第8話 だご汁とゼリー
「あの辺りくらいまで広げてくれると嬉しい」
館の上空で俺の右肩に乗ったリンが、館の敷地の拡げて欲しい範囲を差し示す。
それを受けてラナさんは人差し指をクイッと上に動かすと、目印として土の棒を出現させた。
「この辺りですかね?」
俺を介してリンに尋ねる。
「うん。ばっちし」
「そこで大丈夫だって」
「では……」
ラナさんは周囲を見渡す。
「西側をこれだけ広げると敷地の形がいびつな形になってしまいますので、他の方面も広げて正方形の形に広げましょうか?」
「え。もちろんその方が嬉しいけど、大変じゃないの?」
「いえ。一方を広げるのと労力はさほど変わりません」
「そ、そう? じゃあ、お願い」
「かしこまりました。では早速」
魔力の波がラナさんから発せられる。
館の周囲の森がざわつき、静まるとラナさんは新たな外壁を土魔法で出現させた。
そして今までの外壁が一瞬で土に還る。
「完了致しました」
早っ。
リンが驚きの表情でラナさんを見つめている。
もちろん俺も。
やっぱりこの人は凄い。
「では夕食の準備に取り掛かりましょうか」
「はい」
プテグさんたちに溜池の事を聞いた後、そろそろ夕暮れなので水田づくりは明日にして夕食の準備がてらデザートの作り方を教えてもらおうとしたのだけど、敷地の拡張はすぐに出来るとの事だったのでリンの要望も聞きつつお願いしたのだった。
館の厨房。
エプロンはラナさんお手製でセナの姿が刺繍されている。
一方、ラナさんが付けているエプロンにはリンと取り巻き5匹衆の姿が。
ラナさんって意外とカワイイ物好きだよな。
もちろんベルも。
ベルはベルで自作のエプロンを着ているが、こちらにもセナやリンたちが刺繡されている。
そこにはちゃんとオーマの姿も。
なかったらさすがにかわいそうなので密かにホッとした。
「どのようなデザートが良いかイメージはありますか?」
「え? ああ。え~と。フィリアレットさんはベリー系が好きそうだったからベリー系のデザートにしようかと思ってるんだけど」
「あの人はベリー系が好きと言うより甘い物全般がお好きですよ」
「そうなの?」
じゃあ、どうしよ……。
「でも、まぁ、ベリー系で作るつもりだったからベリー系で作ってみるよ」
「かしこまりました。でしたら、そうですね……ケーキ、クッキー、ゼリー、アイス辺りはいかがでしょうか?」
「アイスが良い!」
イヤイヤイヤ。ベル。君用じゃないから。
「俺はケーキをがっつり食いたいッス」
トーマ君。もちろんお前用でもないから。
「じゃあ、ゼリーで」
「えー!」
「えー!」
うっさい。俺の性格を読まなかった君たちが悪い。
「かしこまりました。では準備致しますね」
ラナさんは、砂糖と何かの粉と何種類かのベリーを用意してくれた。
「これだけ?」
「はい」
「この粉は?」
「海藻を元に作られた粉で、液体をゼリー状に固めるのに使います」
「へえ~」
ゼリーの作り方は簡単だった。
その粉と砂糖を混ぜ熱湯で溶かし、ベリーを入れた器に注いで冷やして固めるだけ。
「あとは溶かす液体をベリーを絞ったものにするなどしてアレンジできますので、ユイ様のお好みで模索してしていただければ独自のゼリーも作れると思います」
「分かった。やってみるよ」
それを聞くとラナさんとベルは夕食作りに取り掛かった。
「……俺も作っていいッスか?」
「良いよ。料理できんの?」
「夕食はだいたい俺が作ってるッスから」
「そうなんだ……だったら夕食ウチで食ってくか? アリーシアも呼んで」
「良いんスか!」
「ラナ。どう?」
「問題ありませんよ」
大喜びするトーマ。
「千代。アリーシアにそう伝えてくれる? あ。あと千代も食ってく?」
「よろしいのですか?」
「もちろん」
ラナさんも頷く。
「ありがとうございます」
千代も喜んでくれているようだ。
よし。こんなもんかな。
とりあえず思い付いた数種類のゼリーの下準備を終え、最後に冷やして固めるために冷蔵庫に入れる。
「……お前何作ってんの?」
トーマは何かを練っている。
「クッキーッス」
「作れんの!?」
「簡単ッスよ。たまに母ちゃんのおやつに作ってるッス」
息子が母親のおやつを作るって。……変わってるよな。たぶん。
でもアリーシアさんが嬉しそうに食べている姿は目に浮かぶ。
「……それって小麦粉?」
「そッスよ」
だったらアレ作れるんじゃ……。
千代の実家で分けてもらった味噌とだしの素もあるし……。
作ってみるか。
だご汁。
「う、うまぁ」
「そッスか?」
自慢気にニヤつくトーマ。
悔しいけど認める。トーマが作ったクッキーはバカ美味い。
ラナさんやベルも美味しそうに食べている。
そんな俺たちの反応をみてアリーシアさんも嬉しそうだ。
ちなみ俺のだご汁に対する反応は『ホッとする食べ物ですね』、『素朴』、といった『普通』な感じだった。
そもそも洋食風の料理の中に和食が一品だけあるという食べ合わせの悪さもよくなかったと思う。
きっと。
そうに違いない。
ゼリーの感想も、どれも『普通』だったけど。
だが明日の昼まではまだまだ時間はある。
なんとか『普通』から『美味しい』に変えてやるのだ。
と、意気込みつつも、食後はまったりティータイム。
俺は千代から借りている巻き物に目を通しながら紅茶を飲む。
「し、師匠」
トーマの声はなんとなく緊張しているように聞こえた。
「ん?」
「明日も来ていいッスか?」
「……は? 全然良いよ。っていうか来たかったらいつでも勝手に来いよ」
「い、良いんスか?」
「良いよ」
喜びと同時にホッとした表情もしている。
意外と繊細な性格してるんだな。
「なんなら泊まっていけば?」
「えっ!?」
「アリーシアもどう?」
トーマは嬉しさを抑えきれない感じでアリーシアの返事を待つ。
「それは嬉しいのですが、着替えが」
あー。
トーマもそれに気付いて一気に暗い表情になった。
だが。
「ありますよ」
ラナさんの一言でまたトーマは満面の笑みになる。
忙しい奴だ。
「あるの?」
「はい。急な宿泊があった場合に備えて、着替えは男性用女性用共に常に新品をいくつか用意してあります」
さすが!
「だったら千代も泊ってけば?」
「え?」
「部屋はたくさんあるんだし、使わないと寂しがるって言うしさ」
「誰がですが?」
ラナさんが尋ねてきたが、みんなも疑問に感じたらしい。
一斉に見つめられる。
「え? 言わない? 部屋が寂しがるって。で、寂しくなり過ぎると死んじゃうって」
「初めて聞きました」
みんなも初耳らしい。
向こうの世界だけの言い伝え?
いや。そもそも俺は誰にこれを聞いたんだっけ……。
「そういえば、確かに使わない部屋や家は傷んだり朽ちるのが早いですよね」
アリーシアさんの言葉にみんなも同感したようだ。
「だからさ……っていうか。いっそどっかの部屋を千代の部屋にする?」
「え? よろしいのですか?」
「俺は全然良いよ。いちいち帰るの面倒だろうし、この館もその方が喜ぶだろうしさ」
どう? とラナさんとベルに視線を移す。
「もちろん。構いませんよ」
「私も。その方が賑やかで楽しそうだし」
「だってさ。どうする?」
「……よ、よろしくお願い致します」
千代は深々と頭を下げた。
「でも『館も喜ぶ』って面白い言い方ッスよね」
「そうか?」
これも日本人的?
「でも部屋はまだまだ余ってるよ」
「使用人を増やしますか?」
それはそれで気心の知れない人と暮らすのには抵抗がある。
でも人手が足りないのなら……。
「二人が必要ならって感じかな」
「私的には一人欲しいかな」
「ラナは?」
「確かにもう一人いると楽にはなりますね」
「でも適任者を探すのも大変そうな気がするけど。誰でもいいわけじゃないし」
ラナさんとベルは考え込んでしまった。
「まぁ。今はまだ、いずれ誰かひとり雇うつもりで意識しておく程度で良いんじゃない?」
「そうですね」
「でもいるかな~。そんな都合の良い奴」
俺はふとトーマに視線が行き、目が合う。
「俺はやらないッスよ」
ちぇ。家事手伝いが出来て料理も上手い。適任かと思ったんだけどダメか。
まぁ、まだ子供だし、なによりアリーシアさんが困るよな。
となるとやっぱり新しい出会いに期待するしかないか。
新しいメイドさん、もしくは執事……。
立派なカイゼル髭を生やした老執事?
セバスチャン的な?
現れるかな……。




