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第3話 赤い稲

「早くね?」

「びっくりだよね」

 フィリアレットさんに木の実を貰った日から5日後。リンに呼び出されて森の中に行ってみると、そこには既に泉が出来ており、その中央の陸地には一本の木が立っていた。

 泉をのぞき込む。

 かなりの透明度なので底は見えているけど、かなり深そうだ。

「土はどこ行ったの?」

「わかんない」

「陥没したのではないか?」

「あー」

 さすが叡智の象徴。

「……あの陸地の部分ってさ。木の幹が太くなっていったらどうなんの? 幹は今の陸地より太くなるんだよね?」

「……」

「……」

 誰も答えてくれない。

「陸地はなくなりますよ」

 振り返るとラナさんがいた。

 リンの用事は聖樹の事だと分かっていたので、手が空いたら来てくれるように頼んでおいた。

「陸地がなくても木が育つの?」

「はい。根は泉の底から地中に延びますので成長に問題はありません」

 あ。マングローブみたいなやつ。

「ってことは木の実は浮く?」

「はい。風魔法で陸地に引き寄せて集めます」

 それをリンに教えてあげるとホッとしたようだ。

「泉はどれくらい広がると思う?」

「そうですね……フィリアレット様は聖樹程の効果はないとおっしゃっていましたが、果たしてそれは大きさに関してもそうなのか。仮に聖樹程の大きさになるのだとしたら……」

 ラナさんは周囲を見渡す。

「この森は全て泉になってしまうかと」

「は? ぜ、全部って、この森、館の敷地内だけど相当広いよ?」

 リンたちも俺の言葉で察したのか一様に驚き、困惑している。

「聖樹は……それほど、という事です」

 マジか……。

 ……。

 俺は両手を空に翳す。

「おいでませ。フィリアレット様」

「なに?」

 ホントに来た!

「この泉はどのくらい大きくなるんですか?」

「泉? そんなに大きくはならないわよ。そうね……この開けた場所より少し大きいくらいかしら」

 リンたちにも教えてあげる。

「どう? 問題ないか?」

「それくらいなら全然大丈夫」

「ちなみにこの辺どうするつもりなの?」

「んとね……」

 俺はリンたちから森の改造計画を教えてもらう。

 ……。

「……ちょっと!」

「え?」

「え? じゃないわよ! 呼び出した理由それだけ?」

「あ。ありがとうございました。大丈夫ですよ、もう」

「大丈夫じゃないわよ! これでも私女王よ! 妖精女王!」

「ええ。知ってますよ」

「お茶くらい出しなさい!!」

 ラナさんが素早くお茶とテーブルセットを用意してくれた。

「まったく。こんな扱い受けたの初めてよ……もしかして試した?」

「え? ……何をですか?」

「私の反応」

「まさか~」

 は、話を逸らそう。

「そうだ。泉の水って枯れる可能性ありますか?」

「枯れないわよ。なぜ?」

「実は育てたい穀物があるんですけど、その育て方が水を大量に使うのでこの水を使えたらなと」

「へぇ。その穀物ってなに?」

「それが、まだ見つけれてはいないんですけど……」

 俺はアイテムボックスから一冊のノートを取り出し、フィリアレットさんに見せた。

 そこには稲とお米、そして水田と育て方に関して覚えている事を書き出してある。

「……珍しい育て方するのね。ただ、随分大雑把に書かれているけど?」

「すみません。詳しくは知らなくて」

 稲作に関しては小学生の時の課外授業で、田植えと稲刈りと昔の方法での脱穀をした事は覚えているのだけど、その時の授業内容はほとんど覚えていない。

「ちなみに。フィリアレットさんはご存知ないですか? この植物」

「麦とは違うのよね」

「はい。あ! いえ。元は同じだと思うのですが」

「元?」

「はい。進化を遡れば近いところで同じ植物だったかと」

 という言い方で合っているのかは分からないけど。

「そういう事……」

 そう。自分で言って思い出した。植物も進化によって多様に存在しているのだと。

 つまり稲が無いという事はそちらへは進化しなかったという事。

 麦には進化したけど稲には進化しなかった。

 もしかして……米を作るにはその理由まで突き詰めないといけないのだろうか。

 あくまでこの世界の麦が向こうの世界の麦と同じならばだけど。

「そういえば……」

「そ、そういえば?」

 俺は前のめりになる。

「セレビスの近くの山に温泉が湧いているのは知ってる?」

「ええ。赤い」

「そう。その麓の湿原も温泉によってできているのだけど、そこに似た植物があったような」

 俺は思わず席を立つ。

 あそこは昔から気味悪がられて人が近づかない場所。

 ましてや、そんなところに生えているものを食べようとは……。

 俺はお米への希望が見え、思わずニヤける。

「連れて行ってあげようか?」

「え? ……お願いします!」

 どうやってかは知らないけど、連れて行ってくれるのなら大助かり。

 野暮な質問はせずに即お願いした。

「じゃ、早速」


 気が付くとその湿原が見える森の端にいた。

 ラナさんやリンたちはいない。どうやら連れてきてくれたのは俺だけのようだ。

 湿原に近づく。

 足元にはイネ科っぽい雑草が生い茂っている。

 そして遠くに目をやると、赤い植物群が見えた。

「もしかしてあれですか?」

「そう。あれ」

 早速確認に。

 と言いたいところだけど足元は湿地。どうやってあそこまで行けば……。

 底なしかもしれないし。

「で? どうやってあそこまで行くつもり?」

「どうしましょう……」

 なんてね。

「テレレレッテレー。ふ~ね~」

 俺はアイテムボックスから木製の船を取り出した。

 フィリアレットさんは、何だこいつ? 的な目で、船の準備をする俺を見ているが気にしない。

 一度やってみたかった事をついにやれたから俺は大満足なのだ。

 まさかフィリアレットさん相手にやる事になるとは思ってもみなかったけど。

 ちなみに、船はソブラタで釣り用として購入していたもので、今回が初使用となる。

「どうぞ。お乗りくださいませ」

「……あなた……変わってるわね」

「光栄です」


 櫓は船尾に一本ついているが、水深がないので長い棒を湿地に突っ込む。

 幸い硬い層の底はあったので、そこに棒先を押し当てながら船を進める。

「風魔法を使ったら?」

「雰囲気重視で」

「……なぜ?」

「……情緒? 三角の笠とかも欲しいところなんですけどね」

 フィリアレットさんには理解してもらえなかった。

 今度作ってみようかな。 


 赤い植物群はまだまだ先。

 次第に棒から伝わってくる感触が変わりだし、やがて浅い地帯を抜けて水深のある地帯へと入る。

 すると棒が底まで届かなくなったので、今度は櫓を漕いで進むことにした。

 ただ、これがなかなか上手く出来ない。

 一応買うときに使い方は口頭で教えてもらったのだけど、イメージ通りとはいかなかった。

 まぁ、これはこれで楽しいけど。

「もうちょっと滑らかに進んでくれない?」

「ど、努力します」

 

 再び浅い地帯に入ったので棒に持ち替える。

 そして、赤い植物群に到達した。

「稲だ」

 赤い稲に、赤い穂が実っている。

 船を横に着け、赤い穂を一粒採り殻を剥く。

「米だ」

 若干ピンクがかっているけど。

 それに小粒。

 他の穂もよく見てみると形がいびつだったり、大きさもまばら。米が入っていない穂もある。

 ……味はどうなんだろ?

 次は湿原の水に指先を浸けてみる。

 温水。熱いかどうかは例によって分からない。

 続いて手のひらで掬ってみると温水は赤味がかっていた。

 元はあの赤い温泉と同じなのだろうか。

 ……ここも今度調査に来てもらおう。

「これ、一掴みくらい刈って持って帰って良いですかね?」

 赤い稲を観察しながらフィリアレットさんに尋ねる。

「良いんじゃない? でも、なんでわざわざ私にそれを聞くの?」

「え? 植物の神様的な人なんですよね?」

「違うわよ。 詳しい事は詳しいけど全ての植物事を知っている訳じゃないわ」

「そうなんですか!? ちょっと残念かも」

「残念って……! 何か来るわよ」

「え?」

 赤い稲を風魔法で一掴み切り取り、辺りを見渡す。

 すると船尾の方向、つまり俺側の先から確かに何かが近づいてきていた。

 水面をウネウネと。

「ちょ。ウソだろ。無理無理。フィリアレットさん! 俺ヘビ無理!」

 しかもモンスター的な奴じゃなく、思いっきり蛇。巨大な。

「あら、あなたにも苦手なものあるのね」

「めちゃくちゃありますよ! フィリアレットさんは平気ですか?」

「どうかしら」

 う。反応を楽しまれてる。

「ど、どっちなんですか?」

 ホントに早く答えて欲しい。

「……平気じゃなかったら?」

「……め、目を閉じて戦います」

「出来るの?」

「一か八かです」

「ふふ。ぜひ見てみたいけど……とんでもない被害が出そうな気がするから私がやるわ」

 そう言うとフィリアレットさんは立ち上がり、俺たちに向けて何かを吐こうとしていた巨蛇の首を、風魔法であっさりと切断した。

 とはいえ、あの巨蛇は決して弱い魔獣ではなかったはずだ。

「まだ何かいるわよ」

 その瞬間、フィリアレットさんの言葉通り巨蛇の切断面から白虎の魔獣が飛び出て来た。

 しかもそいつは蛇の頭を踏み台にし、紫電を纏いながら俺たちに突撃してきた。

「あれは」

「俺が!」

 位置的にも俺が前衛なので、立ち上がり拳に力を込める。

 それを察したのかトラは急停止し湿地に落ちた。


 湿地でもがく白虎。

 そこは深場か。とはいえ深場は湿地じゃないんだから泳げるだろうに、なぜもがいているのか。

「た、たす、助けて!」

 会話できるし!

 振り返りフィリアレットさんを見ると、フィリアレットさんも理解できたようだ。

「おい。そこは泳げるだろ?」

「水 苦手」

 ネコかよ。

 ……どうやら本当みたいなので助けてあげることにした。

「あ、あの。船に乗せては?」

「無理。自分の大きさ考えろ」

 白虎は丸太に掴まって引っ張られている。

 適当な丸太が浮いていたので、それを風魔法で引き寄せてロープで船と繋いだのだ。

「あの。もう乗れるくらいの大きさにはなっていると思うのですが?」

「え?」

 白虎は普通のトラのサイズになっていた。

「なんで?」

「先程の状態は戦闘用で、本来はもっと小さいのです」

「へぇ~」

 なんでも今は半身が水の中に浸かっているせいで興奮状態が解けず、ゆっくりとしか戻れないのだそうだ。

「いや。あの。なので船に上がればもう少し早く……それに、掴まるのもしんどいと言いますか」

「泥が付くだろ? フィリアレット様のお召し物に!」

 白虎は潤んだ瞳でフィリアレットさんを見つめる。

「ちょっと! なんで私だけのせいにするの?」

「いえいえ。私のは良いんですよ。私の服なんて安物ですから」

「そんなわけないでしょ! 王様の服が!」

「王様って言っても、城ひとつない国の貧乏王様ですから」

「く。わ、私の服は私の能力で具現化してるものだから汚れないし」

「またまた~」

「……な、なんで分かったの?」

「聖樹の結界を通り抜けるのが面倒だっておっしゃられてましたよね?」

「あ」

 白虎は再びフィリアレットさんを潤んだ瞳で見つめた。

「う」

 陸地に着くまで。


「た、助かった」

 白虎は陸地に着くなりへたり込んだ。

「まったく。何考えてんのよ」

「さっきの仕返しです」

「さっき? あ! 根に持ってたの?」

「さぁ? でも面白かったじゃないですか」

「全然よ!」

 と言いつつ本気で怒っているようには見えない。

 フィリアレットさんとは楽しい関係を築いていけそうだ。

 

 船を森の木に立て掛け、泥を水魔法で落とす。

 ついでに白虎も。

 と思ったら。

「ネコじゃん」

 金色の縞模様が入った白猫が自分の体をペロペロしている。

「ヌヴェラよ」

「え?」

 ヌヴェラはヌジャ、虎の上位種らしい。

 ネコがトラの上位種? とも思ったけどネコは『ヌヌ』として存在しているので、ヌヴェラはネコでもありトラでもある存在として認識されているのかもしれない。

 勝手な想像だけども。

「ちなみにヌヴェラは神獣よ」

「また?」

「また? ……そういえば、オルフェロスがいたわね」

 そんなポンポンポンポン神格の存在が出て来て良いのだろうか。

「でも……そうね。あなたと縁が結ばれていくのは自然な事なのかもね」

「それはどういう……」

「そのうち分かるわよ」

 またそれ。


「それにしても」

 ヌヴェラを見る。

「な、なんでしょ?」

「神獣が蛇に喰われるって……」

「そう言われればそうね」

 フィリアレットさんもヌヴェラを見つめ、呆れる。

「い、いや。喰われてないから! 落ちただけだから!」

「落ちた?」

「そう! 木の上で寝てたら枝から落ちて……アイツの口に入った? 感じ?」

 余計呆れるわ!

 フィリアレットさんも溜め息を吐く。

「え? え?」

「あなたね。一応神獣なのだからそんなので死なないでよね」

「す、すみません」

「そもそも自分で出れなかったの? あなたは『力の象徴』、森の王者でしょ」

「う。それが気付いたら真っ暗で、暴れても跳ね返されるだけで、正直途方に暮れていたと言いますか…って、なに!?」

 俺は思わずヌヴェラを抱き抱えた。

「分かる! 分かるよ!」

「は? なに? マジで、離して」

「俺はお前の見方だ」

「意味分かんないから! 離して……な、なんで抜け出せないの?」

「そろそろ離してあげたら」

「ああ。ゴメン。よしよし」

 地面に置いて頭を撫でてあげる。

 ? 怯えてる?

 よしよし。

「それじゃそろそろ戻る?」

「そうですね。お願いします」


 ここには結構早めにまた来ると思う。

 なぜなら稲と温泉の調査以外にもやってみたい事ができたから。

 その時はトーマも誘ってやろうかな。

 あいつも一応は愛釣会の会員だし。


 一応は。


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