もう一度、俺と結婚をやりなおさせてくれないか?
数年前妻が亡くなった…。
途方もない失望感と、虚しい日々…。
部屋に引きこもり俺は何をするでもなく、煙草を燻らせ酒を煽る。
思えば苦労ばかりで俺はろくな旦那じゃなかった。
なのに甲斐甲斐しく俺に尽くしてくれて、本当に申しわけない。
何度泣かした事か、沢山傷つけた。
最後は病気なのにも俺は気づかずお前が苦しんでることも知らずに、気づいたら余命わずかであっけなく死んだ。
俺は…お前を不幸にしただけじゃないのか?
後悔しかない、俺なんかのせいで…。
俺は煙草が切れたので、だるい体を動かしながら煙草を買いに行く。
その道中から記憶がない、突然俺は真っ白な世界に来た。遠くにトンネルが見えた。
「理由がわからん、なんだこれは?くぐれってか」
俺はトンネルをくぐる、だんだんと明るくなりトンネルを抜けるとそこは…
「は?」
はるか遠い記憶の懐かしい町並み…、まだ開発も大して進んでないボロい町。
「なんだこれは…」
振り返るとトンネルも消えていて、当てもなくフラフラ歩き始めた。
確か、この先に家があったはずだ…。
妻の待つ家が…。
俺は建付けの悪い引き戸をガラガラッと開けた。
「お帰りなさい」
そこには、まだ若く美しい妻が夕飯を作っていた。
「あなた?」
玄関に立ち尽くす俺を不思議そうに見ている、夢だろうか?一体なんだこれは…。
「どうしたの?」
心配そうに俺に駆け寄る妻を抱きしめた。
「牡丹!」
「え?」
妻はキョトンとしている。懐かしい、匂いも温もりもこの顔も…。忘れかけていた。
「…何かあった?」
「何でも無い…腹減ったな」
「そう、今日は…って、あーっ!」
妻はバタバタと台所に戻り拭きこぼしそうな鍋の火を止めた。
「セーフ」
ホッとして微笑みかけるその姿が愛しい。
俺は久しぶりに妻の飯を食べて、妻とたくさん話をした。
「今日の朔ノ丞さんは、何だか優しいね」
と寝る前に言われた、そうだったな。
俺はいつもぶっきらぼうで、こんなに構ってあげることもなかったな。
「おやすみなさい」
「おやすみ…」
目が覚めたら戻っているのだろうか…きっとこれは夢だな。
こんな幸せな夢…俺には勿体ない。
次の日…起きたらそれは夢では無かった。
なんの因果か俺は過去に戻っているらしい。
「朔さん、お仕事遅れますよ?」
妻が甲斐甲斐しく俺の世話を焼く、朝の支度を手伝い飯を用意し見送りまで…懐かしい。
「気をつけて〜」
「あぁ」
俺は仕事に向かう…仕事は大工だ。
現場を引退して長いが…覚えているだろうか。
現場につくと案外体が覚えているもので段々と感を取り戻していたし、若く体力のある体のお陰でサクサク仕事が進んだ。
そうして休憩になり嫁の弁当を見て懐かしくて感動していた時だった。
「朔ちゃん、今日飲みに行くだろ?」
「え?」
確かこいつはクソ野郎じゃねぇか。
俺から金借りて踏み倒した野郎だ、お陰で牡丹には苦労させちまった。
「わりぃな、止めとく」
「えぇ?何でよ」
「最近体の調子が悪くてな、年には敵わねぇや」
「まだ若いのに何言ってんだよ」
「ははは、まっしばらくは控えるよ。仕事ができなくなると困るしな」
「そうかい」
「あぁ」
するとソイツは他の奴を誘い始めた。
カモを探してるんだろうなぁ、おっかない奴だ。
俺は仕事が終わると真っ直ぐ家に帰る。
「お帰りなさい、早かったわね」
と牡丹が嬉しそうに迎えてくれた。
「寄り道しねぇで帰ってきたよ」
「あら珍しい」
「…いいだろ別に」
「ごめんね?」
と可愛らしく笑う牡丹…、俺の嫁は今思えば本当に可愛くて出来た嫁だ。
なのに、俺は何を甘えていたのか…大事にするぞ、今度こそ泣かさないように。
「牡丹」
「なぁに?」
「肩…揉んでやる」
「えぇ?!どうしたの?良いのよ、仕事で疲れてるでしょ?ゆっくりしてて」
「俺がやりてぇんだよ、黙ってろ」
「黙ってろって…もう…。それじゃ…少しだけ」
と遠慮がちに髪の毛を前に流した牡丹、綺麗な細いうなじが現れる。
(…煩悩よ去れ!)
と己を律して肩を揉んでいく。思ったより凝っているなぁ、若い時から大変だったんだな。
「ふぅ…だいぶ楽になりました」
「そうか、ほ、他にはあるか?」
「…何だか手付きがおかしいので次にお願いします」
と、俺の煩悩を察したのか顔を赤くして離れていく。
「なっ!俺は別に…というか夫婦だろうが!」
「夫婦ですけど!…もう少し、雰囲気とかあるでしょう?」
と、恥ずかしそうにしている。
確かに俺は雰囲気とか考えずにしていたなぁ…すまん。いつも酔って帰ってきた時だとか、俺が勝手にムラッと来た時にだったからなぁ…。
しかし…この恥ずかしげな姿が俺は昔から可愛くて可愛くて好きだったのだ。
だが駄目だ、牡丹のためだ!無理強いは駄目だ!
「悪かった…次はもう少し…上手くやる」
「え…はい」
牡丹は珍しいものを見る目でキョトンとしている。
止めろ、そんな可愛い目で俺を見るな。
俺は気を紛らわせるため煙草を吸っていた。
すると牡丹が俺の背後にチョコンともたれ掛かり
「あの、嫌とか嫌いじゃないんですよ?恥ずかしかっただけなんです、お風呂もまだだったし、お夕飯の片付けもあったし、まだ少し早い時間かなっと思ったりして…」
「…お前、わざとか?」
「え?やっぱり、怒ってます?ごめんなさ…」
「違う…その、なんだ…。だから…一々気にするな。俺はお前が雰囲気とか言うから我慢したんだ。怒っちゃいないが…俺なりに雰囲気をどうするか考えていたのに…お前がそんな事言うと調子が狂う」
「考えてくれてたんですか?」
「あぁ…」
「私のために?」
「あぁ!」
「あの、朔さんが?」
「そうだよ!文句かよ!一々うるせぇ嫁だな!」
ヤバいっ!恥ずかしさでつい!暴言がっ!
「嬉しい…」
「ッグ!(可愛い!)」
「ごめんなさい、しつこくして。嬉しくて」
牡丹は、本当に嬉しそうに笑って
「あの、お風呂入ってくるので…用意して待ってますね?」
と、照れ臭そうに笑ってそそくさと居なくなった。
「バッカ野郎…」
どうすんだよ煽りやがって、俺ぁもう知らねぇからな!!
次の日、嫁の温もりがこんなに愛しいのかと涙が滲む。俺は本当は心底お前が好きだったのに、何で大事にしなかったのか…。
「あぁっ!早く起きなきゃ…大変!」
と、俺がまどろんでいる中牡丹は起き出したが、その細い腰を掴んで離さなかった。
「いいじゃねぇか…」
「けど、お弁当とか朝の準備とか」
「一緒にやるから、ホラもう少し居ろ」
「いいんですか?」
「雰囲気あるだろ?」
「もう!」
と2人でクスクス笑う、本当に幸せだ。
どうか覚めないでこのまま過ごさせてくれ。
それから俺は毎日、真面目に働いて真っ直ぐ帰り妻のために色んなことをした。
牡丹がいつも幸せそうで嬉しくてたまらない。
そうして、待望の子供を授かる。
「朔さん、そんな心配しなくても大丈夫ですよ?」
「何言ってんだよ、そんな腹で何言ってる。足元だって危ないだろ」
「はいはい、ありがとうございます」
前の人生では牡丹が長男を妊娠中に無理をして早産しそうになった事があったから、俺はとても慎重になっていた。
当時の俺は本当に阿呆で子供なんか簡単に産まれると思っていたがそうじゃなかった。
牡丹の体調を気遣わず飲み歩いたり、朝帰りしたり…本当にろくでも無い旦那だった。
牡丹は俺が飲みに出ている間に病院に運ばれて緊急入院する羽目になってしまい、俺がそれに気づいたのは次の日の朝で牡丹は不安そうにしていて俺は心底決まりが悪かった。
だから同じ轍は踏まない、必ず長男と牡丹を守る!
安静にさせて無理させず病院も送り迎えをして、診察も確り付き添うぞ。
そうすりゃ牡丹の体に何かあれば直ぐに気づける。
「すいません、親方。嫁が来週の月曜に病院なんで午後から休みもらっていいですか?」
「おう、良いぞ。そろそろ産まれるか?」
「もう臨月です」
「そうか、しかし若いのに偉いなぁ。俺なんか嫁の出産の時なんか酔っ払って病院に行ったもんだから物凄い怒られてなぁ…」
「ハハハ、そりゃ…大変ですね」
「今じゃ尻に敷かれてらぁ、ハハハ!くそガキだったお前も親父になるのか!産まれたら顔見せに連れてこいよ」
「はい、連れて行きます」
親方は昔から世話になっていて頭が上らない、器のでかい人だ。
俺は現場の仲間にも来週の月曜の午後に休みをもらうことを告げると
「あぁ?お前が産むわけでもねぇのに、毎回嫁の病院で休みやがって…ったくよぉ」
と、先輩に言われてイラッとしたが抑える。
「俺の嫁はその点文句も言わねぇよ、お前嫁を甘やかし過ぎるんじゃねぇか?」
俺はその瞬間、プチッと軽くキレた。
「嫁を大事にして何が悪いんだよ」
「はぁ?」
「俺の嫁は出来た女だよ、自分の女を大事にできてねぇ事をわざわざ自慢しないで下さい」
「お前もういっぺん…!」
親方がはい!ストーップ!と慌てて止めに入る。
「喧嘩はよせ、朔は嫁が早産しねぇか心配なんだよ。牡丹ちゃんは無理するところあるからな。家族の心配するのは当然だろ?朔はちゃんと仕事もしてる、お前が文句垂れる筋合いはねぇ、黙ってろ」
「…すいやせん」
先輩は、気まずそうに親方に謝る。俺も
「先輩、…生意気な口きいてすいません」
と謝った、一応先輩だしな。仕事やりにくくなっても困るし。
「俺も悪かったな…」
昔の俺なら間髪入れず殴っていたが俺も成長した。
喧嘩ばかりしてよく転職していた時は牡丹に苦労かけたからな。
そういう事はもうしない。
それから暫くして、無事に長男が生まれた。
名前は繊之丞と、前と同じ名前をつけた。
「おい、繊坊。お父ちゃんだぞ〜」
久しぶりに見る小さい息子が可愛い。
将来あんなに憎たらしくなるなんて信じられない程の可愛さだ、赤子とは恐ろしい。
「朔さん、色々ありがとう」
「何言ってんだ、お前の方が大変だったろ。ありがとうな」
と頭を撫でると、牡丹はポロポロ泣き出した。
「泣くなって、どうした?」
「嬉しくて…私、頑張って良かった。こらからの方が大変だろうけど…朔さんと一緒なら頑張れる」
「頑張ろうな」
「うん」
牡丹の嬉し泣きに釣られて泣きそうになるが何とか堪えた。
そうしてあっと言う間に月日が経ち、子供も3人になりスクスクと成長していく。
俺は家族の為にと、形振り構わず働き続けた。
前は飲み歩いてばかりで苦労かけた、借金を作ってしまって迷惑もかけた、だから金には苦労させたくないと俺は朝も早くから出て遅くに帰るようになった。
接待や残業、後輩のフォロー。朝は早朝から現場に出て指導も任されるようになった。
真剣に仕事に打ち込めば打ち込むほど家族との時間は減ったが生活は前に比べてだいぶ裕福になった。
「ただいま」
「お帰りなさい。お夕飯は?」
「食べてきた、遅くまで起きてなくてもいいぞ?」
「少しでもお話したくて…」
「悪いな、いつも忙しくて」
「いいえ、家族のために働いてるんですから。いつもありがとう」
「どうって事ねぇよ」
「あのね…忙しいのは分かってるんだけど、その…」
「ん?」
「日曜日にね、運動会があるの。見に来てくれない?子供たちも楽しみにしてるから…」
「あぁ〜…、悪いが仕事が…」
「いいの!聞いてみただけだから、お風呂沸かしてるから入ってて!着替え持ってくるから!」
と悲しそうな牡丹の顔にハッとした…。
馬鹿か俺は!仕事に忙しくて目的を忘れてどうするんだ!あんなに後悔したじゃないか!
「本当に、俺は直ぐに忘れちまう…」
後悔してからじゃ遅いんだ、こんなやり直すチャンス二度とないかもしれないのに。
俺は着替えを持って来た牡丹を見つけると肩を掴んで
「日曜日、運動会行くぞ!」
「え?いいんですか?」
「あぁ、忙しくし過ぎたからな。休みをもらう」
「本当に?」
「本当だ」
「ありがとう!子供たちも喜ぶわ!」
と牡丹は嬉しそうにしている、そうだ、この喜ぶ顔が見たくて俺は頑張ってたんだ。
「お弁当沢山作らなきゃね」
と、牡丹は張り切っている。俺の嫁はやっぱり可愛い。
日曜日、子供たちの運動会を見に行く。前は見に行っても二日酔いだったり仕事で行かなかったりしてたからな。
今回はしっかりと見てやらなきゃな。
「お父さん、1位取るからね!俺足早いんだよ」
と繊之丞、その下の弦之丞は
「兄貴よりも俺のほうが早いよ!」
と負けん気を見せている。一番下のまだ小さい望は牡丹の膝の上に座り煎餅をアムアムしている。
「そうか、楽しみだな。頑張れよ」
「「うん!」」
と、子供たちは嬉しそうに走って自分のクラスに戻っていく。
「来てくれありがとう、本当に喜んでるわ」
「今まで構ってやれなかったからな、仕事がもう少し落ち着いたら旅行にでも行くか」
「本当に?」
「あぁ」
「やった!嬉しいね、望ちゃん」
「うれちぃー」
とニコニコとしている。望は俺の膝に座りギュッと俺に抱きついてくれた。
前の人生じゃ煙たがれてたのに…俺が大事にしてりゃこんなに素直で可愛い子だったんだよな。
望を抱きしめて
「っしゃ、兄貴たちの応援に行こうか」
「はーい」
「牡丹はここで休みながら見てろよ、弁当作りで疲れたろ?写真撮ってくる」
「ありがとう、ここから応援してるわね」
その日の運動会はとても楽しかった、感動したり笑ったり息子の誇らしい顔を何枚も写真に撮っていく。
俺が家族とちゃんと向き合っていたら、こんな幸せな日があったのか…。
本当に前の俺はどうしようもねぇな。
それからは俺は仕事も頑張りつつ、家族との時間も大事にした。
牡丹にも毎年健康診断を受けさせたり、なにか不調があれば直ぐに病院に行くように勧めていた。
いつも大袈裟だと笑うが、前の時は俺の借金のせいで働き詰めになっちまったから病院に行く暇もなくて俺の定年の数年前に死んじまったから心配で仕方がない。
「少しでも調子が悪ければ大袈裟でも良いから病院に行くんだぞ?」
「大丈夫よ、自分の体だもの。少しでも変なら行くようにするから心配しないで」
「気をつけろよ?」
「わかったわ、私は幸せね。こんなに心配する旦那様がいてくれて」
牡丹が微笑む、俺はその頬を撫でて
「もっと幸せにするからな」
と自分に言い聞かせるように言った。すると牡丹は
「私はどんな時でも、朔さんと一緒なら幸せなんですよ?」
と、前の人生と同じことを言った。
仕事も上手くいかず金もなくヤケクソになっていた時、牡丹はそう言って俺を包み込んでくれた。
『大丈夫、私がいるから。どんな時でも朔さんと一緒なら私幸せなんですよ?一緒に頑張りましょう?』
俺は一瞬で泣きそうになり牡丹を抱きしめて誤魔化した。
「朔さん?」
「ちょっと待ってろ」
「…はい」
俺の気持ちを察したのか、優しく俺の背中に手を回してきた。必ず俺が幸せにする。だから俺より先に死なないでくれ。
月日はどんどん過ぎ、子供たちもそれぞれ自立した。
繊ノ丞は無事就職し婚約している女性がいると話をしてくれた。
弦之丞は俺と同じように大工になり今は修行中だ。
望はデザイン関係の仕事の内定が決まり、子供たちもそれぞれの道を進んでいる。
前の俺じゃここまでしてやれなかったなぁ。
本当に頑張って良かった。
牡丹は幸い初期の段階で病気が見つかり、治療中だが経過は良好だ。
医者にも早く見つかって良かったと何度も言われた。
残りの人生、牡丹とゆっくり過ごす事にした。
2人でデートをしたり、旅行に買い物、2人だけの晩酌…。
今までしてやれなかった分全部をしてやりたい。
そして少しでも長く生きてほしい、もう死に顔を見て後悔したくない。
毎日何気ない日々を噛みしめるように過ごす。
やがてとうとう、あの日後悔してトンネルを潜った日と同じ日を迎える。
その日は牡丹の命日だったからよく覚えていた。
「前より長生きだな」
「ん?」
「何でもねぇよ」
「そうですか?」
俺はその日、牡丹の元気そうな姿に安堵していた。
顔色もよく健康的だ。
「ちょっと煙草」
「そろそろ年なんですから…」
「少しだけだって」
こんな小言でも嬉しい。長い年月やり直しができて良かった、あのトンネルが何だったのか…。
今となっては分からないが。
その日俺は夢を見た。
あの日、トンネルをくぐった日だ。
トンネルの向こうは光が差している。
反対に振り返ると、酒を飲み仏壇を眺めている俺がいる。
「前の…俺?」
光差すほうが遠ざかり、前の俺が近づいてくる。
「嫌だ!」
前みたいに後悔するのは嫌だ!
頑張ってやり直したんだ、絶対に戻らない!
ひたすら走り抜け息も苦してたまらない、しかし前に戻るのだけは死んでもごめんだ。
「くっそぉぉ!!」
俺は何とか逃げ切り光を通り抜けた、その瞬間…。
「あなたっ!朔さん!」
「7時36分…御臨終です」
「わぁぁっ!」
牡丹が俺にしがみついて泣いているのを俺が見ている。
「は?」
俺は理由がわからずキョトンとしていると、背後から
「どうも、お迎えにあがりました」
「え?」
「あー、何か混乱してます?無理もないですよね〜亡くなったばかりですし。私一応死神なんですけど、大丈夫ですよ、慣れてますから落ち着くまで待ちますよ」
「…」
待て待て待て、トンネルを潜ったら死んだぞ?
どういう事だ?
俺は死神に一部始終を話した。
「なるほど…時間を遡ったんですね。随分と珍しい体験をされましたねぇ」
「まぁ、そうだな」
「たまーにあるんですよ、何故か過去に行ってしまうという人が。本当レアですけどね」
「俺にその珍しいことが起きて何で死ぬんだ?」
「時を遡るのはあってはならないからです」
「あってはならない…」
「そうです、本来過去には戻れない。どんなに後悔し過ちを改めたくても戻れないからこそ行動を改め、未来に繋げていく。人間はそうして生きてきたでしょう?その理を捻じ曲げてしまう事が起きた」
「…」
「その理を正そうとして再びトンネルが現れた。しかし貴方は過去から逃げおおせた」
「あぁ」
「その先は更に無理に理を正そうとする力が働く。それは死ですね、死をもって遡った時間の精算をさせたのかも知れません。時の神の考えは私には計り知れないですが恐らくはそういった事かなと…」
「…偶然過去に戻れたが、理を正すため死んだと?」
「だいたいそんな感じです」
「そうか、まぁ…やり直しができただけで俺は満足だ。妻を泣かせちまったのは申し訳ないが」
「どんな人にも別れは来ますよ、最後に奥さんの顔を見ていきますか?」
「そうだな」
俺は妻の傍に行き
「おいおい泣くなって、俺はお前が長生きしてくれたらそれで良いんだからよ…じゃあまたな」
と軽く頭を撫でた。
すると、牡丹は驚いた顔で
「今…」
と不思議そうにキョロキョロしている。
俺はそれからあの世へ行ったが転生までにまだ時間があるらしく暇だった。
たまに天の蓮池の隙間から地上を覗いたりしてみると牡丹は沢山の孫や息子や娘家族と過ごしていた。
「楽しくやってるようで何よりだ」
天国はいつでも晴れていて、眠くなる陽気で俺は天国の白い道を散歩しながら気ままに歩き始めた。
※新しくサイドストーリーを追加しました。
夫婦の思い出をポツポツとアレコレ書ければいいなと思っています。
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