038 これだから最近の岡林くんは最高なんだ
書類選考通過の連絡は、応募して3日後には返ってきた。
普段まず鳴らない僕のスマホが授業中に急に鳴り出すものだから、鵜飼さんに言われるまで自分のスマホが鳴っていると気が付かなかった。
おかげで僕のスマホは先生に没収されたので、実際に通過の連絡を確認したのは放課後になってからだ。
スマホを回収して教室に戻ると、まるで僕からの『選考通過』という言葉を待っていたかのように鵜飼さんがそこにいた。
もちろん僕は、もったいぶらずに結果を教えてあげた。
「とりあえず第1関門突破だね!あとはライブを全力で演るだけだよ」
「う、うん……、そうだね……」
「どうしたの?もしかして岡林くん、もう緊張してきたとか言わないよね?」
「しょ、しょんなことはないよ?」
動揺しすぎてめちゃくちゃ噛んだ。
鵜飼さんはそのお手本みたいな噛みっぷりに思わず吹き出す。
彼女の前では嘘などつけないから白状するけど、内心めちゃくちゃドキドキしている。
なにせピアノのコンクールなんかでは当たり前のように梓に負けてきたし、YouTubeチャンネルは歌の下手さが逆にウケているという不本意な評価を得ている。
真っ当に自分の作った曲が評価されるというのは、もしかしなくともこれが初めてなのだ。動揺しないわけがない。
「ふふっ、まるでのど自慢のときの私みたいだね」
鵜飼さんはいたずらっぽく笑う。
確かに、あののど自慢のときは鵜飼さんがガチガチに緊張していたっけ。
「ちなみに、あの時の鵜飼さんはどうして緊張していたの?」
「そりゃもうあれだけのお客さんがいたし、テレビで全国放送だし、それに……」
「それに?」
「もしかしたら……、上手く歌えたら歌手デビューなんかもあり得るのかなって思うと、絶対に失敗できないなって考えちゃってね」
のど自慢で凄まじい歌唱力を見せつけた素人が、業界人の目に留まって歌手デビューなんていうのは何件か実例がある。
もちろん一筋縄ではいかないわけだけど、鵜飼さんみたいなルックスも歌も抜群で自身がある人ならば、当然そのチャンスを掴みたいと思うだろう。
「今思うと、私ったらなに夢見がちなこと考えてるんだってツッコミたくなるけどね」
「そんなことないよ。鵜飼さんだったら本当にデビューしちゃうかもって、僕は思ってたよ?」
「えっ……?そ、そう?本当に……?」
「う、うん……、本当に。こんなこと、嘘をついても仕方がないし」
正直に思っていたことを伝えただけなのだけど、鵜飼さんはどうやら僕のその言葉がとても意外だったらしい。
「……岡林くんって、たまに大胆だよね」
鵜飼さんは恥ずかしそうにそう言う。
でも僕は自分が大胆なことをした記憶があまりない。むしろ鵜飼さんがさんの方がよっぽど大胆な行動を取っているわけだから、余計によくわからない。
「そ、そんなに大胆かなあ……?あっ、もしかしてのど自慢のときに市民ホールでコケたり、カフェでコーヒーこぼしたりしたこととか?あれは大胆と言うより僕がドジなだけで……」
「そういうことじゃなくて。……もう、岡林くんのバカ」
「ええっ、僕なんか悪いことした?」
「もう大罪も大罪だよ。執行猶予なしの実刑判決」
物騒な言葉を並べつつ、鵜飼さんは呆れながら笑う。
なんだかんだ楽しそうな彼女の姿を見られるのは、僕にとっても嬉しいことだ。
「歌手デビュー、できるといいね」
僕は嘘偽りなくそう言う。
鵜飼さんはこの世で1番歌姫にふさわしい存在だ。当然もっと上のレベルで広い世界を見てもらいたいと願っているのだ。
「なーに他人事みたいに言ってるの。岡林くんこそ、音楽クリエイターとしてデビューしてもらわないと困るんだけど」
「困ると言われても困るんだけど……」
「だって、ベニーさんの曲をちょうだいって言ったらOKしてくれたんだもん。だから責任とってデビューしてよね」
「あれはその……、言葉のあやというか、状況が状況だったし……」
僕は思わず、鵜飼さんにベニーの正体を暴かれた時のことを思い出す。
よっぽど衝撃的だったのか、真っ先に情景が浮かんだのは鵜飼さんが僕に馬乗りになっていているシーン。
免疫のない僕には視覚的な刺激が強すぎて、そのあとしばらく悶々とした記憶がある。
「じゃあ、あれは冗談ってこと?」
「そ、そういうわけじゃないよ。鵜飼さんが輝けるように、全力でサポートする。これは嘘でもなんでもなく本心だよ」
「ふふっ、やっぱり岡林くんは岡林くんらしくて最高だね」
鵜飼さんは親指を立ててグッドサインを見せつける。
相変わらずの長い爪が今日も異様に目立っていた。
「僕が僕らしいって……、それどういうことなのさ?」
「言葉のまんま。やっぱりありのままの岡林くんが1番だよ」
「ありのまま?」
「そう。変に取り繕ったり、無理に頑張ってカッコよく見せようとしなくても岡林くんは大丈夫。だから緊張することもないってことだよ」
そういうことかと僕は彼女の意図を理解した。
僕が市民ホールの客席でコケたように、鵜飼さんも鵜飼さんなりに僕の緊張を解こうとしてくれていたわけだ。
そんな彼女の優しさに気づいた僕は、いつの間にか緊張などなくなっていた。
さっきまでのビビっていた僕はもういなくて、今やライブが楽しみで仕方がなくなっている。
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