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ハイペリオン戦記  作者: 松本 ゆうき
第8章 東方からの使者
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第58話 国の思惑

 レニ・ハイペリオンの写真などは一般には出回っておらず、それゆえに実際はどんな容姿をしているのかは知られていない。

 だから、目の前の少女が誰なのか、一瞬分からなかった。

 黒い髪と17歳前後の少女という、事前に聞いていた条件に、少女はぴたりと当てはまる。

 なにより、彼女自身が言った。

「あ、あなたが……レニ様……?」

 その容姿は、可憐という一言ではとても言い表せないほど美しい。白磁を思わせるような白くきめ細かい肌に整った顔立ちは、まるで絵物語に描かれた妖精のようであった。

「そうです、アスカ・フジワラさん。ようこそエルフェンへ」

 ここは街のカフェだ。命を狙われる危険すらある人物が来るのは、いくらなんでも不用心ではないだろうか。

 レニはあまり気にしていないようで、

「もうすぐコーヒーも来ますから、食べながらお話しましょう」

 と言ってフォークとナイフを手渡してきた。

「危険じゃないんですか……? ここだとさすがに……」

「いいえ、何も心配はいりません。周囲は仲間が警戒してますし、仮に襲撃されたとしてもここなら十分に避ける場所があります」

「だからと言って……」

「それに、美味しいパイも食べられますから」


 コーヒーが運ばれ、パイを食べることになった。

 ブルーベリーのパイを食べてみたが、目の前にレニ・ハイペリオンがいることもあって、緊張から味がよく分からなくなっている。

 一方、レニはストロベリーパイを注文しており、彼女は嬉しそうに次々と口に運んでいる。

 人間の器の違いであろうか。


 食べ終わると、

「さて、少しお話しましょうか」

 と、レニは姿勢を正した。


 ——いよいよ始まる。


 アスカもつられて背筋を伸ばす。

「まずヤーパンが、我々に何を求めているのか、それをお聞きしたいのです」

 情勢が不安定な今、アスカが海を越えてやってきたのには理由がある。

「我がヤーパンとしても、今の大陸の状況には非常に興味があります」

「戦争、ですね」

「そうです。特にブロデア帝国とエルフェン共和国……もっと具体的に言えば、ハイペリオンの一族であるあなたの動向に注目しています」

 レニの表情に変化はない。彼女自身、自分の動きがどのくらいの影響を及ぼすのか、と理解しているのだろう。

「こちらでの戦況は、ヤーパンの動きを左右しかねません」

「ヤーパンは遠く、土地柄ブロデアやエルフェンに干渉はしないと思いますが?」

「そうです。我が国は隣国のシャイナ、そしてかつて一度戦ったロマノヴァ連邦との戦争を警戒しています」

 すると、レニは飲み終わったコーヒーカップの縁を指でなぞる。

「なるほど……ブロデアとロマノヴァが戦ってもらえれば、シャイナとの戦争に集中できる、と?」

「ただ、そうなったとき、気になるのはあなたの動きです」

「私の?」

「あなたはカミラ・ローゼンハイムとも戦い、引き分けています。いいえ、フォルネの戦いは、事実上レニ・ハイペリオンの勝利です。ブロデアはあなたがいるため、エルフェンを攻められません。あなたの動き次第でブロデアが東へ進軍しない可能性もあるのです」

「私はそんなにすごい存在じゃありません」

 刹那、レニの表情が曇る。

「私はハイペリオンの女王として冠を戴きました。しかし、それでは何も変わっていません。世界はさらに戦争へと突き進んでいます」

「それでも、エルフェン共和国は各国からの難民を受け入れているではありませんか」

「難民を受け入れても、戦争を終結させる手立てにはなっていません。それどころか急激な人口増加により、エルフェン全体が食糧難に陥ってます」

 カフェのメニューを手に取って、レニは悲しげに言う。

「このカフェでも、次にパイが食べられるのはいつになるか分かりません」

「ブロデアは、今でもメックの生産を続けており、エルフェンに再び攻め込むのも時間の問題かもしれません」

 アスカはブロデアで、多くのメックが生産されている光景を見てきた。

 それにカミラの性格上、負けたまま終わらせるはずがない。

「アスカさん、あなたは再びブロデアが攻め込んでくる、と考えているんですか?」

「……攻め込んでくるでしょう」

「ずいぶんはっきりと言うのですね。しかし、あなたたちヤーパンはエルフェンとブロデアの戦争を望まないはずではありませんか?」

 そうだ。できることなら、ブロデアと結託してロマノヴァ連邦を抑え込み、シャイナの土地に攻め入りたい。資源の少ないヤーパンが生き残るには、他国を占領しなければならない。

「それに、1つ重要なことをお話ししていませんね、アスカさん」

「ええ、そうですね」

「エルフェンがブロデアと戦争しようとしまいと、我々に何のメリットもありません。ヤーパンがシャイナに攻め込んだとしてもエルフェンの危機が去るわけでもありませんし、ブロデアとの戦争ともなればさらに物資を必要とします。戦争になれば、メックを起動させるためのエネルギーが必要となり、整備をするための人員も確保しなければならなず、彼らの食事も保証しなければなりません」

 戦争には多くの物資を必要とする。金であったり人であったり食料であったりするが、決して安くはない。

「地図で見ると、ヤーパンは遥か東の国……食料を運んでいただくにも日数がかかりすぎますし、資源の少ないヤーパンからヴリル・エネルギーを提供していただけないのでしょう?」


 ——相手国のことをよく知っている。


 お飾りの女王というわけではないようだ。

 エルフェンのことを考え、民のことを考えている。

「……これは私の一存では決まりません。あくまで、今回のレニ様の出方が本国の参考になる、とお考え下さい」

 アスカはあえて前置きをする。

「ヤーパンはエルフェンに対して技術提供が可能です。我が国のメックと軍艦の建造技術は世界一と自負しています」

「では、ブロデアとの戦争をするのであれば、ヤーパンはエルフェンを支援する、と考えてよろしいのでしょうか?」

「そう考えています。逆にブロデアとの戦争がないなら、我々はブロデア帝国を支援し、結果的にエルフェンとは敵対する形になるでしょう」

 そこまで言って、アスカの胸にチクリと刺さるものがあった。

「でも、それはヤーパンとしての考えですよね? アスカさん、あなたはどう思っているんですか?」

「わ、私ですか?」

 急に問われて戸惑った。

 軍人は個人の考えを持ってはいけない。その身を捧げ、ただ御国のために尽くすべし。それがヤーパン軍人に叩き込まれる教えだった。

「アスカさんは戦争を望んでいますか?」

 レニはそう問いながら、目をしっかりと見据えてくる。

「我が国では……」

「国ではありません。アスカ・フジワラ個人に問うています」

 レニの言葉は、胸の奥まで染み込んでくるようであった。

「戦争はデュナミスの決闘とはまるで違います。国の財政を逼迫し、国民に犠牲を強いる行いです。アスカさんは戦争を望んでいるのですか?」

 戦争など望むはずがない。戦争をしたがっているのは、政治家と軍の上層部だけだ。

「……いいえ、戦争など……したくありません」

 アスカがそう答えると、レニはにこりを笑った。

「あなたが良い人そうでよかった」

 美しい少女の微笑に、アスカの心は大きくかき乱されていた。

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