第35話 王家を継ぐ者
夕方前、外が騒がしいのに気付いたレニは、様子を見に行ってみると、そこには数百の人が押し寄せていた。
「これは……一体、何?」
同じく様子を見に来ていたレオに訪ねる。
「レディストからの難民だよ。ブロデア軍から逃げてきたらしい」
「じゃあレディストは……」
「まだ降伏したわけじゃないが、予想以上に侵攻が進んでいる」
「昨日倒したのに……」
「1騎はな。だが、それ以上にレディストにはメックが入り込んでいる」
難民は誰もが洋服は汚れて、表情は疲れ果てていた。
城は軍事施設でもあるため、全員を屋内に入れることはできないが、このまま放っておくわけにはいかない。レオの指示でテントの設営が始まり、簡単な食事も提供された。レニも手伝っていたが、難民たちの表情が徐々に明るくなっていくのを感じていた。
温かい紅茶を飲むと、誰もが「ありがとう」と言って落ち着いてくれる。
あっという間に外は暗くなっていった。
一段落つくと、レニも空腹を覚え、城の中へと入っていく。
「元気そうじゃないか」
建物の中に入った時、レニは後ろから声を掛けられた。それは彼女にとって懐かしい声であった。
「おじさま」
振り向くと、そこにはゲルハルト・ヴァイスザッハがいた。レニの記憶にあったヴァイスザッハと比べて白髪が増えたようであったが、厳格そうな顔つきはそのままであった。
「最後に会ったのは、いつになるか……大きくなったもんだ」
「もう5年も前ですよ」
「そうか、もうそんなに経つか……もう立派なレディだな」
2人が話していると、そこへレオがやってくる。
「ヴァイスザッハ卿、お久しぶりです」
「レオポルト、立派になったな。すっかり侯爵が板に付いている」
レオの表情はいつもより固い。
「レオ、知り合いなの?」
疑問に思い、レニは訪ねる。
「ああ、ヴァイスザッハ卿は俺の剣の師匠だ」
確かに、レオの身のこなしは相当なものである。しかし、ヴァイスザッハに剣を教わったというのであれば、納得がいく。それは、訓練を受けたレニだからこそ分かる。
「なあ……」ヴァイスザッハはぽつりと言う。「エルドアから駆けつけて、実は腹ペコなんだ……何か食べる物はないか?」
* * * * *
食堂ではポトフを食べながら、ヴァイスザッハは赤ワインを飲んでいる。
「なかなかいい味付けだよ」
フローラは頭を下げて「食料があまりなく、ジャガイモが少し多めですが」と言うと、さっと奥へと引っ込んだ。
「さて、レニ……色々あったかもしれないが、聞かせてくれるか?」
「バストラがヴェルシュナーを焼き、パパはその時に……」
「死んだか……そして、レニはハイペリオンと首飾りを受け取ったんだね」
レニが首飾りを見せる。
「見せてごらん」
そう言って、ヴァイスザッハは首飾りに手を伸ばす。
触れたら危ない、レニがそう言い掛けた時には、すでにヴァイスザッハは首飾りに触れていた。だが、何ともない。
「え、なんで……?」
「この首飾りは、ハイペリオンの血が流れている人間にしか触れることはできない。他の人間が触れることを拒むようにできている」
「つまり、おじさまもハイペリオン王家?」
「ああ、かなり薄くなっているがね」
ヴァイスザッハは首飾りから手を離す。
「マヌエルも触れることができたが、今となってはハイペリオンの一族は私たちだけとなってしまった」
ワインを飲み直し、彼は話し続ける。
「先の大戦が始まったのはある貴族の暗殺がきっかけだった。ハイペリオン王家を根絶やしにできた、と暗殺に荷担した者たちは誰もが喜んだ。しかし、貴族夫婦には当時生まれたばかりの子供がいた。黒髪の女の子でな……もう16年前になるか」
「それが……私?」
「そう……暗殺の直前、不安に駆られたハイペリオン王は、ある機械技師に生まれたばかりの赤子を預けた。その機械技師の名前をマヌエル・ヴァイスザッハと言った」
「じゃあパパは……」
「マヌエルは、レニの本当の父親ではない。私の弟であり、ハイペリオン王家に仕えるヴァイスザッハ家の人間だ」
様々な情報が入りすぎて、今まで父親だと思っていた人物が父親ではなかった、ということを知っても、さほどの衝撃はなかった。
「でも、パパはパパです……」
レニの素直な気持ちであった。不器用なりに自分を育ててくれた父親は、彼女にとっては本物の父親だ。
「ああ、そうだ。マヌエルはデュナミスとしての身体能力は低かったが、機械をいじることに関しては天才的な知能を発揮していた。レニがハイペリオンの女王となった時、その象徴になるようにと自宅でメックを生産していたんだ……少しずつ部品を細かく分けて運び込んでな。しかし、国際情勢の不安定さから、完成を急いだせいでメックの存在が知られるようになってしまった」
「でも、そのお陰で私は無事です……」
一呼吸おいて、ヴァイスザッハはレニの目を見据えて言う。
「レニ、今のうちに聞いておきたい……ハイペリオンの王位を継ぐ気はあるか?」
「王位を……?」
「バストラを破壊したことで、レニとメックはこれから狙われ続ける。このままでは戦い続けなければならない。ならば、ハイペリオン王家の末裔だと明かした方がいい……ハイペリオン王家に協力する者も多いはずだ」
「もし、継がないとしたら……」
「その時は、レニは死んだものとして適当な死体をブロデアに差し出すさ」
王位を継承しなければ、レニは平穏な日々を送ることができる。戦争とは無縁で、誰かと恋愛し、結婚して子供にも恵まれ、ゆっくりと年老いていく。
それはそれで幸せな人生である。特別ではないかもしれないが、穏やかな暮らしである。しかし、それは「レニ」という個人を殺してしまうことでもある。
自分の選択次第では、自らを殺さなければならない。
「私は……」
その時脳裏によぎったのは、難民たちの姿であった。戦争のために、故郷を追われた者たちである。
戦争を最初に始めるのは政治家で、被害を受けるのは国民である。
もし、自分が王位を継承したら、多くの人を救えるのだろうか。
「私は、王位継承します……」
「戻ることはできないが、いいのか?」
「今の私には、たぶんハイペリオン王家のことも、王位継承の重さについてもちゃんと分かっていないと思います。でも、私は身分を隠して生きるのは嫌です。それに……」
「それに?」
「今日、難民の姿を見ました。彼らが始めたわけじゃない戦争で、故郷を追われてしまった人たちです。私はもしかしたら、彼らのような人々を救えるかもしれない、と思いました。だから私は……」
息を吸い、ヴァイスザッハを見据えて続ける。
「私は、ハイペリオンの女王になります」
その言葉を聞いた途端、ヴァイスザッハはすっと立ち上がり、レニの前に跪いた。
「この日が来るのをお待ちしておりました、レニ様」
「おじさま……」
「いえ、今後はヴァイスザッハとお呼びください。あなた様は、今この瞬間よりハイペリオン王家を継ぐレニ・ハイペリオンとなったのですから」
「レニ・ハイペリオン……」
新しい名前を口にして、不思議な感覚に陥る。それは、自分の名前のようで、全くの他人のようでもあった。




