第62話 アレクサンドラ・ロマノヴァ
大陸の北方には、ロマノヴァ連邦という大国がある。元々は広大な寒冷地であったが、人々は長い年月をかけて自然を開拓し、今では世界でもっとも大きな国家を作り上げた。
1597年、皇帝の崩御した。子がおらず、後継者も指名していなかったことがら、国は動乱の時代を迎えた。
1601年から1603年にかけて大飢饉に見舞われたことで、人口の三分の一に相当する200万人が死んだ。
無政府状態だったために各地で内乱が起こり、民衆の不満を利用して貴族たちも蜂起していった。「先帝の正当後継者」を名乗る者が何人も現れたが、やがて彼らも別の自称後継者によってその座を奪われていった。
大動乱時代を経て、ロマノヴァ家が皇帝に選ばれ、幾度も戦争を重ねた末、1721年にロマノヴァ帝国が成立した。
この帝国はおよそ300年もの間、吹雪の吹き荒れるロマノヴァの地を治めていた。
栄華を極めたロマノヴァ王朝であったが、1つの出来事がすべてを変えた。
1905年、首都で行われた労働者のデモ隊が皇宮に向かっていた。
ちょうどこの頃、ロマノヴァ帝国はヤーパンとの戦争をしている最中で、労働者は戦争の中止や権利の保障を訴えていた。搾取と貧困に喘ぐ国民のごく当然な要求であった。それでも労働者は皇帝を崇拝しており、皇帝に直訴することで現状が変えられる、と信じての行動であった。
だが、皇帝はデモ隊に対して発砲した。元々デモ隊を中心街に入れないはずだったが、参加者は六万人にまで膨れ上がっていた。その勢いに、皇宮まで侵入されてしまうと恐怖を感じた皇帝は、デモの鎮圧のために「発砲せよ」と命じたという。
この事件によって皇帝への信仰は失われ、やがては革命を引き起こした。
このときの革命の指導者がアレクサンドラ・ロマノヴァという女性であった。ロマノヴァ家の血を継いでいながらも皇帝の玉座に就けなかった一族が300年かけて生み出したデュナミスである。
反逆の恐れあり、としてかつて極寒の地へ送られた一族は、皇帝一族の繁栄とは裏腹に非常に貧しい暮らしを強いられてきた。そんな300年の恨みが、時を越えてアレクサンドラという結晶となった。
アレクサンドラのデュナミス能力の高さは一族でも強く、歴史的に見ても最強と呼ぶにふさわしく、デュナミス数百人を相手に傷一つ負わなかったと言われている。
また、アレクサンドラは強さだけでなく、美しさも兼ね備えていた。
ロマノヴァの地に降り積もる雪のように白い肌と、輝きを放っているような金の髪を持ち、切れ長の目にはサファイアのように鮮やかな瞳がある。
14歳でロマノヴァ連邦の指導者となり、28歳となった今では女性としての魅力と指導者としての威厳を兼ね備えている。
だが、周囲の者が美しい彼女に抱く感情は、崇拝ではなく恐怖だった。
彼女がロマノヴァ連邦の指導者に就いてから国で吹き荒れたのはブリザードではなく、粛清の嵐であった。
革命が成功してからも、旧帝国軍は各地を転々としながらも必死の抵抗を続けていた。そんな旧帝国軍はもちろん、密かに軍を手助けしたり匿ったりした民衆も容赦なく処刑した。
そんな粛清の結果、旧帝国軍は完全に崩壊、数百の村が消滅し、同時にアレクサンドラに抵抗する者はいなくなった。
1931年、アレクサンドラは車に揺られ、ブロデア帝国へ向かっていた。
窓の外には建設中の軍事基地がいくつか見える。それらは大粛清の際に滅ぼした村の跡地に建てられている。
いずれ戦争になる。それも、先の大戦の比ではないほどの大きな戦争だ。それを見据えて建設しておかねばらないのだ。
ロマノヴァ連邦の土地は広い。それゆえに問題もある。東のヤーパンと西のブロデア帝国と同時に戦争をした場合、戦力を東西で分けねばならない。土地が広すぎるがゆえに、東西で兵員を移動させるのに何日もかかってしまう。
ブロデアとヤーパンの思惑を知っておく必要がある。どちらと戦争をして、どちらと戦争をしないのか。
ハイペリオンの存在も気になる。突如現れた失われた王家ハイペリオンの遺児が生きていて、メックに乗り込みカミラ・ローゼンハイムを撃破したという。
ブロデア帝国とヤーパンの動向であればある程度予想はできるが、ハイペリオンの一族が関わっているとなれば、大陸の戦況はまったく読めなくなる。
専門家に言わせれば、ハイペリオンは最強のデュナミスの一族であり、もっとも警戒しなければならないらしい。アレクサンドラに「ハイペリオンに逆らわないように」と強く警告してきた専門家も僻地へ飛ばされ、今頃は凍てついた大地で慣れない土木作業に従事していることだろう。
まずはカミラ・ローゼンハイムとの会話、そしてクラウス・ヴェルマーとの会談を進めなければならない。
特にカミラは、ハイペリオンと剣を交えた経験がある。
ハイペリオンを正しく恐れるために、アレクサンドラはブロデア帝国に赴かねばならなかった。




