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ハイペリオン戦記  作者: 松本 ゆうき
第3章 開戦
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第22話 ヨハネス・セルチルナー

 その部屋は「研究室」と呼ばれていたが、いわゆる近代的な施設ではなく、見ようによってはただの汚い物置であった。

 本棚に入りきらない本や書類がテーブルを埋め尽くし、椅子や床にまで置かれている。部屋中がカビ臭く、窓も閉め切っているので空気も淀んでいる。

 薄暗い部屋のソファに、1人の男が横になっていた。30代後半の彼は、気持ちよさそうに寝息を立てながら、胸の上に乗せた本を抱きしめている。


 そんな男の顔面に、フローラは分厚い書籍を落とした。

「ああ、もうカビ臭い!」

  男は悲鳴を上げて飛び起きる。

「さすがにこの起こし方は激しすぎるって」

 鼻をこすりながら、彼は不満を漏らす。

「セルチルナー博士、こんな部屋にいたら腐ります。人として」

 ヨハネス・セルチルナー、それが彼の名前である。髪の毛もボサボサで、無精髭も生やしており、冴えない男ではある。

 フローラが窓を開けようとすると、彼は慌てる。

「ダメだって、せっかく書類がまとまってるのに!」

「いや、散らかってるじゃないですか」

「これは散らかってないんだって……僕には分かるんだよ」

 こんな男ではあるが、デュナミス研究で名の知れた人物である。専門はデュナミス能力で、エルフェン共和国のメック開発にも携わっている。

「で、何の用なんだい? まさかデート……」

「それはないです」

「冗談だってば」

 そう言っている割に、セルチルナーは意外とショックを受けているようであった。

 フローラは小さな咳払いをする。

「セルチルナー博士、アウグスト卿がお呼びです」

「アウグスト卿が?」

「おそらく客人のことかと」

 セルチルナーの目つきが変わる。つい先程までは眠たそうにしていた男の目が見開いた。それは、まるで新しい遊びを見つけた少年のように輝いている。

「フローラ、彼女のことを教えてくれないか?」

 彼は客人が女性であることを知らないはずである。なにしろ研究室に籠もりっきりで、訪問者をわざわざ見に行くようなことはしない。

「驚いているね。簡単なことだよ。フローラが世話をしているのだろう? アウグスト卿は女性の客人の世話に男をつけるような無神経なことはしないからね」

 肉体的な強さはまるでないが、彼もまたデュナミスであり、高い知能を持っている。

「その客人は、デュナミスなんだろう?」

「そうです……能力を見たわけではないので、詳しいことは分かりませんが、能力はかなり高いと思います」

「ふぅん……目覚めていないのか、それとも隠しているのか……彼女の特徴はあるかい? 君が感じたものでもいいんだが」

「年齢は私の少し下くらい、たぶん16歳くらいだと思います。出身はヴェルシュナーですが髪色は黒く、あの辺りでは珍しいと仰っていました」

「黒髪ねぇ……確かに珍しい」

「それから、ユニコーンの装飾された首飾りを持っていました……そう、その私が触れようとしたら、まるで電気が走ったようなすごい音がして、怪我をしました」

「ユニコーンの首飾り……まさか……」

「それから『ハイペリオン』という言葉を聞いて、博士を呼ぶようにと……」

「ハイペリオン!」

 セルチルナーは突然大声を上げたかと思うと、ぶつぶつと何かを呟きながら部屋を歩き回る。

「16……1914年生まれ……黒髪、ユニコーン、ハイペリオン……」

 彼は本棚からいくつかの本を抜き取る。

「待たせたね、フローラ。客人のところに案内してくれないか」

「準備はよろしいのですか?」

「アウグスト卿の聞きたいことが分かったからね」


 部屋を出ようとしたフローラは、「ちょっと待って」と呼び止められる。

「フローラ、その怪我はたぶん普通の怪我じゃない……その……この薬ならよく効くから」

 セルチルナーは目を背けながら、フローラの手に小瓶を握らせる。ラベルも貼っていない薬瓶であった。

「さ、さあ……行こうか」

 彼女の礼も聞かず、セルチルナーは先へ進む。


 フローラは、彼に言わなければならないことがあった。

「博士、そっちじゃありませんよ」

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