第69話 1931年のフォルネ平原
7月15日、ブロデア帝国第一機甲師団所属の20騎のメックが、エルフェン共和国に向かって侵攻を開始した。
指揮官は真紅のメック・ケーニギンを操るカミラ・ローゼンハイムである。
メックの後方には、何台ものトラックが続いている。食料や兵士の運搬だけでなく、道中で補給するヴリル・エネルギーを積んだトラックも多い。
アルベルト・ベルグは、子爵でありながらも全部隊の約3分の1となる7騎を率いることになった。
出撃の前日、ベルグはリアの元を訪れた。
1年前のフォルネの戦いの後、リアはベルグの副官となったが、メックに乗ることはなくなった。
「明日、出撃ですね」
彼女はコーヒーを淹れながら言った。
「ああ、再びフォルネ平原に足を踏み入れる」
「あの戦いだけですね、ブロデアが負けたのは」
フォルネの戦い以降、ブロデア帝国のメックは他国を圧倒し続けた。ハイペリオン相手に惨敗したバストラでさえ、同時代に存在していたメックより性能が上であった。
「しかし、今回は負けないだろう」
第三世代メックが実戦に投入されると、各国との戦力差はさらに開いた。今回の戦闘では、それが20騎も投入される。
「でも、相手はハイペリオンでしょう?」
「いかにハイペリオンと言えど、20騎のメックを相手に無事でいるとは思えない」
「ならば、今回は勝てますね」
コーヒーが差し出される。苦みの強い深煎りのコーヒーだった。
「きっと勝てる。今回は勝たなければならない」
ベルグは懐から指輪を取り出した。
「もし、私が勝って戻ってきたときに、返事を聞かせてほしい」
指輪とベルグを交互に見て戸惑っていたリアであったが、やがて意を決したように指輪を受け取った。
「はい、お待ちしております、アルベルト様」
彼女は笑顔でそう答えた。
翌日、リアへの想いを振り切るように、メック・ゾルダートに乗った。今回の戦いは今までのように楽ではない。戦いに集中する必要がある。
1年前に乗ったゾルダートよりも、関節の動きがスムーズで操りやすい。ダイブしたからこそ、身体的感覚としての動きやすさを感じる。
――これならいける。
ヴリル・ジェネレーターが呻りを上げる。
「アルベルト・ベルグ……ゾルダート、出るぞ!」
1歩を踏み出した。ベルグの身体能力を参考に調整されているから、メックに乗っているという感覚が薄く、まるで体がそのまま巨大になったようにさえ感じる。
ブロデア帝国領を出て、エルフェン共和国の土地を踏む。妨害するものはなく、遭遇したのはメックの大群に怯えて逃げる民間人の小さな背中だけだった。
フォルネ平原で軍を停止させ、後方部隊が昼食を作り始める。
同時にカミラは斥候部隊を周囲に配置し、敵の動きを探ろうとしていた。
敵が見えない、というのは、案外気が休まらない。敵が見えていれば気を張っていられるし、敵を撃退したのであれば、多少安心もできる。だが、どこかに潜んでいるかもしれない敵に注意を払わなければならないのは、精神的に大きな負担となる。
昼食は、牛肉の煮込み料理であった。よく煮込まれていたため、移動中に調理していたのだろう。付け合わせのロートクラウトも味がいい。
ここから先は、ちゃんとした食事もしばらくは味わえないかもしれない。戦闘が始まれば呑気に調理もしていられない。そうなれば、当分は缶詰に頼る羽目になる。
斥候部隊の一部が戻らなかったことで、昼食は早めに食べ終わり、出撃することになった。
『近くに敵部隊がいる』
20騎のメックが再び稼働した時、カミラの声がした。
『ヴリル・ジェネレーターの駆動音がないことから、歩兵部隊の可能性が高いが、どこかにメックが潜んでいることも考えられるから気を抜くな』
彼女が示したのは、前方の森の中であった。
しばらく進んだ時、森の中から多数の鳥が飛び立っていくのが見えた。
同時に、メックのセンサーもヴリル・エネルギーの反応を捉える。
「5キロ前方、ヴリル反応確認……」
ジェネレーターの波形パターンを照合する。
「波形パターン、クイーン・ハイペリオンです!」
『ローゼンハイムから各騎へ。標的を確認した。これより作戦行動に移る。ベルグ隊は左翼から、ラントシュタイナー隊は右翼から回り込め。いいか、やつは強い。功を焦って戦おうとするな。我らの目的は戦争に勝つことである』
カミラの号令の下、ベルグは7騎を率いて移動を開始した。
その時ふと、右翼を担当するラントシュタイナーのことを考えた。
出撃前に軽く挨拶を交わした程度であり、ベルグ自身もあまり詳しくは知らない。だが、作戦が終われば話す機会もあるだろう。とにかく今は作戦に集中しなければならない。
クイーン・ハイペリオンは、動かずに立ち尽くしているように見えた。




