第53話 女王対女王
大地を揺らし、巨大な爆炎が遠くで上がる。
リアのシュライに搭載された起爆装置が作動したのだろう。
一緒に戦っていたベルグも巻き込まれたかもしれないが、今のカミラには彼らを心配する余裕はない。
目の前にいるクイーン・ハイペリオンを倒すことに全力を注がなければならない。
カミラにとって、戦闘とはさほど難しいことではない。彼女のデュナミスとしての能力の高さと超加速が組み合わさることで、最強の名を欲しいままにしてきた。彼女から見れば、全ての敵は自分より実力が劣った者だった。
しかし、クイーン・ハイペリオンからは、何か得体の知れないものを感じる。
——何者なんだ……一体。
カミラの野性的な直感が警告している。
『あなたは……』
クイーン・ハイペリオンからの通信だった。
『あなたは、何のために戦うの?』
「何のため? 国のため、自分のためさ」
戦争である以上、国家を勝利に導くため、自らの命を守るために戦うのは、ごく当たり前のことではないだろうか。
『そう……』
「あんたは何のためにメックに乗っているんだい?」
『人のため……人を守るため』
「じゃあ、あんたは人を守るために死ねるのかい?」
『死なないわ。私も、守るべき人も死なない』
「なら、守ってみせなッ!」
ケーニギンが走り出す。
——超加速!
周囲の時間の流れが歪む。
クイーン・ハイペリオンは構えたまま動かない。
両者の距離が20メートルを切った。あと少しでスラヴァーの触れる距離である。加速したケーニギンのスピードであれば、一瞬である。
——まだ動かないのかッ!
そして、互いの距離が10メートルを切った時であった。
ケーニギンは踏み込んで、スラヴァーを振るう。
突然、時間の流れが元に戻る。異変を感じ、カミラはスラヴァーを止める。敵の間合いに入っているという本能から、彼女は飛び退いて距離を取った。
——何が起こったッ!?
自分の力が衰えたのか、とさえ思い、再度超加速を試みる。
いつものように時間が歪む。
能力の持続時間も、いつもは5分程度であれば問題なく発動できる。
『お願い……退いて』
少女の声がする。
「残念だけど、聞けない相談だね。こっちも退けないのさ」
再び仕掛ける。
今度は攻撃範囲に入る直前に、超加速を発動させる。
だが、次の瞬間には元の時間の流れに戻っている。
同時に、右頬が鈍い痛みが走る。クイーン・ハイペリオンの左拳が叩き込まれた。
殴られた衝撃は思いの外強く、後ろに吹き飛ばされるものの、空中で体勢を立て直し、着地と同時に構える。
戦いで圧されているなど、カミラの人生において初めてのことだった。常に圧倒する側であった彼女に芽生えた感情は恐怖だ。それも、ただの恐怖ではない。まるで天敵に出くわしたような、本能で感じる名状し難い圧倒的な恐怖であった。
——だからって、引き下がれるかッ!
ケーニギンは駆け出した。
剣術も体術も関係ない。恐怖の元凶に立ち向かうために、スラヴァーを振り回した。
いくら斬り込んでも、薙ぎ払っても、クイーン・ハイペリオンの装甲を捉えることができない。
『退いてくれないのならッ!』
クイーン・ハイペリオンが動き、真紅のメックの腰部を狙う。
「舐めるなァ!」
カミラは怒号と共に無我夢中でスラヴァーを振るう。
互いの腰に、粒子を纏った刃が食い込んだ。
* * * * *
——ありがとう、クイーン・ハイペリオン。
メックを乗り捨てたレニは、スラヴァーを持ってダイバールームから飛び出した。
ケーニギンからも女性が飛び出してくる。彼女がカミラ・ローゼンハイムなのだろう。声や喋り方を聞く限り、もっと冷徹で恐ろしい女性だと思っていたが、メックから出てきたのはとても美しい女性だった。
——戦わなければ。
空中へ。
カミラもレニに向かって飛び出す。
刃がぶつかる。スパークで弾かれても、追撃する。
約10メートルから地上に降りるまで、4つのスパーク音が響き、着地と同時に繰り出された5度目の激突で、互いのスラヴァーが破損する。
悪寒が走る。
——来るッ!
「やっぱりかッ……!」
カミラが叫ぶ。
「相手の能力を消す……それがあんたの……ハイペリオンの能力かッ!」
武器を失ったカミラが殴りかかる。
脳を揺さぶるような、強烈な一撃だった。
レニも反射的に殴り返す。
それは、ボクシングと言えるほど、上品なものではない。女同士の純粋な殴り合いであった。
頬を腫らし、鼻血を垂らし、涙まで流していた。
そして、レニの拳がカミラの顎にヒットした。レニに抱きつくような形で、膝から崩れ落ちる。
「覚えておくぞ……レニ……ハイペリオン……」
意識を失ったカミラの言葉が、いつまでもレニの耳に残っていた。
* * * * *
異常な光景だった。
傷だらけの少女が、傷だらけの女性を抱き抱えていた。
ベルグとリアも傷だらけだったが、2人の傷はまるで殴り合ったように顔は腫れていた。唇も切れ、鼻血も流している。
「ブロデアの方ですね」
黒髪の少女の顔は、腫れているにも関わらず高貴さを失っていない。
「彼女は死んでいません。どうぞ、連れて行ってください」
罠があるのではないか、と警戒したが、そんな様子はなかった。
ベルグがカミラの体を引き寄せる。あれだけ恐ろしいとさえ感じていたカミラが、今では小さく見える。
「目が覚めたら、彼女にお伝えください」
少女が言った。
「カミラ・ローゼンハイムの名を覚えておきます……そう、レニ・ハイペリオンが言っていたと」
彼女の雰囲気に圧倒された。
ボロボロになっていても、ハイペリオンの女王としての威厳を放っている。カミラでも勝てなかった相手である。とてもベルグが戦って勝てるような人物ではない。
リアも同じ気持ちを抱いたようで、手を握りしめながら立ち尽くしている。復讐心すら、レニの前では無力なのである。
「分かりました……伝えておきます」
ベルグは、そう絞り出すのがやっとであった。




