限り、どうやらカツ丼はお気に召さなかったらしい。


「…別のものが食いたかったか?」


だが、俺の質問に王女は首を横に振った。


「そんなことないわ。今まで食べたことのない、本当においしい料理よ。これは」


食べ終わるのがもったいない、といった様子で、少しずつカツ丼を口に運ぶ王女。


もし、言葉通り十分に満足しているのなら、何故そんな顔をするのだろう。

俺は王女が食べ終わるのを待って、訊ねてみることにした。


「その分だと『今日一日君を楽しませる』依頼は失敗と考えるべきか?」


俺の質問に、王女は寂しそうに目を伏せた。


「依頼…そうね…」


何か、まずかっただろうか。

そういえば、江戸時代に殿様が侍の仕事の不手際を指摘すると、切腹レベルの責任問題に発展すると聞いたことがあるが、そういうことだろうか。


不満だが、俺の言葉で、責任問題になるから不満だと言えなくなったとか。


だが、その心配はいらなかった。


「あなたはよくやってくれたわ。だからこそ、名残惜しくなってしまったの」


名残惜しいと言って王女が浮かべた寂しい笑みは、俺には決して出来ない、美しい笑顔だった。

だが、本当に名残惜しいのだと確信できる、どうしようもなく物悲しく、儚い笑顔の意味、王女が名残を惜しんでいるものの正体を、俺が理解することはきっとできないのだろう。


ここで、いつかもう一度依頼してくれればいい、と言うことはできる。

だが、それはきっと無粋だ。


今日の思い出をかけがえのないものだと思っているからこその、目の前の儚く美しい笑顔に水を差すようなことは、言いたくない。

なぜだかそう感じた。


「ねえ、ウォルド…」


王女は、泣くのを必死にこらえているような震える声で俺の名前を呼び、そのまま胸の前で手を組んだまま黙り込んだ。

まるで、青春ドラマの女学生が憧れの先輩を体育館裏に呼んだ時のようだなどと錯覚しそうになるが、そのような不敬極まる考えはすぐに振り払う。


「もし、私が、これから一緒に王城に来て欲しいって言ったら、どうする?」


組んだ手を解き、美しい銀髪を指先でくるくるともてあそびながら、哀願するかのように王女は言う。

その姿は何か、大きな不安と戦っているようにも見えた。


城に俺を呼んで、何をさせたいのだろうか。

それほど不安になるような仕事か。だとすれば、答えは決まっている。


「仕事内容と報酬次第だな」


俺の答えに、王女はぷっと吹き出した。


「もう、雰囲気ぶち壊しじゃない!」


急に笑ったことで涙が溢れたのか、目元を指で拭いながら王女は笑う。

まあ確かに、金の話をする雰囲気ではなかったかもしれない。


それはそれとして。


「やはり、笑ってくれると安心できるな」


これで、安心して仕事を終えられる。心からそう思った。

だが、王女はいたずらっぽくニヤニヤと笑い、とんでもないことを言ってきた。


「もしかして私、口説かれてる?」


王女にそんなことをすれば、平民の俺は不敬罪で斬首確定だ。


「まさか。俺だって命は惜しい。…じゃあな」


俺は席を立ち、いつも世話になっている店主ダルーイに多めの金を渡して一人で店を出た。

一人残った王女は、このあと王城の隠密が連れて帰る手筈になっている。


「…唐変木」


ものすごく不敬な空耳が聞こえた気がしたが、気にしないことにする。



酒場を出た俺は、まず一つ、大きな伸びをした。


何でも屋のウォルド。

それが今の俺だ。


カツ丼がそこらの定食屋で食えるような世界に生きていた前世の記憶があり、前世に比べてこの世界はかなりファンタジーな世界だと認識していて、ファンタジーな能力も、いくらか使える。

ここだけ切り出すと、前世でいくらかかじったことがある異世界転生話の主人公のようなもんだが。


そううまくはいかなかった。


ファタジーな異世界への転生にテンション上がって冒険者になってみたはいいものの、そこからは全くうだつが上がらず、普通にパーティを追放された。

ここだけ切り取ると、異世界転生主人公に追放系主人公の属性までついてくる欲張りセットなのだが、よく見る物語のような、最初から好感度が高いヒロインが押しかけてくるなどの展開は特になく。


追放された後の俺に残ったのは、ドラゴンの討伐から盗賊の鏖殺まで、生きるためには仕事を選ぶ余裕などないという厳しい現実だけ。

そうして糊口を凌ぐうち、誰が言い出したか、ついた通り名は何でも屋。


仕事を選ばず、どんな汚れ仕事でもなんでも「やる」やつ、という蔑称だったはずなのだが、なんで非公式とはいえ王族から依頼が来る事態になったのやら。

きっと王城に噂が伝わる頃には、なんでも「できる」やつだと情報がゆがんだに違いない。


誤解とはいえ、追放系主人公の夢が部分的に叶ったとも言えるが、そんな高揚感は皆無。


今の俺を支配しているのは、ただただ重く粘りついた、疲労感。


「ヘヴィな仕事だったぜ…」


俺は夜道でもう一度伸びをして、精神的な疲れが詰まって張り詰めた首をぐるぐるとまわしてコリをほぐし、疲労から乱れがちだった歩法と呼吸を整えなおす。

歩法や呼吸は、ほぼ全てのことに通じる基礎だ。これは前の人生で、何かの武道の先生に言われた言葉だったか。

そんなところから自分を鍛えなきゃいけないのが、俺のような地を這う凡俗の辛いところだ。


天をはばたく主人公サマには、無縁の悩みなんだろうな。


そもそも、そこらの主人公サマなら、今日一日で王女を自分に惚れさせて、キスの一つもしてローマの休日的な終わりを迎えたのだろうが、現にそうなっていない。


「主人公、か…」


ふと俺は、俺が知る限り、もっともその言葉が相応しい、この世界でただ一人の友人の事を思い出した。


「今頃あいつは、どこで何をしてるんだろうな…」


あの日、その友人と別々の道を歩き出したときのことを、俺は今も、昨日のことのように覚えている。


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