第15話 砦からの脱出
レニは走った。
普通であれば、つい先ほど知り合ったばかりの、しかも捕まっていた男に背を向けることは、危険なはずである。
それしか自分の助かる術がない、と考えてメックへと走っているというのもあるだろう。だが、それ以上にレオを信用することができた。
それは直感的なもので、レニ自身も言葉にできないくらいに曖昧だが、確実な信用であった。
彼女の姿に気付いた兵士の1人が自動小銃を構える。銃声とともに、複数の弾丸が飛来する。
斬り払うこともできたが、そのためにはスピードを落とさなければならない。
体の最小限の動きだけで、レニは弾丸を避ける。彼女の目には高速の弾丸の軌道が完全に見えていた。
走るスピードは落とさず、レニは兵士へと近付き、スラヴァーに粒子を纏わせると、すれ違いざまに自動小銃を切断する。
複数方向から銃声がする。そのうちのいくつかはレニへと向かってきたが、いちいち処理している暇はない。
——ハイペリオンに搭乗した方が早い。
スラヴァーの粒子を解除し、再び疾走する。
ハイペリオンの周囲には科学者や整備士たちが右往左往していた。兵士のように戦場には慣れていない。
「死にたくなければ退きなさい!」
スラヴァーを持って走ってくる少女の声に、男たちは慌てながら道を作る。彼らが開けてくれた道を通り、レニは飛び上がるとハイペリオンの腕へ上がり、続けて肩へと上がる。
幸い、スラヴァーもシールドも外されていない。
——開けなさい。
そう念じたレニに呼応するように、ハイペリオンの胸部装甲が開く。
メックの胸部装甲の下にあるダイバールームは、お世辞にも快適とは言えない環境である。暗くて狭く、椅子さえ無い。だが、レニにとって数時間ぶりに入ったダイバールームは、懐かしくて安心する場所だった。
「……ダイブ!」
視界が暗くなり、レニの体の感覚は溶けていく。
ゆっくりと視界を取り戻していくに従って、左手に痛みが走る。左腕での戦闘は期待できないだろう。
ヴリル・ジェネレーターの高いうなり声を上げて、ハイペリオンが動き出す。簡易的な拘束具が取り付けられていたようだが、前へと踏み出して強引に破壊していく。
振り向きざま、隣でまだ起動していない2騎のメックをスラヴァーで斬りつける。動いていない標的に当てるのは容易い。脚部を破壊され、真っ赤なオイルを滴らせ、大地へ倒れ込む。
これで、このメックは追ってくることはない。
地上の兵士がハイペリオンに向かって自動小銃を撃ってくるが、もちろん効かない。所詮は人間用の武器である。何十発当てようと、特殊超合金製の装甲を傷付けることさえできず、せいぜい空しい金属音を響かせる程度だ。
例え大砲であっても、ハイペリオンの歩みを止める要因にはならない。
20メートル先、壁際にレオが追いつめられていた。相手はクレマンと名乗った指揮官である。クレマンがトライエッジを放つ。非常に精度の高い剣技だったが、刃で焼かれるより早くレオが前に踏み込む。トライエッジは止み、レオのスラヴァーはクレマンの胸を貫いていた。
ハイペリオンで彼の元へと走っていき「レオ、乗って!」叫んだ。彼女が乗りやすいように手を差し伸べようとしたが、レオは一度の跳躍でハイペリオンの肩まで乗る。
『レニ、砦を出るぞ!』
「ええ!」
もはや、2人が砦を脱出するのに、何の妨げもなかった。
指揮官を失って混乱している砦を後にし、ハイペリオンの白い装甲は闇の中へと消えていく。
「レオ、これからどこへ行くの?」
『このまま北へ向かってくれ』
「でも、北に行ったらエルフェン共和国に入るわよ」
『そうだ、エルフェンへ向かう』
メックは兵器である。他国の兵器が侵入すれば、その先の展開は明らかである。
「戦争になるわよ」
『ならないさ』
レオは、自信たっぷりに言う。
『俺の名前はレオポルト・アウグスト。エルフェン共和国の侯爵だ』
1930年7月1日へと日付が変わろうとしていた。




