第63話 同盟
7月10日、アレクサンドラ・ロマノヴァはブロデア帝国総統官邸を訪れる前に、第一機甲師団本部へ立ち寄った。
他国の車両が侵入してきたこともあり周囲は騒然とし、武器に手をかける者もいた。
アレクサンドラは戦闘になったときのことを考え、周りの敵になるであろうデュナミスの人数を数えた。40人はいるだろうか。こちらはアレクサンドラと運転手、従者が1人の3人だ。
――戦うとしたら、私1人でなんとかなるだろう。
数の上では圧倒的劣勢であるが、アレクサンドラには自信があった。
しかし、今日は戦いに来たのではない。
今にも戦闘が始まりそうな張り詰めた空気であったが、カミラ・ローゼンハイムが現れたことですぐに変化が現れる。
「武器を収めよ。彼女は客人だ」
カミラのその一言で、兵たちはすっと落ち着きを取り戻した。
車から降り、アレクサンドラ一人が屋内に通された。
「すまないな、アレクサンドラ」
応接室へ入り、二人きりになった途端、カミラは言った。
「うちの兵士たちが失礼をした」
「いや、よく訓練されているじゃないか。兵士はああでなくてはならない」
兵士は本来、戦うための存在である。敵かもしれない者を見て戦闘態勢に移るのは正しい。
「しかし、私なら10……いや、8分以内に全滅させられるがな」
「恐ろしさも相変わらずだ」
紅茶が運ばれてくる。
アレクサンドラはビールかウイスキーの方がよかったが、プライベートで来ているわけではないので我慢した。
「さて、それでは本題に入ろうか」
カミラの表情が変わる。和やかな雰囲気から一転、戦士の顔になる。
「そうだな。わざわざ紅茶を飲みにブロデアまで来たのではない」
「ヤーパン、ですね?」
「話が早くて助かる」
彼女がカミラに会いに来たのは、ヤーパンからの使者がブロデアを訪ねたからだ。
ヤーパンの動向は、ロマノヴァ連邦の今後を左右しかねない。かつてヤーパンとロマノヴァは戦った。当時世界最強の艦隊はヤーパン海軍に敗れたものの、ロマノヴァにはまだまだ戦えるだけの人員も物資もあった。ただ、革命が起こり始めたため、国内が戦争どころではなく、早期に講和条約を締結した。
ロマノヴァは、ヤーパンとの戦争に負けたとは思っておらず、ヤーパン側も大国相手に勝利したと国際社会にアピールしていた。
隙あらば、ヤーパンは再び戦争を仕掛けてくるに違いない。
今度は戦力を分散させるため、同盟国を作って東西から挟み込むだろう。その候補の一つがブロデア帝国だ。ブロデアはメック開発も進んでおり、大陸での支配領域を拡大している。
ブロデアの出方が今度の世界を変えてしまう。
「先日、ヤーパンの使者がブロデアに来たようだな」
「ええ、来ましたよ。大学時代の知り合いでして、久々に会いに来てくれたのですよ」
カミラは表情を変えない。
「それだけではないだろう?」
「もちろん。ヤーパンも我々の動向を気にしていましたよ」
「だろうな。彼らはまだ戦争をしたがっている」
「それはあなたがたもでしょう、アレクサンドラ」
「我々は戦争に負けてなどいない。前皇帝が無能であったから、不必要な権利をヤーパン人どもに渡したに過ぎないのだ。我が国の艦隊も、長旅によって消耗していたのだ」
次に戦争が起こった時は徹底的に戦い、ヤーパン人を大陸から海の向こうへ追い返さなければならない。これはアレクサンドラに限らず、ロマノヴァ連邦の多くの軍人が考えていることである。
「大方、ブロデアと同盟を組み、ロマノヴァの牽制しよう、とでも吹き込まれたかな?」
「いいや、ミックスベリーのケーキを平らげていきましたよ」
「そんなはずはないだろう」
「ヤーパンの関心はエルフェン共和国……いや、ハイペリオンに向いているのです」
1年前、突然姿を現したと言われているハイペリオンの血族の話は知っていたが、ここ半年ほどは表舞台に現れていないから、てっきり安全な土地に移ったとばかり思っていた。
「では、それを確かめるために、ヤーパンは使者を送ったと?」
「もちろん、我がブロデアの状況を調べる目的もあったでしょうが、それ以上に重要なのはハイペリオンです。ハイペリオンと戦うなら、ブロデアはロマノヴァとの戦闘を避けねばなりません」
「……ハイペリオンという背後の驚異がなくなれば、ロマノヴァの一戦交えると?」
「それを決めるのは総統です。私は命令があれば持てる限りの力でベストを尽くすだけですから」
ハイペリオンのことを話すカミラの表情は、どこか苦しそうであった。
フォルネの戦いでカミラは撃破されたらしい、という話を聞いたことがあるが、どうやら単なる噂ではなかったらしい。その敗北の経験は、カミラの中に確かなトラウマを植え付けているようである。
「カミラ、あなたとしてはハイペリオンとの決着を付けたいのだろう? いずれにしても、エルフェン共和国は放っておくわけにもいかないだろう」
「そうですね、いつになるかは分かりませんが、エルフェンもハイペリオンもこのままにしておけませんからね」
「そのためにどちらと手を組むか……」
「そう、それが問題なのです」
「ならば、両方と手を組んだらいい」
この提案に、カミラは目を丸くした。
「りょ、両方……ですか?」
「ヤーパンと同盟を組み、我々とも不可侵条約を結べばいいではないか。そうすれば、ブロデアはハイペリオンとも戦え、ロマノヴァはヤーパンとの戦いに備えることができる」
「そんなことが可能なのですか?」
「不可侵条約は秘密裏に結べばいい。そうすれば、三国のいずれも損はしない。ヴェルマー総統にもそう提案しよう」
心なしか、カミラはほっとした様子で紅茶に口を付けた。
アレクサンドラもテーブルの蜂蜜をスプーンですくうと、口の中に入れて紅茶を飲んだ。
確かに提案はしよう。しかし、それを守るかどうかは別である。秘密裏の条約など、いつ破棄したって構わないと判断したのなら、単なる時間稼ぎにしかならない。
先に引き金を引くのはどちらか、それはアレクサンドラにも分からなかった。




