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010 ダイナミック金欠

「マイクもたくさん種類があって迷っちゃうねぇ」


 マイクコーナーに来た僕らは、ショーケースに陳列されているピカピカのマイクたちを眺めていた。

 さすが大手楽器店というだけあって、結構な品揃えだ。


「ねえ、どういうマイクを使えばいいかな?」


「ええっとね……、ライブで使うならこの『ダイナミックマイク』っていう種類のを選ぶといいと思う」


「ダイナミック……、なんだか強そうな響きだね……!」


 鵜飼さんは何故か目をキラキラさせてそう言う。


 マイクというのは大きく分けて2種類あって、ダイナミックマイクとコンデンサマイクに分かれる。


 コンデンサマイクは高音質でノイズが少ないけど耐久性に難ありなので主にレコーディングで使われる。

 よく、youtubeの『THE INITIAL TAKE』なんかで歌手の人が使っているマイクがそれだ。実は漫才のセンターマイクもコンデンサマイクだったりする。


 一方でダイナミックマイクは構造がシンプルで壊れにくいのでライブでよく使われる。

 よくライブ映像なんかで見るマイクはまず間違いなくそれだ。


 これから鵜飼さんがボーカリストとして活動する上で持っておくならば、俄然ライブ用のダイナミックマイクだろう。


「ダイナミックマイクの定番アイテムといえばこれかなあ」


 僕はショーケースの中にあるSHUREのSM58を指差す。

 みんなが『マイク』という単語を聞いたときに思い浮かべるシルエットそのままのマイクで、世の中のライブハウスやスタジオでこのマイクが無いところは無いというぐらいの定番アイテムだ。


「確かにザ・マイクって感じだね。うーん……」


 スタンダード中のスタンダードとも呼べるモデルを前にして、鵜飼さんはちょっと思い悩む。

 もしかしたら、あまりピンと来ていないのかもしれない。


「鵜飼さん?どうしたの?」


「うーん、定番なのはわかるんだけど……、これだったらわざわざ私が持つ必要も無いよなーって」


「まあ確かにそうだね。日本全国どこに行ってもこのモデルはあるからね」


「もっと個性の強いモデルとかない?出来れば使いやすいやつで」


 そう言われて僕は頭を抱える。


 ダイナミックマイクというのはデザインがだいたい完成されていて、どのブランドのマイクを手に取っても見た目だけで際立つ個性というのは出にくい。

 もちろんサウンド面では大きく変わるのだけれども、その解説を今の鵜飼さんにするのは野暮だろう。


 2人でショーケースの中をああでもないこうでもないと眺めていると、ふと鵜飼さんがとあるアイテムを指差した。


「ねえ岡林くん、これって……」


 鵜飼さんの指と視線の先には、一際異彩を放つダイナミックマイクがあった。


 SHUREの55SHシリーズ2、いわゆる『ガイコツマイク』と呼ばれるマイク。

 ちょっとレトロな見た目で、エルヴィス・プレスリーなんかが使っているイメージがある。でも、その個性というのは他のマイクと一線を画している。


 鵜飼さんはまるで一目惚れしたかのように、ガイコツマイクに釘付けになっていた。


 僕は鵜飼さんのその姿を見て少し想像する。

 ガイコツマイクを手にした鵜飼さんが、スポットライトの当たるステージで僕が作った曲を歌う。


 観客はその鵜飼さんのアクトに熱狂していて、彼女は『歌姫』と呼ばれるに相応しい姿になっているのだ。

 とても素敵で、キラキラしていて、ワクワクするような眩しさが、ステージ上の鵜飼さんから放たれている。


 まさに太陽のような輝きだ。

 こんな鵜飼さんの姿に違和感なくガイコツマイクが馴染んでいる。これはもう、このマイク以外の選択肢は無いと言ってもいい。


 ふとそんな妄想から我に返ると、さっきまでガイコツマイクの魅力に取り憑かれていた鵜飼さんの表情が青ざめていく。一体どうしたんだろう。


「う、鵜飼さん……?大丈夫?なんだか見たくないものを見てしまった顔をしているけど……?」


「ね、ねえ岡林くん……、このマイクの値札って、これだよね……?」


 鵜飼さんはガイコツマイクの隣にある値札を指差して言う。

 価格はだいたい諭吉さん2枚と樋口さん1枚ぐらい。高校生の買い物にしてみたら結構高い部類に入る。


「そ、そうだね。ガイコツマイクはSM58なんかに比べたら確かにちょっとお値段が張るね……」


「ワンチャンこの値札が日本円じゃなくて台湾元とかだったりしない?」


「さすがにそれは無いよ鵜飼さん……。ここは日本のど真ん中だもん」


 鵜飼さんは「だよねー」と言って、ため息をつきながらがっくりとうなだれる。

 一目惚れしたアイテムが思っていた以上の値段だっただけに、結構な落ち込みようだ。


「……岡林くん、この気持ちを歌にして一曲お送りしてもいいかな?」


 まるで悟りを開くかのように鵜飼さんはそう言う。


「い、いきなりどうしたんだよ鵜飼さん……?」


「フフフ……、今ならこの歌を歌えそうな気がするよ……」


 夢破れた彼女がどんな歌を歌い出すのか身構えていると、鵜飼さんはサラッとタイトルコールをする。


「聴いてください。鵜飼茉里奈で『予算・イズ・オーヴァー』」


「お……、欧陽菲菲オーヤンフィーフィー……?」


 鵜飼さん、案外懐メロもいける口なんだなと僕は思った。


 その帰り道、しょんぼりしながら自分の財布の中身を覗く鵜飼さんがなんとなく不憫そうに見えた。

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