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ハイペリオン戦記  作者: 松本 ゆうき
第10章 妖精の国
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第76話 瞬殺無音

 ——囲まれた。


 姿が見えないから、実際に何人いるのかさえ分からないのに、逆に相手からレニの様子ははっきりと見えているはずだ。

 分が悪い。それも、とてもつもなく不利だ。


 それでも戦わなければならない。逃げれば兵士たちが犠牲になる。ここで食い止めるしかない。


 砂の窪みが移動する。どうやらレニの周囲を回るように動いているらしい。そうすることで窪みが増え、さらに敵の位置が分からなくなる。


 ——いよいよ覚悟を決めなければ。


 レニがそう決心しかけたとき、目の前で風が吹いた。

「なかなか危機的な状況ですね」

 アスカ・フジワラであった。

「アスカさん!?」

「ここは任せてください、レニ様」

「しかし……!」

「危ないですから……下がってください」

 アスカがスラヴァーを構えた。

 全身から殺気を放っている。近くにいれば、レニさえ巻き添えを食ってしまいそうだ。


 レニはゆっくりとアスカの間合いの外へ出た。

「こいつらは……」アスカが言う。「ブロデアの秘密機関GOD(ゴッド)の暗殺者たちです。名を亡霊(ガイスト)部隊」

 アスカはレニに説明するように話しているが、構えを解かない。

「彼らは目に見えず、音も出さず、対象に忍び寄って殺す……ブロデアはそんな兵士を部隊として抱えているんです」

「で、ですが……なぜそれをあなたが知っているんですか……?」

「当然じゃないですか……亡霊部隊を作るための技術をブロデアに提供したのはヤーパンです」

 アスカが持つスラヴァーにヴリル光が宿る。彼女のスラヴァーは、通称ヤーパンソードと呼ばれる細身で片刃の剣だ。

 彼女はさっと周囲を見回すと「8人」と呟いた。

 アスカの周囲で頻繁に生まれていた砂の窪みが止んだ。位置取りができたらしい。


「なるほど……」

 アスカは落胆したような声を出した。

「この程度なのか……まったく、がっかりしたよ」

 砂の窪みが深く沈み込んだ。


 ——動く!


 見えない敵が動くために踏み込んでいる。

「アスカさん!」

 レニは叫んだが、彼女には届いていないようだった。


 ——死ぬ気?


 それにしては落ち着いているし、殺気も全身から放っている。


 ——じゃあ、戦うつもり?


 そう考えるのが自然だった。

 それにしては状況が不利すぎる。それでもアスカがやぶれかぶれに戦いを挑んでいこうとしているわけでもなさなそうだ。


「大丈夫ですよ、レニ様……生き残るのは私ですから」

 アスカはそう言うと、

「……こんなものが我が国が教えた瞬殺無音の成果か?」

 厳しい声で見えない敵へ話しかけた。


 窪みから砂が舞う。


 ——攻撃!


「我がヤーパンが教えたのは瞬殺無音の奥義。それをこんな中途半端な形で実戦投入するとは……」

 アスカの周囲にスラヴァーのヴリル光が8つの筋を空中に浮かび上がった。妖精の軌跡のような光が8本同時に煌めき、一切の音を立てなかった。

「本当の瞬殺無音とは、こうやるのだ」

 どさりと音がして、アスカの足元に8つの大きな窪みを作った。

 レニが視線を落とすと、アスカの足元は砂に沈み込まずにまるで砂の上に浮いているようだ。


 アスカはスラヴァーを作動を止め、レニへ振り向いた。

「さあ、レニ様……お逃げください」

「まだ兵たちが逃げていません」

「レニ様、それは間違った考え方です」

 厳しい口調でアスカは言う。

「あなたが逃げないから、他の兵が逃げられないのです」

「私なら平気です! 戦い抜けます!」

「ここにいる兵士は、皆ハイペリオンを守るために戦っています。ハイペリオンは、ブロデアに侵略されつつあるこの世界に対抗できる希望なのです。あなたが死ねば、ブロデアの拡大を許すだけではありません。人々は希望を失うのです。レニ様が本当に命を懸けるのは、ここではありません」


 ダーマト海岸の沖で、爆発音を立てて大きな水柱が上がった。

 アスカは腕時計をちらっと見ると、「うん、時間通り」と頷く。

 続けてもう1本、水柱が上がる。

「あれは……?」

 レニが問うた。

「ヤーパンの潜水艇が、ブロデアの潜水艇を破壊した音です。ヤーパンは島国ですから、海戦能力は世界一だと自負しています。もちろん、潜水艇においても同様です。海戦において、ブロデアにできてヤーパンにできないことなどありません」

 アスカはレニの手を引っ張って、桟橋へと走り出した。

「一度大陸からは撤退しますが、きっとあなたは戦力を整えて戻ってきます。今は悔しいかもしれませんが、堪えてください。今日の敗北は真の敗北ではありません。勝利のための撤退です」

「そう……ですね……」


 二人は小さな漁船へと乗り込んだ。

 船が桟橋を離れていく時、ブロデアの戦闘機がやってきて、海岸の兵士たちへ機銃を掃射している。

 今すぐ助けに行きたい気持ちを堪え、レニは奥歯を噛み締めた。

 ダーマト撤退戦は真の敗北ではない。

 レニは心の中で、その言葉を繰り返し唱えていた。

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