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ハイペリオン戦記  作者: 松本 ゆうき
第10章 妖精の国
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第75話 ダーマト海岸

 海岸に集められた兵たちは、撤退のための船を待っていた。しかし、数十万人の兵を一度に運ぶ術はなく、大型の軍艦はダーマト沖で潜水艦に撃破され、海岸まで辿り着くことが困難になっていた。

 レニもメックから降りたが、そこから進めずにいた。

 断続的に航空機がやってきて、兵士の群れの向かって攻撃を加えてくる。最初は爆弾を投下していたが、砂浜ではあまり効果がないと分かると、機関銃掃射に切り替えた。一度の攻撃ではそこまで被害が出ないが、常に航空機のプロペラの音に怯えなくてはならない。


 皆、震えていた。

 戦いに負け、住んでいる土地から去るのだ。誰もが心に傷を負っていた。

 待つしかなかったが、待っても船が来ない。

 もはやこれまでか、と誰もが絶望しかかったときだった。


 兵士たちがざわめき出した。

 レニが沖へと目を向けると、複数の船が見えた。

 最初はブロデアの軍艦ではないか、と思ったが、サイズも軍艦にしては小さすぎる。

「あれは……漁船だ!」

「あっちは遊覧船じゃないか」

 あちこちから声が上がり始めた。軍属の船ではない、どうやら全て民間の船のようだ。

 しかし、なぜ戦闘地域であるダーマト海岸にやってきたのだろう。

 その疑問はすぐに解決した。


 レニのスーツの通信機からノイズが聞こえてきた。

 スーツの機能で自動でチューニングがされ、徐々にノイズがクリアな音に変わっていく。

『こちらグレートアロンの船舶だ。そこにレニ・ハイペリオンって人はいるかい?』

 野太い男の声がした。

「レニ・ハイペリオンは私です」

『ほう、若いお嬢さんだったかい』

「えっと……あなたは?」

『我々はエッジワース首相の呼びかけに集まりました。なにせダーマト沖はブロデアの潜水艦が潜んでいますからね。ですが民間の船なら襲われる心配はありません』

「そんな……危険です……!」

『危険は承知の上です。誰かがやらねばならんでしょう』

「しかし、ここは戦闘区域です!」

『だからこそです。あなたを無事にグレートアロンまで送り届けにゃならんのです。我々は軍人でも政治家でもないから詳しいことは分からんが、ハイペリオンを絶やしてはならない、ということははっきりと分かります。まあ、狭苦しい船ではありますが、よかったら船旅に付き合ってください』

「……ありがとうございます。ですが、条件があります」

『なんでしょう?』

「ここには私以外にも多くの兵がいます。彼らをまず先に救ってください。私はまだ大丈夫です」

『そんなことでしたらお安い御用です』


 海岸に追い詰められていた兵士たちが、民間の船にどんどん収容されていく。

 ——これでいい。

 今、優先しなければならないのは、戦う気力の尽きた大勢の兵士たちだ。すでに彼らの戦闘能力は皆無で、攻撃に晒されたらひとたまりもない。


 やがて大型の漁船もやってきた。これにメックを載せなければならない。

 次にメックを運ぶことができるだけの大きさのある船がいつくるのか分からないのもあるが、メックを載せた船を沖に出すことで、潜水艦の注意を引きつけられれば、それだけ兵士たちを安全に逃すことができる。


 幸いにも、ブロデアのメックはダーマト海岸に侵攻してくることはなく、成果を出せない航空機ばかりがうるさく飛来するだけだった。


 兵士たちが動いたとき、レニは異変に気が付いた。

 数名の兵士が倒れている。

 死んでいるようだが、それにしてはおかしい。周囲の兵士が仲間の死に気付いていない。

 列の最後尾の兵士が倒れた。

 すぐ前にいる兵士は、後ろで人が倒れたことすら感じていないようだ。


 ——なにかいる!

 レニが携行していたナイフを構え、

「走って!」

 と叫ぶと、周囲の兵士が慌てて走り去っていく。

 兵士たちが動き回る中、レニは砂浜を見ていた。

 誰もいない場所の砂が、二箇所だけ沈み込んだ。

「そこ!」

 レニが踏み込んだ。

 一閃。

 宙から鮮血が噴き出す。

 血飛沫の真下の砂が大きく窪み、じわじわと血が滲んでいった。

 ——倒した?

 手応えはあった。しかし、姿が見えないから相手がどんな状況かも分からない。

 動きがないところを見ると、息の根は止めたのだろう。


 戦闘が終わり、レニが大きく息を吐き出したときだった。

 殺気を感じる。それも複数だ。

 再びナイフを構え直したとき、レニの周囲でいくつもの砂が窪んでいた。

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