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第10話 魔王の桜

「お菓子。お菓子」

 緑の瞳に金髪を両耳の上でお団子にまとめた少女が、背中に生えた透明な2対4枚の翅をはためかせながら俺の顔の周囲を飛び回る。

 手のひらサイズの小さな体で。

「妖精?」

「そうだよ~。だから早くお菓子くれよ~。妖精にお菓子あげると良い事があるんだよ~」

「フィア! いい加減なこと言わない」

 フィリアレットさんが『フィア』と呼ばれた妖精の頬をつねる。

「イヒヒヒヒヒ。ごめんなさい~」

「お知り合いですか?」

「もちろんよ。私は妖精女王なんだから。この子達は私の子供のようなものよ」

「達?」

 気が付くとフィリアレットさんの周りにはたくさんの妖精達が飛んでいた。

「なんか、みんなオシャレですね」

 妖精達はそれぞれ違った髪型で様々な服を着ている。

「でしょ~。みんなお手製だよ~」

 フィアが嬉しそうにクルッと回る。

 それに呼応して他の妖精たちも自らの髪型や洋服を披露するように回り始めた。

「おお~」

 とても可愛らしい光景に自然と俺やみんなから拍手が沸く。

「もしかしてフィリアレットさんの服もですか?」

「そうよ。この子達は服を作ったり髪を編んだり整えたりするのが好きなの」

 それで魔力で作ったものではなく実体のある服を着てるのか。

「君のも作ってあげようか?」

 そう言いながらフィアが俺の目の前に飛んできた。

「いいの?」

「うん。お菓子くれたらね~」

 やっぱり。

「ごめんね。昨日の食事の事この子たちに話したらどうしても食べたいってきかなくて。今日のお昼ご飯この子たちにも食べさせてくれないかな?」

「もちろん良いですけど……ラナさん」

 作るのはラナさんとベルだし、材料があるのかの問題もある。

「問題ありません」

 ラナさんの頼もしい返事にベルも頷く。

「俺も大丈夫っス」

 トーマもやる気になっているようだ。

 お菓子と聞いて自分の仕事だと察したのだろう。

 正直トーマのデザートは美味しいので凄く助かる。俺も食べたいし。

「じゃあ。頼むよ」

「師匠は作らないんスか?」

 あ。

「あなたも作るの?」

 どっきり作戦が。

「つ……くろうかな」

 もういいや。

「そう。じゃあ、あなたの料理も楽しみにしてるわね」

「はい」

 お昼までにはまだ時間はある。

 なんとか少しでも高みへ……。


 結果。

 やっぱりトーマのデザートがバカウケだった。

 俺もゼリーの他にリンゴのシャーベットも作ってみたけど、至高の甘味の後では何を口にしても霞む。よね。

 出した順番が悪かった。トーマのデザートより先に出すべきだった! のだ。

「これも美味しいわよ」

 俺の落胆した表情に気を使ってくれたのかフィリアレットさんがリンゴのシャーベットも美味しそうに食べてくれている。

「ありがとうございます」

 まぁ、リンゴを凍らせて摺り下ろしただけなのだからマズくはないよね。

 もう少しアレンジしたかったけどそんな知識も発想力も俺にはなかった。

「ねえねえ。どんな服が良い?」

 フィアがトーマが作ったクッキーをかじりながら聞いてきた。

「作ってくれるの?」

「もちろん。君が作ってくれたのも美味しかったし」

 この子も気を使ってくれてる……という感じではない。な。

「ありがとう」

「えへへへへへ」

 フィアは嬉しそうに翅をはためかせた。

 早速、フィアに作って欲しい服の感じを伝えていると、ふと胸ポケットに手を入れると紙に挟んで入れたままにしていた花びらに気が付いた。

 先日ソブラタの上空で掴んだ花びらだ。

「フィリアレットさん、この花見たことありませんか?」

 フィリアレットさんなら何かを知っているかもしれないと思い、花びらを挟んだ紙を差し出す。

「これ、どこで?」

「ソブラタの上空で舞っているところをつかみ取りました」

「そう……あんなところまで飛んで行っていたのね……。それとも……」

 フィリアレットさんは花びらから俺に視線を移し、見つめる。

「これも繋がりが導く運命かしら」

「それは、どういう」

「そうね。あなたなら『彼』を呪縛から解き放てるかも……」

 フィリアレットさんは俺の疑問には答えず、自分の中で何かを納得し、俺をどこかの森の中に転移させた。


「ここは?」

 フィリアレットさんに尋ねる。

 他には誰もいない。と思ったら千代がいた。

 千代も戸惑っている様子だ。

「西の大陸の東にある島よ」

「え? あ。西の大陸……」

 なぜ千代も連れてきたのか気になったけど言葉にはしなかった。

 聞かなくてもすぐに分かる気がしたから。

 まだ昼過ぎだが上空には分厚い雲が広がっているため、森の中は薄暗い。

 湿度も高くジメジメしている。

「ユイ様」

「うん」

 何かが来る。

 殺意を抱いて。

「アンテッドよ。蹴散らしていいわ」

 瞬間。左の茂みから牙を向いた何かが襲ってきた。

 先程のフィリアレットさんの『蹴散らしていいわ』に釣られ、左足裏で蹴り飛ばす。

 俺に蹴り飛ばされた何かは木にぶつかり弾けた。

「ダーブマのアンテッドですね」

 ダーブマは狼型の魔獣で群れで行動するらしい。

「群れ……アンテッドになってもそうみたいだ、な!」

 次から次へとダーブマのアンテッドが襲ってきた。

 とはいえ、大した強さではないので問題はない。

 ただ……。

「これ、ダメージ受けたらこっちもアンテッドになったりしませんよね」

 ゾンビ映画みたいに。

「しないけど……なぜそういう発想になるの?」

「ええと。細菌……とかで?」

「大丈夫よ。細菌でアンテッドになっているわけではないから」

「じゃあ、アンテッドになる原因って?」

「肉体の情報と魔素よ」

 死後、肉体の腐敗は魂が切り離れたことにより始まり、その過程で肉体に蓄積された魔素が何かしらの外的要因により凝縮し魂の代用となった時、アンテッドとして動き出すらしい。

 ただし魔素の塊はあくまで偽魂。次第に魔素は減少し同時に肉体も腐敗していく。

 それを止める方法は魔素を取り込むしかないので、アンテッドは魔素を求めて本能で生あるものを襲う。

「何かしらの要因って?」

「魔法であったり自然現象であったり。まぁ、この辺りの場合はその中間というところかしら」

 中間……。


 森を進むとダーブマ以外にも様々な魔獣のアンテッドが現れた。

 獣型、昆虫型、植物型……幸い、人型のアンテッドにはまだ出くわしていない……。

「どうしたの?」

 暗い表情をしていたのだろう、フィリアレットさんが俺の気持ちを慮るように尋ねてきた。

「人も……アンテッドになりますか?」

「なるわよ」

 あっさり告げられる。

「ただ、さっきも言ったように魂はないから意味のない存在よ。この辺りにはいないけど、どこかで出くわしたら余計な事は考えすに滅しなさい」

 意味のない存在……なかなか冷酷な言い方だ。

 だけど、俺はその言葉に安堵した。

 先程から人のアンテッドに出くわした時のイメージをしていた中で、救う方法があったらと考え倒せるか不安だったのだ。

 ただそれが救いたい相手だった場合は……。

 俺は腹を括ることが出来るだろうか……。

 結局、また暗い表情で森を歩くことになり、フィリアレットさんがそんな俺を見て優し気に苦笑した。


「魚?」

 少し開けた場所に出た瞬間、水面で何かが跳ねる音が聞こえた。

「泉の魚ね」

「泉?」

 薄暗い中、目を凝らして周囲を注視してみると確かに泉があり、その側には古ぼけた木造の平屋の家が建っていた。

「あの家はあなたの祖先がこの世界に来たばかりの時に住んでいた家よ」

 フィリアレットさんが千代に告げた。

「ご先祖様がここに?」

 千代は過去に思いを馳せた瞳で古ぼけた家と周囲を見渡す。

 今は暗くて不気味な雰囲気が漂う場所だけど、空が晴れていて泉が清廉な水を湧き出させていればきっと長閑で美しい場所だと思う。

「行くわよ。今の目的の場所はここじゃないわ」

 フィリアレットさんは千代が感傷にふけるのもそこそこに再び森に足を向けた。

 稲を探しに行った時のようになぜ目的の場所の近くに転移しなかったのだろうと疑問に思っていたけど、もしかしたらアンテッドとこの家を見せたかったのだろうか……。

 俺たちは再び森を進む。

 そして、無事森を抜け平原に出ると生暖かい風が俺たち髪を揺らし、ソブラタの上空で掴み取ったのと同じ花びらが一枚、俺の頬に張り付いた。

「着いたわよ」

 フィリアレットさんの言葉を受け、花びらから視線を上げるとそこにはとても幻想的な光景が広がっていた。

「これは……やばい……」

 暗雲が空を覆い、薄暗い終末のような光景の中、小高い丘の上に一本だけ生えた桜の木が満開の花を咲かせ、その淡く発光する花びらを風に乗せて大量に舞い散らせていた。

「良い顔でこいつを見てくれるじゃねぇか」

 声の主は桜の木の根元にもたれながら片膝を立てて座る50代くらいの男性。

 俺はいつの間にか流していた涙を片腕で拭う。

 男性は長い髪を後ろで束ね、口髭と顎髭を生やし和服をこなれた感じで着こなしている。

 間違いなく日本人だ。

「この子ならあなたをここから解放出来ると思って連れてきたのよ」

「ほう」

 フィリアレットさんの言葉を聞き男性の鋭い眼光が俺に向けられた。

「その顔立ち……名は?」

「円川結と言います」

「……もしや儂と同じ地の出の者か?」

「おそらくは。あなたの名前も教えていただけますか?」


「『織田三郎信長』じゃ」


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