第56話 アスカ・フジワラ
1931年6月、カミラの元へ1人の女性が訪ねてきた。
その女は長い黒髪に、ブロン人よりも黄色がかった肌をしている。年齢は22歳だが、顔立ちが幼いせいか何歳か若く見える。
彼女の名をアスカ・フジワラといった。
「お会いできて光栄です、ローゼンハイム卿」
アスカは流暢なブロン語で握手を求めてきた。
「私も会えて嬉しいよ、フジワラ卿」
カミラが触れた手は、女性らしい細いものだった。
彼女はロマノヴァ連邦よりもさらに東の小国・ヤーパンの軍人である。軍服を着こなし、ブロデアの物より細身のスラヴァーを提げている。
そもそも、アスカとカミラは初対面ではない。アスカは以前ブロデア帝国の大学に留学していた経験があり、そのときにカミラと知り合っていた。
「久しぶりだな、アスカ」
「ええ、カミラもお変わりなく」
「堅苦しい挨拶は終わりだ。今日はアスカが来ると聞いて、私からささやかなプレゼントを用意した」
カミラが合図をすると、ティーセットとケーキが運ばれてきた。
「アスカが学生の時に好きだったミックスベリーのケーキだ」
「さすがカミラ……私の好みを覚えてくれたのですね」
カミラたちブロン人にとって、ミックスベリーのケーキは子供の頃から食べ慣れてきた菓子であったが、ヤーパンからの留学生にとっては刺激的な味だったらしく、学生時代はずいぶんアスカのカフェ巡りにも付き合わされたから、忘れようがない。
そして、アスカの食べっぷりも相変わらずであった。ケーキ一切れをあっという間に平らげてしまう。
「ヤーパンにはこんな美味しいケーキはないから、懐かしいですよ」
と言いながら、2切れ目を皿に取っていた。
小柄なアスカのどこにあのケーキが収まったのだろう、と不思議に思うほどのスピードで、ミックスベリーのケーキは姿を消した。
紅茶を飲みながら、ケーキの余韻を楽しんでいる様子であったが、目は鋭かった。
彼女は旧友に会いにきたわけではなかった。
「ブロデアの活躍ぶりは、東方にも届いています。メックの開発技術もさることながら、運用方法も素晴らしい」
「他国のメックの技術は、当分我がブロデア帝国には追い付かないだろう」
「……気掛かりはエルフェン、ですね」
「……痛いところを突いてくるね」
フォルネの戦いでは、13対5という戦力差があったにも関わらず相手を撤退に追い込んだ、と公には発表されていた。ブロデアに帰ってきた時、誰もが帰還したデュナミスを称賛した。しかし、カミラにとってこの戦いは敗北でしかない。どんな言葉で繕ったとしても、その記憶は消えない。
「それほどなのですか、ハイペリオンは?」
アスカは言った。
どんなに事実を隠したとしても、どこかから必ず漏れてしまう。それがすでに絶えたとされるハイペリオンの血族であるならば尚更である。
「圧倒的だな。恐ろしく強いぞ」
「殺戮女王がそこまで言うとは……」
「会いに行くのだろう、ハイペリオンに」
戦争が起こっている今、東国の軍人がやってくる理由は限られる。その1つがハイペリオンの血族を有するエルフェン共和国だ。エルフェンとブロデアのどちらに味方するべきか、見極めているのだろう。
「これからエルフェンに向かいます。それが軍部の決定ですから」
アスカは、さも当然というように答えた。
「だろうな。私でもそうする」
「こちらとしても、できれば友人を裏切るような真似はしたくないと考えています」
「仕方ないだろう……もう学生時代のように気軽な立場ではないからな」
ヤーパンは隣国のシャイナ国との戦争を控えており、ブロデアの戦争には参加できないものの、ロマノヴァ連邦の動きを気にしているようだ。
かつてヤーパンはロマノヴァ連邦と戦争をした。ヤーパンが気にしているのは、シャイナ国との戦争になった際、隣り合ったロマノヴァ連邦が黙っていないのではないか、ということだ。
もし、東と西から同時に戦争を仕掛ければ、ロマノヴァは混乱するだろう。東西に長いロマノヴァ連邦は、両側から攻められた場合兵力を半分に割かなければならない。
そのため、重要となるのはヤーパンの動きである。彼らが動くのならブロデアも攻めることができるが、戦争する意思がないのであれば目論見は外れてしまう。そして、ヤーパンもまたブロデアの動きを探っていた。
旧友との再会は、ティータイムも含めて2時間程度で終了した。
今回の訪問は同盟を結ぶためではなく、ヤーパンによる視察であったが、緊張感があった。今後の国家の行く末を決める話し合いかもしれないのだ。
アスカはエルフェン共和国の首都エルドアへ向かい、そこから船でヤーパンへと帰る。
「戦争が終わったら、また会いたいものです」
別れ際、アスカはそう言った。
「今度はビールでも御馳走するよ。アルコールには強くなったかい?」
「いいえ……でも、平和になったのなら、ぜひいただきたいものです」
最後に握手を交わし、カミラはアスカと別れた。笑顔で見送ったカミラであったが、アスカの姿が見えなくなると途端に感情が消えた。
次に会うときは、敵同士かもしれないのだ。次も友人として会えるとは限らない。




