第60話 逃亡
男たちは車に乗り込むと、急いでその場を立ち去った。
情報を手に入れるために変装し、レニ・ハイペリオンがいると言われている場所へと侵入する。それが彼らに与えられた任務だった。当初の計画では何度か通わなければならないと思われていたが、最初の潜入で必要な情報を入手することができた。
ハイペリオンのメックは修復中であり、ヴリルも満足に補給ができておらず、まともに戦闘できるような状態ではない。この情報をブロデア本国へ伝えることができたら、すぐにでも部隊を組織し、エルフェン侵攻が始まるだろう。
トラックの荷台には通信機が積まれており、すぐにでも情報を伝えたかったが、どういうわけか電波状況が悪く通信ができなかった。場所のせいなのか、それとも電波妨害でも受けたのだろうか。
いずれにしても、長居は無用だ。速やかに通信可能な場所へと移動しなくてはならない。
幸い、立ち去る際にも怪しまれた様子はなかったが、直前にレニ・ハイペリオンに見られたような気がする。
車がガタガタと揺れる。
「これでようやく帰れますね」
助手席の男が安堵する。
彼の年齢は20歳を超えたばかりの若者だ。
「警戒はしておけよ。まだ敵地にいるんだ」
ハンドルを握っているのは、30代後半の中年の男だった。
年齢こそ違うが、爵位はどちらも男爵である。デュナミスになって一代目のため軍での立場も低く、サイコダイブを持っていないためにメックにも乗ることができない。それゆえに、敵地へ潜入するという危険な任務に就いている。
もし、この作戦が成功したなら評価もされ、家名も少しは知れ渡るだろう。
それもこれも、無事に帰れればの話だが。
そのとき、目の前の道に人影が飛び出してきた。
いや、後方からトラックの上を飛び越えてきた。
影は腰部に手を伸ばすと、細長い棒状の物を取り出す。
「逃げろ!」
中年のデュナミスは叫ぶと、本能的に座席のスラヴァーを引き抜いてドアから飛び出した。
トラックから離れながら人影を見ると、レニ・ハイペリオンと一緒にいたヤーパンの女だった。
彼女は手にした細身のスラヴァーに粒子をまとわせると上段に構えると、一振りでトラックを真っ二つに斬り裂いた。
一瞬視線を逸らし、相棒の様子を見る。どうやら彼も無事に脱出し、戦闘態勢に入ったようだ。
敵の実力は分からないが、2対1なら勝てるチャンスはあるだろう。2人とも、サイコダイブを持っていない代わりに身体能力は高く、複数の剣技も習得している。メックが活躍する戦場では活躍できないが、対人戦なら自信がある。
男たちは手に持ったスラヴァーを起動させる。
荷台の通信機も破壊されて、おそらく使い物にならない。ならば、どちらかが生きて祖国に帰らなくてはならない。
――若い者を犠牲にするわけにはいかない。
中年のデュナミスは駆け出した。相棒も一瞬遅れて走り出す。
初撃で倒せればそれで良し。仮に仕留められなかったとしても、相棒が追撃してくれる。相手はトラックを両断した動作を終えていない。上段から思い切り振り下ろしたために、即座に次の動きに移れないのだ。
――迂闊過ぎだ。
敵にはスラヴァーを構え直し、向かってくるデュナミスとの位置関係を確認し、どう対処するかを一瞬で考えなくてはならない。
一方、彼らは戦うプランが決まっており、すでに攻撃態勢に移行している。二人は事前に連携して戦うことを訓練しており、今回のように相棒を犠牲にする場合の戦い方も体に染み込ませてきた。
刹那、女の姿が歪む。輪郭がぼんやりとしたかと思うと、次の瞬間には女は10人いた。
――分身の術というやつか。
東方の国には、サムライやニンジャという不思議な能力を持った人種がいるらしい。サムライの技は大陸にも伝わり、デュナミスの剣技の向上に役に立ったのだが、ニンジャという存在は未だ謎に包まれている。そのニンジャの術の一つに分身の術というものがあるらしい。
――ただの目くらましではないか。
女の姿が歪んだところから察するに、9体は幻だろう。本体だけを倒せばいい。
メックに乗れないデュナミスであろうと、こんな術に騙されるほど無能ではない。
彼はスラヴァーを振った。一撃の速度を可能な限り高めた捨て身の烈風剣であった。剣にスピードが乗って疾走する。
次に感じるのは、スラヴァーで切り裂く肉の感触か、相手がスラヴァーで防御してスパークによって弾かれる衝撃か、避けられて空振りする、そのどれかの感覚であろうと思っていた。
どれでもなかった。
体の5ヶ所に激痛が走る。
5体の分身が持っているスラヴァーの斬撃を受けたのだ。
――まさか実体を持った分身!?
結論に至ったときには遅かった。両手両足に深い傷を負い、武器を振るうことも走って逃げることもできない。さらに袈裟斬りも受けていた。致命的だ。
彼は膝から崩れ落ちた。もはやスラヴァーも手から離れ、視界も定まらない。
願うような思いで、彼は相棒を見た。相棒さえ無事ならそれでいい。
だが、願いは儚く敗れる。相棒も同等に斬撃を受け、地面に倒れていた。
もはや祖国へ帰ることができないと分かったとき、緊張の糸が切れたように倒れる。
「お前、何者だ……」
「ヤーパンのデュナミス……アスカ・フジワラよ」
女は胸を張って言う。
「今のは多重実体攻撃よ。覚えておきなさい」
「覚えたところで……」
「地獄に行ったときに他の亡者相手に自慢話にでもするのね」
彼は言い返そうとしたが声が出ず、悔しさを抱きながら意識を失っていった。




