第37話 訓練
スラヴァー訓練用の実剣は、粒子こそ纏わないものの重くできている。訓練用の剣の重さは様々で、実物と同じ重さのものから、あえて重くしてある剣まである。デュナミスたちは実戦がないときはこれら訓練用の剣を用いて、日夜訓練をしている。
レニは城の地下にある訓練所で、剣を構えていた。
「懐かしいですな……」ヴァイスザッハはレニの姿を見て言う。「あの頃は鉄の棒を構えていましたな」
幼い頃に受けた訓練では、刃物を持つのは危険ということで、鉄の棒を振るっていた。鉄パイプのように空洞もなく、かなり重かったのを覚えている。
「さて、剣の腕前が鈍っていないか、確認させていただきますよ、レニ様」
ヴァイスザッハはそう言うと、コルク栓を3つレニに向かって投げる。
この訓練は体が覚えていた。腰を落とし、剣の柄を握り締める。
一閃。3つのコルク栓は6つに切断され、音もなく地面に落ちる。
まるで風のように駆け抜ける高速の斬撃によって複数の標的を倒す技は<疾風剣>と呼ばれ、デュナミスの剣技の一つとされている。
「腕は落ちていませんな。軽いコルクを斬るのはなかなか難しいはずです」
彼の手には、新たなコルクが握られている。
「しかし、実戦ではどうでしょう」
再びコルク栓が飛来する。今度は5つ。
——数が増えたくらいでは。
瞬時に剣の運び方を計算する。ジグザグに配置されているため、一度で斬り落とすことは難しい。
——2度斬ればいい。
一振りで3つのコルクを斬り、そのまま剣を止めずに、その場で体を回した力を加えてさらに加速すると、残りのコルクを両断した。
しかし、もう1つコルクが飛んできていた。見落としたわけではない。時間差で投げられたものであった。
——落とせないッ!
目で捉えられたとしても、新しく行動に移せるほど、時間の余裕がない。コルク栓は静かにレニの額にぶつかった。
「これは卑怯じゃない……?」
レニは不満を漏らす。
「実戦では一度で攻撃は終わりません。様々な方向から攻撃は飛んできますし、時間差でスラヴァーを振ってくることだってあります。今のコルクが銃弾なら、間違いなく死亡していましたよ」
ヴァイスザッハにそう言われてしまっては、返す言葉もない。
だが、訓練を続けるにつれて動きが洗練されていくのを感じていた。斬る物体は小さくなり、小さな豆を飛ばされても斬ることができた。また、投げられる数も増えていったが、体が反応できるようになった。
「だいぶ良くなってきました。疾風剣は基本的な剣技ですが、デュナミスの戦い方の多くの要素が詰まっています。物体を目で追う動体視力、剣を振るう身体能力……基本的だからこそ、技の完成度はデュナミスの能力をそのまま反映します」
一見簡単そうに見える技だが、繰り返し行えば確実に体力を消費する。訓練開始から数時間が経ち、レニは肩で息をするようになった。
「私の体力も……だいぶ落ちてたわね」
レニは絞り出すように声を出す。
「しばらく訓練していませんでしたからな……」
そう言いながら、ヴァイスザッハは訓練用の剣を両手に持つ。
「さ、訓練の仕上げです」
「ここからよね、訓練がつらいのは……」
これもレニの幼い頃から変わっていない。疲れた後に、さらに追い打ちをかけるように行われるのが仕上げの訓練である。
2本の剣を持ったヴァイスザッハの周囲の空気が、張り詰めているのを感じる。ただ立っているようにも見える。隙がないようだが、まるで突き刺すように鋭い殺気を放っている。
訓練と分かっていても、その殺気を受けて、足が震える。
レニは彼の呼び名を思い出す。銀色の光と共に走り抜け、数多くの死体を生み出すと恐れられていた。
「銀光のヴァイスザッハ……」
「その呼ばれ方も懐かしいですな」
ヴァイスザッハが微笑んだかと思うと、次の瞬間には踏み込んでいた。
思わずレニは後ろに飛び退く。鼻先を剣が掠めていった。
しかし、飛び退いた足が地面に着く前に次の斬撃が襲いかかる。それまでの訓練で投げられた物とは明らかに違うスピードで迫る銀光を剣で弾く。
1本の剣で2本の剣撃を防がなければならないということ以上に、ヴァイスザッハの腕とレニの実力は明らかに違いすぎる。避けて防ぐのが精一杯である。
「さすがレニ様……いい動きです」
褒める口調とは裏腹に、剣の動きはさらに激しくなる。
子供の頃よりも本気で攻撃してきているのを感じる。しかも、今回持っているのは刃の付いた実剣である。斬られたら傷付くだけでなく、当たりどころによっては手足を失ったり、命だって奪われかねない。
「本気が……こんなにきついなんて……」
「レニ様、まだまだ本気ではありませんよ」
ヴァイスザッハは笑顔を浮かべたままだが、殺気はさらに大きく発している。
なんとか彼の横へ回り込もうとするが、剣に阻まれて後ろに下がるしかできない。
——壁が迫っている。
壁際に追い込まれたら、逃げることはできない。動きと剣で防いでいる現状、壁際で動きを封じられたら後がなくなる。
——ここで決めなければ。
後方に勝機はない。後ろへ下がろうとする足を止め、レニはヴァイスザッハの剣の軌道に意識を集中させる。
斬撃と斬撃の間隔は狭く、隙はない。
だが、レニはそこに勝機を見出した。
剣の柄を握りしめる。ヴァイスザッハの腕の動きから剣の動きとスピードを予測できた。
——あとは疾風剣で斬り落とすだけ。
レニの剣が風を切る。ヴァイスザッハの一撃目を弾くと、二撃目へ向かって刃が走り、火花を散らして彼の攻撃を防ぎきる。
「レニ様……素晴らしい動きでした」
ヴァイスザッハは剣を下げると、緊張が解けたレニはぺたんとその場に座り込む。
「やっぱりきつい訓練……」
「この調子で戦う直前まで訓練です。もっとも付け焼き刃にしかならないでしょうが、刃がないよりいいでしょう」
「1週間で……どこまでやれる?」
「それはレニ様次第です。レニ様の持っている才能と努力次第で、どこまでも伸びていきます」
「時間はないわね……」
「だからこそ、真剣にやっていただきます」
王位を継承すると決めた時からレニは狙われることを受け入れるようになっていた。敵意を向けてくる相手に対しては、戦わなければならない。しかも、それは決して負けられない戦いである。
フローラの持ってきた昼食のマスタードたっぷりのパストラミサンドを食べると、ゆっくりする暇もなく訓練は再開された。
午後も激しい訓練は続いたが、ヴァイスザッハの動きに対応できるようになっていた。
——体が軽い。
神経も研ぎ澄まされていく。重いはずの剣が思い通りに動かせる。
ヴァイスザッハの2本の剣から繰り出される猛攻を、レニは1本の剣で捌けるようになっていた。




