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ハイペリオン戦記  作者: 松本 ゆうき
第7章 7月10日
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第50話 届かない願い

 レニのクイーン・ハイペリオンからだいぶ離れた位置で、レオのセプシオンは立ち止まった。

 新型機の動きは素晴らしく、歩く度にその性能に驚くばかりであった。今までのメックの動きが、まるで足首に重りでも付いていたのではないかと思うくらいである。

 だが、相手も新型機に乗っているため、油断はできない。


「さて、この辺でいいだろう」

 レオはそう呟くと、敵機へ通信を入れる。

『やっと逃げるのをやめて戦う気になったかい?』

 返ってきたのは子供の声であった。

「子供?」

『なんだ、子供じゃ不満か?』

 子供がメックの乗るのは、あまりないことだ。子供は体が未熟でメックの性能を引き出せないため、大人のデュナミスが乗った方がいい場合が多い。

 ブロデアのデュナミスが不足しているのでなければ、目の前の少年はとびきり優秀、ということになる。

「エルフェン共和国、レオポルト・アウグスト侯爵。メックはセプシオン」

 レオは構える。

『ブロデア帝国、レヒト・ヴァッケンローダー伯爵。メックはズィーガーだ』

 レヒトと名乗ったメックもスラヴァーを構える。

「ヴァッケンローダー……死刑執行人の一家か……」

『ああ、そうだよ。ボクは呪われたヴァッケンローダーの一族さ』


 お互いの距離は約100メートル。ジリジリと距離を詰めていく。

「メックは子供が乗っていいもんじゃない。今なら見逃してやるから、とっとと帰りな」

『そうやって言う大人たちが今まで何人もいたよ。そんなやつらがどうなったと思う?』

「さあな」

『力でねじ伏せてやったよ。泥まみれになって地べたに這いつくばってたやつを踏みつけてやったこともあるし、訓練中に腕切り落としてやったこともあるんだ』

「へえ……ってことは、結構強いんだな」

『アンタが思っている以上に、ボクは強いよ』

 レオは声を出して笑った。それはわざとらしい笑い方であったが、同時に相手の神経を逆撫でする笑いであった。

「負けた時は悔しかったかい?」

『何だとッ……!?』

「全ての大人を倒してきたわけじゃあないんだろ? 君みたいなタイプは、全ての大人を、って強調するはずだ。政治的な駆け引きなんかできる年齢ではないから、力を誇示することだけが軍でのし上がっていく手段だったんだろう。でも、全て屈服させるだけの力を持っていなかったわけだ……なあ、教えてくれよ。人生で初めて完膚無きまでに敗北した時は、やっぱり悔しかったかい?」

『てめぇ……ベラベラと喋りやがってッ!』

 ズィーガーが大地を蹴って一気に距離を詰めてくる。


 ——思った通りだ。


 自分の能力でのし上がってきた子供の考えていることは、レオにとってはよく分かる。かつての自分がそうだった。レオも大人たちを倒して自らの力を誇示していた時期があった。

 レヒト・ヴァッケンローダーは頭に血が昇っているようだったが、それはレオの思惑通りである。


 ——戦いは冷静さを失ったやつが負ける。


 それがレオの持論だった。彼は相手の調子を乱すために言葉を使う。

 スィーガーがスラヴァーを振り下ろす。怒りに身を任せている割には、剣筋に乱れはない。


 ——素質はあるみたいだな。


 違う形で出会っていれば、どうなっていただろう。一瞬そう考えたが、すぐに気持ちを切り替える。彼は殺すべき相手だ。

 セプシオンは僅かなステップでスラヴァーをかわす。顔の横をスラヴァーが空気を焼く音と風を切る音が同時にしていた。

 スィーガーに生まれた攻撃後の隙を狙い、レオは頭部にめがけてスラヴァーを放つ。頭部さえ破壊できれば、メックは無力化できる。

 しかし、スラヴァーが迫る先に、スィーガーの左腕が割り込んでくる。左腕に取り付けてあるセプシオンにはない装置が駆動する。

 刹那、粒子のスパークが起こり、セプシオンのスラヴァーは弾かれる。


 ——そういう機械か。


 剣が弾かれる勢いに任せて、レオはスィーガーと距離を取る。


 これで相手のメックのスペックがある程度分かった。機体の動きに関してはセプシオンと同等であり、左腕の装置はヴリル・エネルギーを放出してスラヴァーを弾く装備であることを知った。左腕は武器としては使わず、シールドの代わりに用いられるのであろう。エネルギーの放出を直接食らったとしてもダメージはないだろうが、目くらましとしての効果はあるかもしれないから、近接戦闘ではやや不利といったところだろうか。

 メックの性能で見たら五分五分。あとはデュナミスの腕次第である。


 ——今回も楽な戦闘ではなさそうだな。


* * * * *


 ——クソッ、苛つかせやがるッ!


 レヒト・ヴァッケンローダーの精神は興奮していた。

 そのきっかけは、レオポルト・アウグストの言葉だった。

 カミラに敗北したことは、レヒトにとっては屈辱的な出来事として記憶されている。そこを突かれた。相手がレヒトの性格を知っていたとは思えないし、カミラに勝てなかったことも事前に調べたとは考えにくい。

 推理をしたのだろう。カミラ・ローゼンハイムの名前は国内外に知れ渡っており、最強のデュナミスであるとさえ言われている。ブロデアにいるデュナミスは、みんなカミラに敗北していると言い換えてもいい。


 ——冷静さを取り戻さねば。


 カミラのことも、ヴァッケンローダー家のことも、今だけは忘れる。状況はシンプルだ。お互いにメックに乗っているし、相手を殺さなければならない。

 余計な感情は必要ない。ただ純粋な殺意さえあれば、それでいい。怒りや憎しみや過去の体験は、真っ暗な精神の海の底に沈めてしまえばいい。そうすれば、自然と殺意が表面に表れる。


 レヒトは、ズィーガーのヴリル放出器から、セプシオンに向けてエネルギーを放つ。放出角度と放出量を最大にしたエネルギーがセプシオンの姿を覆い隠す。エネルギーで見えなくなる直前、セプシオンが警戒したように、スラヴァーを胸の前に構える。


 ズィーガーが前へと踏み出す。

 メックを確実に破壊するためには頭部を狙えばいいが、対象が小さいため難しい。レヒトはセプシオンの腰部を狙って、スラヴァーを薙ぎ払う。下半身を失って身動きがとれなくしてしまえば、いつでもとどめを刺すことができる。

 レヒトのスラヴァーは、ヴリル・エネルギーのヴェールごとメックを切り裂く。


 ——手応えがないッ


 スラヴァーが空を切る。

 斬るべき相手に届いていない。

 虚空のエネルギーをスラヴァーの粒子が反応して、炸裂する。


 ——来るッ


 スパークしている空間を切り裂いて、セプシオンのスラヴァーが左方向から襲いかかる。胴体を狙った斬撃だった。攻撃の気配を一瞬早く察知できていたものの、レヒトのスラヴァーは薙ぎ払いの勢いがついたままだ。

 放出器は連続で稼働させるために設計されていない。最大量のエネルギーを放出してしまった今となっては、ただの重りでしかない。


 彼はヴリル放出器を射出した。

 それは本能的な行動であったが、生き残るためにはなりふり構っていられない。生き残れば、それでいい。放出器を打ち落とすために行動すれば、迫り来る攻撃を防ぐことができる。相手に激突しても、僅かな時間を稼ぐことができる。


 ズンッ!


 重い音がした。放出器はセプシオンの胸部に激突する。

 スラヴァーの軌道が若干逸れる。


 ズィーガーの左肩から胸部にかけて、セプシオンのスラヴァーで切り裂かれた。


* * * * *


 メックは、頭部を破壊された場合は強制ダイブアウトされるが、胸部ダイバールームを破壊された場合は戻るべき肉体を失うため、デュナミスは死亡すると言われている。


 そして今、ズィーガーの胸部が破壊された。

 肩にスラヴァーが食い込んだ時、激しい痛みを感じたものの、コクピットへ達した瞬間、嘘のように痛みが消えた。痛みだけではない。メックと繋がっている感覚がなくなっている。

 なんとなく、これから自分は死ぬのだと感じたが、死を迎えるにしては、まったく苦痛がない。人が死ぬ時は、もっと苦しいものだと思っていた。

 まるで柔らかいベッドに身を預け、ゆっくりと眠りに落ちていくようである。


 ——リンクは、まだ生きているだろうか。


 双子は古来より不思議な力があると言い伝えられてきた。根拠はないが、直感的に彼はまだ生きていると分かった。


 ——どうか無事で……どうか生きていてくれ。


 誰にも届かない願いを、レヒトは薄れゆく意識の中で強く強く思っていた。

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