エージェントのリーは、暖炉の前でたまごと静かに佇むことになる
私は某国のエージェントをしていたリーだ。いわゆるスパイの中でも、武力行使を伴う活動を中心に動いていた。
武力を伴うといっても殴る蹴るの類いだけではない。破壊工作や要人誘拐などの実働部隊が私の所属する組織だった。
私の紹介が過去形になるのは、作戦に失敗して死んだ事になっているからだ。
ターゲットは金星人の社長が営むビール会社の女秘書だった。
以前勤めていた会社から逆ハニー・トラップを仕掛けてまで引き抜かれた優秀な人材のようだ。
コード・ネームは「ジーコ」。サッカーの神様の一人の名前を付けるとは、深いものだ。
この女……隙がない。絶えず周りを気にしているせいで不用意に近づくと面が割れる。
町中での行動は危険がありそうだ。我々が機会を待つ間に、不要となった前の会社を潰す徹底ぶり。使える人材を確保するマッチポンプな手腕も冴えている。
上は報告を無視し、強硬手段に出る。ジーコが雪山の山荘に黒いコスモスと呼ばれる部下と、二人きりで出かけるらしい情報を掴んだのだ。
山荘にはたまごの護衛がいるが、問題ないと判断したようだな。
襲撃は失敗に終わった。実行部隊が侵入路を探す間に、山荘が爆発したからだ。計算されたかのように、爆発に誘導されて雪崩が起きた。
幸い私は部隊から離れて、お地蔵さまの近くにいたため無事だった。しばらくこの辺りは立入禁止となるはずだ。
────私は埋もれた雪の中から這いずり出て、山荘の方へ向かう。既に真っ暗だったが、三日月の明かりを頼りにゆっくり進む。
山荘は雪崩で建物が完全に倒壊していた。ただ残された暖炉の前で、静かに佇むたまごの姿がやけに美しく感じた。
私は何も言うことが出来ずに、小さな炎をあげる暖炉の前に立つ。
たまごは無言で、私にたまご酒を振る舞う。
────あたたかい。空腹と寒さに、染みるようなたまご酒。
人の温かさに触れるのは、エージェントに加わる前────五年以上前か。
作戦に失敗した私は、もうあの頃には戻れない。最後にたまごに会えて良かった。
私は某国の誇りを胸に、人らしく己の生命を絶とうとした────その時だ。
たまごがスッと差し出したのは一本の串。
暖炉の炎に焼かれ少し焦げ臭い。しかし串先の白い雪のような食べ物は、丸くフワフワ。甘く柔らかく蕩ける美味さ。
そうか、祖国はもう私を必要としていないのだな────
────こうして私は老舗の三日月堂で、マシュマロを使った和菓子を作る見習いになった。
お読みいただき、ありがとうございました。この物語は、なろうラジオ大賞5の投稿作品となります。
焚き火の前で静かに佇むダンディな人間像を書こうとして誕生した作品です。
ただそれだけの作品を創るセンスが足りず、読むイメージした時につまらなくなりそうなので、最後の場面は変えました。
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