第45話 戦いの女神
7月10日、カミラは日が昇る前に目を覚ました。薄い寝間着のままベッドから抜け出る。
窓から差し込む月明かりに照らされたカミラの体は、まるで彫刻のモチーフにされる戦いの女神のようであった。女性的な体つきを残しながらも、戦士としての筋肉も持ち合わせている。
美しさと強さを兼ね備えたその体を求める者は、今まで数多くいた。時には女性として、時には便利な戦士として、カミラを利用しようとする人物はいたが、そのたびに彼女は力でねじ伏せてきた。
幼い頃、初めて人を殺した時と同じだった。敵兵が略奪を開始した時に、酒も食料も奪われ、同時に女たちも狙われた。略奪者にとっては子供も大人も関係なく、女というだけで対象となる。
カミラは包丁を手に、敵兵へと立ち向かった。元々デュナミスとしては高い潜在能力を持っていたのだが、この時に能力を発現させた。周囲の時間が歪むほどの超加速を手に入れたカミラにとって、大人は恐れる対象にはならなかった。
包丁が血脂で切れ味が落ちたら軍刀を奪い、さらに人を殺していった。そして気付いた時には、周囲一面敵兵の死骸とおびただしい血にまみれていた。
もしかしたら、その時にカミラの精神は狂ってしまったのかもしれない。軍に入ってからは、殺しの技術を着実に高めていった。果たしてそれがカミラの望んだことなのかさえ、彼女自身にも分からなかった。
何かに打ち込まなければ、殺した敵兵の表情を思い出してしまう。怒り、恐怖、悲しみ、憎しみ……超加速したとしても顔は見えてしまい、その表情は脳裏に強く焼き付いてしまった。
彼らの表情を思い出さなくなった時には、カミラは人殺しのプロフェッショナルとなっていた。軍でも確固たる地位を築き、殺戮女王とも呼ばれるようになった。
——柄にもなく、緊張しているのか。
カミラは作戦の前であっても、決して緊張することはなかった。それはデュナミス特有の精神統一法を駆使してコントロールしているからであり、今日のようにいつもより早く目が覚めるということは今までなかった。
——今日は、ブロデア帝国にとって大きな転機となる。
ただでさえメック開発で先行しているブロデアが、他国の新型メックを破壊できたとなれば、メック戦で負けることはなくなる。一気に他国へ侵攻し、ブロデアの勢力を拡大させることができる。
戦争に勝てば、あとは政治家の仕事だ。カミラは、ただただ命令に従うだけだ。だが、願いはある。ブロデア国民がまともに生きていける、そんな国になればいい。
カミラの部屋にメイドが入ってきた。
「カミラ様、起きていたのですか?」
「目が覚めてしまってな……」
「何かお飲み物をお持ちしましょうか?」
「今から寝ても仕方がない……コーヒーを淹れてもらおうか」
しばらくして、熱いコーヒーが運ばれてきた。彼女の淹れるコーヒーを気に入り、カミラはメイドとして近くに置いている。
窓の外が明るくなる。カミラのシルエットが、さらにはっきりと映し出される。
「今度の戦い、勝てると思うか?」
カミラはメイドに尋ねる。
「カミラ様は負けません」
メイドは即答する。
「そう思ってくれるか……」
「私には軍のことは分かりません。メックについても知りませんし、戦術についても疎くて……でも、カミラ様は負けない、という自信はあるんです」
メイドがあまりに断言するので、カミラは思わず笑った。
「す、すみません……言い過ぎました」
「いや、構わない。私も少し緊張していたようだが、リラックスできた」
コーヒーを一口飲む。苦みと酸味のバランスがいい、朝にぴったりの味である。
「私は次の出撃、必ず帰ってくる。だから、帰ってきた時にまたコーヒーを淹れてくれるか?」
「はい……いい豆をご用意しておきます」
カミラの精神は、驚くほど落ち着いていた。




