最終話 月と太陽
家から飛び出した僕は鵜飼さんと一緒に河川敷の公園へ向かった。
夜の帳はすっかり降りていて、街灯と月だけが光っている。
自販機で飲み物を買うと、鵜飼さんは炭酸飲料のプルタブを勢い良く開けて、そのまま喉へと流し込む。
「ぷはー!やっぱりひと仕事終えたあとの炭酸飲料は最高だね!」
「う、うん……、そうだね」
僕は鵜飼さんがスカウトされたことが気になりすぎて気が気じゃなかった。
そんな心ここにあらずな状態が影響したのか、僕の手にはおしるこの缶が握られている。
「どうしたの?元気ないじゃん。『会いたいです』ってメッセージが岡林くんから来るからびっくりしたんだよ?」
鵜飼さんは変わらないテンションでそう言う。
ここはまどろっこしい話は無しだ。直球勝負で聞きたいことを聞こう。
「あの、さっき鵜飼さんと話をしていた男の人のことで……」
「あー、あの人ね。ぶっちゃけると芸能事務所の人だったよ。私をスカウトしにきたんだって」
「やっぱり……、そうだったんだね」
聞くまでもなかったかと僕は更に落ち込んだ。
やっぱり、スカウトされたらそりゃあ承諾してしまうよなって完全に思い込んでしまった。
でも、鵜飼さんは予想だにしない言葉を続ける。
「それで色々話を聞いたんだけど、結局断っちゃった」
「へぇ……、断っちゃったんだ……。って、ええー!!!???」
僕は驚きのあまり土曜のお昼にテレビでやっている新喜劇よりも大げさにノリツッコミを入れてしまった。
鵜飼さんがスカウトを断っただって?どうしてなんだ?
「そんなに驚かないでよ。だって歌手としてじゃなくて、アイドルグループの練習生でスカウトされたんだもん。私、アイドルは好きだけど演りたいとは思わないし」
鵜飼さんはどうやら、あくまで歌手デビュー狙いだったらしい。
アイドルとなれば多人数のグループになるのは間違いないだろうし、なおかつ練習生となればデビュー確定でもない。彼女の要望を満たすスカウティングで無いといえばそれまでなのだ。
「それに、今まで秘密にしていたけど私ってダンスが超苦手なんだよね」
「そうだったの?中学のときにアイドルのマネをやっていたって言ってたからてっきり……」
「いやーもう踊るのホント無理って感じ。関節に油差したほうがいいよって何度友達に言われたことか」
確かに陽キャな人はよく踊っているという僕の勝手なイメージがあるけど、鵜飼さんが踊っているのは見たことがない。
全力で踊る鵜飼さん、逆に見てみたい気もする。
兎にも角にも鵜飼さんがスカウトされてどこかに行ってしまうという線は無くなった。
それだけで僕の心は大分落ち着きを取り戻した。
「……それに、デビューするなら岡林くんと一緒じゃなきゃ嫌だなって思った」
「えっ?」
ちょっと意外な鵜飼さんの言葉に、僕はドキッとする。
「だって、私が一番輝けるように歌を作ってくれるのは岡林くんしかいないんだよ?どんなプロの作曲家さんと比べても、それだけは間違いなく岡林くんが優れてるんだもん」
「鵜飼さん……」
そこまで鵜飼さんが僕を買ってくれているなんて思っていなかった。だから僕は困惑してよくわからない表情を浮かべていたと思う。
「あれ?その感じ、もしかして私がデビューしてどっかに行っちゃうと思ってた?」
「……思ってたよ!あっさりデビュー決めて、世界に飛び立って行くんじゃないかって!」
感極まって僕は思わず大きな声を出してしまった。
鵜飼さんがどこかへ行ってしまうと思うだけで、僕には耐えられないようなことなのだから。
「だから……、ぼ、僕は……、鵜飼さんがいなくなって欲しくないなって……、そう思って……」
「んもー、そんな薄情なことしないって」
僕が言葉を絞り出すように気持ちを吐き出すと、鵜飼さんはちょっと呆れたかのように返してくる。
そうして少し間をおいて、鵜飼さんは急に落ち着いた声のトーンで続ける。
「でも、岡林くんも私と同じこと思ってくれてたんだね。すごく嬉しい」
鵜飼さんが優しい笑顔を浮かべてそう言うので、僕は嬉しさでいっぱいになってきた。おまけに、まじまじとそう言われてちょっと恥ずかしい。
「ふふっ、岡林くんたら顔真っ赤だよ?暗くてもわかっちゃうぐらい」
「こ、これは鵜飼さんのせいだよ!」
「そうだねー。岡林くんてば、私のこと大好きだもんねー」
「なっ……!」
図星オブ図星。心の中で思っていたことをズバリと鵜飼さんが突いてくるので、僕は何も言えなくなってしまった。
情けないことに、これでは好きだと伝える前に好意がバレてしまう。ダサすぎるといえばダサすぎる。
しかし、僕の挙動不審っぷりに対する鵜飼さんのリアクションも意外なものだった。
「えっ……?ちょっ……、待って待って、その反応は予想外なんだけど!?」
「あっ、ご、ごめん……。本当にごめん……」
「謝られるのはもっと予想外なんだけど!そこは胸を張って好きって言ってよ!」
「だ、だって……、僕が『好き』なんて言ったら、鵜飼さん迷惑かなって……」
思わず謝ってしまうのは僕の悪い癖。
「そんなことない。だからちゃんともう1回言ってよ」
でも、『好き』と言っても迷惑じゃないと彼女は言う。
これはもう、告白というより意思確認作業と言ってもいい。
「ええっと……、その……、鵜飼さん……」
「うん」
「月が綺麗ですね」
「それを恥ずかしがらずに一発で言えたらカッコよかったのに」
言い放ってからバカなことをしたなと大反省した。
普通に好きだと言えばいいのに、いざ面と向かって言おうとするとこんな風にすっぽ抜けたボールを投げてしまうのだ。
こうなると余計に恥ずかしい。
もうヤケだ、鵜飼さんの気が済むまで言ってやろう。
「あーもううるさいなあ!好きだよ好き!鵜飼さんのこと好きだよ!」
まるで駄々っ子のような僕を見て、鵜飼さんはなんだか楽しそうだ。
そして彼女はお返しの一撃だといわんばかりに、破壊力の高い一言を返してくる。
「――私も大好きだよ、岡林くん」
暗い夜の中でもはっきりとわかるぐらい、鵜飼さんは太陽のように笑っていた。
〈了〉
読んで頂きありがとうございました!
一旦岡林くんと鵜飼さんの物語はここで終わりです
10万文字、連載およそ1ヶ月あまりの間お付き合い頂き本当に感謝感謝です
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それでは、また
水卜みう