第33話 乱れる心
レニが目を覚ますと、ベッド脇にはフローラがいた。
「うなされていましたね……」
フローラは心配そうに言う。
原因は分かっていた。レニは昨夜、初めて人を殺した。殺さなければ殺されていた。仕方ないとはいえ、簡単に受け流せない。
幼い頃からの訓練のお陰で、レニは精神の制御ができる。それは、いずれ本当に戦うことになるかもしれないデュナミスとしての運命を察してのものだったのだろう。
だが、今のレニは完全に心をコントロールできないでいた。精神をしっかりと制御できるようになっていない。目を閉じ、呼吸を整え、頭の中を無の状態にする。教わってきたことを繰り返し実行しても、うまくいかない。
どうしてもイルマ・ハイゼの最期の顔が浮かんできてしまう。敵対していたとしても、相手は人間である。兵器工場で作られたわけではなく、人間として生きてきたはずだ。
1人の命をレニは奪った。戦いの中で、相手だって殺そうと本気だった。誰もレニを責めることはできない。レオもフローラも、帰還した彼女を責めたりはしなかった。
いっそ、責められた方が楽だったのかもしれない。
重いと思っていた人間の命が、あまりにも呆気なく消えてしまった。
——命を奪うことが、こんなに簡単だったんだ。
その思いがレニの精神を乱していた。いとも容易く人を殺せることを知ってしまった。デュナミスという能力に対して、恐怖すら覚えてしまう。
「レニ様?」
フローラが顔を覗き込んでくる。
「ごめんなさい、大丈夫」
言っているレニ自身にも、説得力がない言葉なのは分かっていた。それほど声の調子が違っている。
「ハーブティーを淹れましょう。気分も落ち着きますよ」
「ええ、ありがとう……」
すでに用意していたようで、フローラは手際よくハーブティーを淹れる。
「フローラ……あなたは……」
「私も……」フローラは言った。「殺したことあります、人……」
「そう……」
「私の生い立ちは、決して恵まれていません。本当の両親は戦争で死んでしまって、デュナミスであることを利用されて、色々……」
レニにハーブティーを渡したフローラの表情は、いつもと変わらない。淡々と、自らの生い立ちを話している。
「盗みもやらされました。身体能力が優れている分、すばしっこいですし。初めて人を殺したのは、11歳の時です。敵対するマフィアの抗争に参加させられました。最初に殺した時は、私も本当に苦しかったんです。殺した人の顔が夢にも出てくるんです」
そこまで話して、フローラの表情がほんのわずかに明るくなる。
「でも、レオ様がそんな私の生活を変えてくださいました。私を拾って、メイドとして雇ってくださっています。今でも殺した人の顔は時々夢に出てきますが……なんとかやっていけてます」
レニはハーブティーを飲む。熱いハーブティーが染み渡るようである。
「ありがとう……少し落ち着いたわ」
「私でよければ、いつでも……」
フローラは微笑んだ。
——私もこんな風に笑えるようになるのだろうか。
そう思いながら、レニの心は少しずつ落ち着いていった。




