第19話 真紅のメック
朝食を済ませたカミラは、クラウス・ヴェルマーを連れて、彼女が指揮する第一機甲師団の施設へとやってきた。
ライトが点けられ、真紅の装甲のメックが姿を現す。
「これが試作のメックか?」
ヴェルマーの言葉に若干の戸惑いがあったのは、仕方ないのかもしれない。
目の前のメックは、ブロデアのメックであるバストラと比べて細身であった。バストラが重装甲に身を包んだ騎士であるならば、このメックは必要最低限の防具だけを身に付けた傭兵である。
「総統閣下、このメックこそが我がローゼンハイム家の導き出した結論です。厚い皮膚より速い脚……かつて巨大なメックが小型化したのは、スピードを求めたからです」
「バストラよりも装甲が少ないのはそのためか……しかし、防御の面ではどうだ?」
「機関銃、地雷、爆弾、大砲……いずれの直撃も無傷、または僅かに傷が付く程度です。そもそも、それらの旧世代の兵器はメックには無意味です」
「ならばメック戦はどうだ?」
「もちろん、スラヴァーの直撃を喰らえばひとたまりもありません。しかし、それはスラヴァーが直撃したら、の話です。まず当たらないでしょう」
ヴェルマーが微笑んだ。
「なら、ぜひとも動いているところを見たいのだが……」
「閣下、偶然にも空いているバストラが1騎あります」
* * * * *
試作メックは外へと運ばれた。そこはメック用の演習場であり、元々は使われなくなったラグビー場を改装した場所である。主に訓練のために使用されるが、新型のメックのお披露目もここでされる。ちょうど数年前、ここでバストラが初披露された。
観覧席にヴェルマーがいて、演習場全体を見下ろしている。
カミラの前に、手錠をはめられた男が連行されてきた。
数日前、酒に酔って女性に乱暴して憲兵隊に捕まった。彼自身もそれなりに能力の高いデュナミスであるため、憲兵隊もだいぶ苦労したようである。5人かがりで1時間かかったと、カミラは聞いていた。
「これはこれは……カミラお嬢様じゃあないですか!」
手錠をついた手を振りながら、男は手を振る。
制服の階級章は、カミラと同じ侯爵であった。
「お忘れですか? 私です、シュプレーです!」
「シュプレー侯爵、だったかな?」
カミラはそう言うと、口の端を上げる。
「すまないな……三流の名前をいちいち覚えてないんだ」
「てめぇ……!」
シュプレーと名乗った男は、手を強く握っている。今にもカミラに飛びかかりたそうであった。
しかし、そんなことで怯むほど、カミラはおしとやかではない。
「シュプレー……卿は酒に酔い、女性に暴行、憲兵隊にも負傷者を出した! この罪を認めようが認めまいが、そんなことはどうでもいい! この罪に対し、一度だけ挽回するチャンスを与える!」
演習場にバストラが運ばれてくる。
「あのバストラで戦う機会をくれてやる! たった一撃でいい、私の乗るメックに攻撃を与えたら、卿の罪を免除してやる!」
話を聞いていたシュプレーの表情がどんどん険しくなる。そして、その険しくなった顔をカミラへと近付ける。
「おい、カミラ……俺は侯爵だ。お前と同じ爵位のなッ!」
デュナミスは世代を重ねるごとに強くなる傾向にある。多くの優秀なデュナミスを排出した家系には高い爵位が与えられる。故に、上位の爵位ほど強い、と言い換えることができる。
カミラもシュプレーも、王族以外ではもっとも高い爵位である。40歳とデュナミスとしてもベテランのシュプレーが、22歳のカミラ相手に「一撃当てれば無罪」という条件を突き付けられた。
「たった一撃でいいんだな?」
「ああ、一撃でいい。なんなら、直撃じゃなくても構わない。ほんのちょっとの傷でも付けられれば、それでいい」
破格の条件である。いや、むしろ馬鹿にすらされている。
「その言葉、忘れるなよッ!」
シュプレーはそう言い放つと、バストラへの向かっていった。
* * * * *
試作メックにダイブしたカミラの視界が明るくなり、体中の感覚が同期する。
カミラは、まだ名前の付いていない真紅のメックの武装を確認する。右手に持っているのはブロデアの標準的なスラヴァーに改良を加えたものである。出力は変わらないが、軽量化されていて扱いやすくなっている。また、左前腕部には巨大なシールドを持たない代わりに、ヴリル放出器が付いている。シールドがなくなっただけでも、かなり動きやすい。
彼女に対するのは、シュプレーのバストラである。
『ずいぶん細いじゃないか』
バストラは各部を動かしながら、動作チェックを行っている。
「一応言っておくが、そのバストラには手を加えてある。通常よりも反応速度が良くなっているはずだ」
『らしいな。これなら簡単に当てられそうだ』
「ああ、そうだ。始まりの合図はないが、卿から攻撃してくるといい」
『ハンデのつもりか?』
「ハンデじゃあない……単純に見下しているんだよ」
シュプレーの表情は見えないが、明らかに激怒している。
バストラが走る。距離にして30メートル。スラヴァーに粒子を纏わせて、大きな足音を立てて迫ってくる。シールドを構えようとする気配もない。
怒りに満ちた、荒々しい一撃を放ってくる。
しかし、カミラの動きは落ち着いていた。左前腕を前に出し、バストラの剣がぶつかる直前、ヴリル放出器を起動させる。
粒子同士が衝突し、激しくスパークを起こし、バストラのスラヴァーは弾かれ、僅かによろける。
カミラが動く。
スラヴァーの一閃で、バストラの左腕を斬り落とす。
耳に突き刺さるような、シュプレーの悲鳴がする。
「卿には黙っていたが、そのバストラは反応速度を上げてある代わりに、痛覚は20倍まで上げてある。普通の人間なら絶命するほどの痛みを、卿は今味わっているのだろうな」
果たして、彼にカミラの言葉が届いているのだろうか。バストラは尻餅をついて、苦しそうにもがいている。
「それから、任意でダイブアウトできないようにもなっている。頭部を破壊されなければ、卿はバストラから降りることはできない」
カミラは踏み込み、一撃でバストラの右腕を吹き飛ばす。
* * * * *
それは、たった数分間の出来事であった。
バストラと試作メックの戦いは、すぐに決着が付いた。演習場には四肢を失い、腹部を損傷したバストラが転がっていた。
シュプレーの生死を確認するため、頭部を破壊したカミラは、ダイブアウトしてメックを降りる。
バストラの胸部から、シュプレーが這い出してくる。まだ生きているようだが、もはや戦う前の威勢は失われている。
「残念だったな……私に触れることすらできなくて……」
その言葉を聞いて、シュプレーの顔に怒りが満ちると、彼はカミラを睨み付ける。
彼の影から触手のようなものが数十本伸び、カミラへ襲いかかる。そのスピードは銃弾よりも速く、釘のように鋭い。
音も無く、衝撃も無く、予備動作も無いこの攻撃こそが、シュプレーの能力であった。大抵のデュナミスでは避けることはできず、気付いた時には串刺しになって死を迎えている。
シュプレーは、影の弾丸を使った相手を常に殺してきた。
ただ、彼の唯一の誤算はカミラ・ローゼンハイムを敵に回したことである。
彼女の周囲の動きが遅くなる。
カミラの能力は<加速>であった。しかし、ただの加速ではなく、周囲の時間の流れさえ歪むほどの<超加速>である。影の弾丸でさえ、まるで止まって見える。
「卿は幸せだ……私の能力で死ぬことができるんだ」
襲いかかる鋭い弾丸でさえ、彼女にとってはまるで飛来する蚊を避けるよりも簡単なことであった。
「もっとも、能力を知覚する暇もあるまい……」
次の瞬間、カミラはシュプレーの背後にいた。
時の流れが元に戻る。
シュプレーの首には、ナイフが深々と刺さっている。
「地獄での土産話にもならなくて、すまないな」
動かなくなった侯爵に対して声を掛けたカミラは、真紅のメックへと向き直る。
「そうだ、お前の名前はケーニギンだ。ブロデアの言葉で『女王』という意味だよ」
人を殺めた直後のカミラの目は、まるで我が子を見つめるように優しく澄んでいた。




