第51話 死の間際
ヴァイスザッハのラスコーンが踏み込み、右手のスラヴァーを振るう。間合い、スピード、体勢それぞれが完璧な一撃だった。リンクのズィークは後退りして避ける。次いで左手のスラヴァーでも追撃するが、空しく空を切る。
メックに乗っているデュナミスが少年であると知ったのは、名乗りの時であった。
『ブロデア帝国……リンク・ヴァッケンローダー……ズィーク』
「死刑執行人のヴァッケンローダーか……?」
ヴァイスザッハがそう言ったものの、リンクと名乗った少年から返事が返ってくることはなかった。
——やりづらい相手だ。
まるで無機質な機械のようだ。人間であれば感情もあり、その乱れを突くこともできるが、感情のない相手ではそれができない。
10代前半の少年でメックに乗っているのであれば、デュナミスとしては優秀だ。若くして才能を発揮したデュナミスは、大抵態度が大きくなる。子供の頃のレオを見てきたヴァイスザッハだからこそ分かる。子供に限らず、力を持て余した人間というのは、総じて態度や口調に出る。
しかし、リンクにはそれがない。まるで底の見えないほど深い枯れ井戸のようだ。石を投げ込んだとしても水の音がせず、石が落ちた音さえ聞こえない、冥界への入り口に繋がっている真っ暗な穴のようだ。
——何があればこんな人間になってしまうのだろう。
本人の口から語られない以上、ヴァイスザッハに知ることはできない。戦争のせいなのか、ヴァッケンローダー家の呪われた血のせいだろうか。いずれにしても、敵である以上倒さなければならない。
ラスコーンが仕掛ける。左から右へと一直線に薙ぎ払う。
避けられても、防がれても、その反動を利用して体を一回転させて再度攻撃に移ることができる。疾風剣の応用である。そして2本のスラヴァーによって、次の攻撃は連撃となる。
ズィークがスラヴァーをぶつけてくる。
激しいスパークが起こると、互いのスラヴァーが弾かれる。
——疾風剣ッ
2撃目もズィークのスラヴァーに防がれる。リンクも疾風剣を使って迎撃してきた。スラヴァーの出力を上げたことで弾かれる力が強くなり、3撃目は不発に終わった。
* * * * *
疾風剣でスラヴァーを迎撃した後、リンクは距離を取った。
2撃目を防いだ時、ヴァイスザッハのラスコーンにほんの少しだけ隙が発生していた。それは、リンクも疾風剣を使ってきたことによる戸惑いから生じた隙であった。
リンクは追撃をしなかった。
——レヒトが死んだ。
目の前で見たわけでもないのに、そう感じた。
ヴァッケンローダー家は、死刑執行人の家系であるが、ブロデア帝国でも名門の一族でもある。
だが、幸せとは言える環境ではなかった。
死刑執行人と蔑まれていたヴァッケンローダー家に、優秀なデュナミスが誕生した。生まれた時、父親は大変喜んだと言われているが、実際のところ、子供が誕生したという以上に、優秀な子供によってヴァッケンローダー家が繁栄するという喜びが強かった、と言われている。
力あるデュナミスとして育てようとした父親は、優秀なデュナミスを教師に雇い、厳しく接していた。その厳しさは、幼い双子の肉体と精神を確実に傷付けていた。周囲の大人たちは誰も助けれくれない。やがて2人は、双子だけで乗り切るしかない、と考えるようになった。
ヴァッケンローダーの邪悪な血と、双子に降りかかった環境が、彼らを作った。家に保管されていた処刑道具や過去の記録が呪われた血の濃度を高め、ブロデア帝国軍が受け止めたことで完成した。
双子は、ずっと一緒だった。
他に信じられる者などいなかった。
唯一無二の存在であるレヒトが死んだ。
——レヒト……
リンクが無口になったのは、レヒトがいたからである。大抵のことはレヒトが言ってくれる。だから、リンクは言葉を発することが少なくなったが、その代わりに頭を使うことにした。
剣技もレヒトがアグレッシブに攻めているスタイルなので、リンクは守りを重視した受けの剣技を目指して鍛錬を積んできた。
いつも2人で1人だった。
そのうちの1人が死んだ。
リンクの中に怒りと悲しみが静かに湧き上がってきたが、それはすぐに巨大な間欠泉となって噴き出した。
ヴァイスザッハとの戦いで初めて、リンクは自分から攻撃を仕掛けた。胸部を狙った鋭い突きだった。姿勢もスピードも素晴らしい、見本のような攻撃だった。
ラスコーンは体を半身にして避ける。
ズィークは剣を切り返して薙ぎ払う。
スパーク。
剣が弾かれる。
追撃を恐れ、ズィークは思い切って後ろへ飛び退く。鼻先をラスコーンのスラヴァーが掠めていった。
着地すると、リンクは相手へ向き直り、左腕を前にする。
しかし、ヴリル放出器を作動させる時間はなかった。
ラスコーンの剣が放出器ごと両断していた。
強烈な激痛が走る。
放出器が爆発して、視界を遮る。
『勝負は決した』
ヴァイスザッハの声がした。耳元でスラヴァーの粒子が空気を焼く音がする。ラスコーンは剣を頭部の真横で止めていた。
「殺せよ」
『命まで奪う気はない。投降すれば悪いようにはしない』
「……必要ない」
『まだ若いんだ。何もこんなところで死ぬことはない』
「……必要ないと……言っているッ!」
リンクは下から突き上げた。
手応えがあった。
ラスコーンの脇から肩へと切り上げ、左腕を斬り落としていた。
「これで五分五分だろッ!」
叫びながら、リンクは突っ込んでいった。
互いに左腕を失った、という意味では、五分五分である。
だが、リンクはこの時冷静さを失っていた。それはレヒトを失った怒りと、左腕にまとわりつく激痛が原因だった。
『いや、勝ち目はない』
ヴァイスザッハの言葉と胸部への激痛は同時にやってきた。
* * * * *
——死ぬのか。
ラスコーンが放ったのは疾風剣のように連撃を目的とせず、一撃のスピードを高めた剣技・烈風剣だった。精度の高い、素晴らしい技だった。
それに気付いた時、リンクの体から痛みがすうっと消えていく。
胸部を破壊され、意識が薄らいでいく。
不思議と、恐怖はなかった。
ヴァッケンローダー家の記録では、死んだ人間の表情には恐怖と苦痛が浮かぶ、と記されていた。だから、死ぬのは怖くて痛いのだ、と思っていた。
——レヒトも苦しまなかっただろうか。
死の間際になっても、考えるのは双子のことだった。
この世に生まれ落ちたその日から、今までずっと一緒だったが、さすがに死ぬ時までは一緒になれないだろう、と考えていた。
向こうの世界でも一緒にいられることで、安心感に包まれていた。
——これからどこに行くのだろう?
レヒトもリンクも、人の死に興味を持ったことで、死後の世界についても様々な本を読んで調べていた。
人は死んだら神の国へ行けるという。神々の最終戦争のための兵士になるのだ。
また、別の書物には、人は死んだら罪を償うために地の底に落とされるという。
東方の国では、別の生き物へと生まれ変わるのだそうだ。
結局のところ、死後の世界のことはよく分からなかった。死後には何もない、という思想家さえいる。
——レヒトの一緒なら、それでいい。
彼と再会できることだけを願い、リンクはそっと目を閉じた。




