第2話 温泉
「ティーニア族でお願いします」
え? ホントに?
「い、いや。こっちのさ『グラン族』とか『グランドラ族』とか」
「ティーニア族でお願いします!」
き、君たちのイメージと全然違うんだけど。
良いのだろうかホントに。後々俺が彼らの子孫や世間の人たちに非難される事になりそうな……。
「最高じゃないですか! 『正義の天才』。最高です!」
「いや。こっちの方も『威厳』とか、こっちは更にドラゴンの」
「ティーニア族で!」
「はい」
これはもう無理だ。プテグさんの目が輝き過ぎている。
その後ろの側近の人たちも。
もしかしてこういう綺麗系の名前に憧れていたとか?
ま。本人たちは喜んでるし、良いか。
良い雰囲気だし、ついでにあの事も相談してみよう。
「ところでジャ……ティ、ティーニア族のプテグさんに相談したいことがあるんだけど良いかな?」
「なんでしょう?」
キリッとドヤ顔。
ティーニア族って呼ばれて相当嬉しいみたいだ。
「温泉の掘り方についてなんだけど」
「温泉……入られたいのですか?」
「ん? まぁ、それもあるんだけど」
「でしたら、入られますか?」
「え? あるの?」
「はい。我々ティーニア族と、ニヒヒヒヒヒヒヒヒ」
自分で言って笑うなよ。
後ろの君たちも。
「申し訳ございません。わ、わ、我々ティーニア、ニヒヒヒヒヒヒヒ」
そ、その笑い方やめろって。こっちも釣られて笑っちゃうだろ。
「イヒヒヒヒヒヒ」
「ハハハハハハハ」
はぁ~。笑い疲れた。
「申し訳ございません」
「もう良いからね。進まないから。続きお願い」
「はい。さすがにもう。大丈夫です。わ……我々ティ……」
「クッ……もぅ、飛ばせそこ!」
危ないまた笑いそうになった。
「ふぅ~。いや~さすがユイ様。とんでもない名前を考えられましたね」
それ褒めてんの?
「良いから続き」
「そうですね。…………なんの話でしたっけ?」
ひっぱたくぞこの野郎!
「プ、プテグ様。温泉があるのかとのお尋ねでした」
ナイス側近さん。
「あ、ああ。そうでしたね。温泉です。温泉。その温泉は我々……や」
良し、切り抜けた。
「リアーネ様、そしてトーリム族の方々にとっては日常的に使用しているお風呂なのです」
なんでもジャフール族、もといティーニア族は無類の温泉好きで新しく集落を造る場合は、まず温泉を容易に掘り当てられるかを考えるのだそうだ。
「我々は土仕事、力仕事を主にしていますから温泉が与えてくれる癒しは何よりも有難いものなのです。それに、こう見えて我々は綺麗好きなのですよ」
綺麗好き……それで種族名も?
「どうされます? 温泉に入りに来られますか?」
「とりあえず見せてもらっていい?」
「もちろんです。行きましょう」
俺は早速館を出、ティーニア族の居住区へと向かうことにした。
「……どこにいたの?」
「お庭に」
館を出るといつの間にか千代が側にいた。
「庭? ……え?」
「私は御庭番ですのでお庭のお手入れを。それに学術院からの連絡員として常にお側にいるお役目もありますので」
そういえばそんな役目もあったね。
いや。それより。
「庭の手入れって千代がやってたの?」
「はい。え? それも御庭番の役目だと以前おっしゃられていましたよね?」
言ったっけ? 言ったか……うん。忍者について熱く語ってる時に言ったね。
「言った。けど、無理にやらなくてもいいよ」
「いえ。庭いじりは子供の頃から好きでしたので続けさせて下さい」
「そう? ならお願い」
「はい。喜んで務めさせていただきます」
「ん!? ということは、もしかして聖木を見に行ってる時もいた?」
「もちろんです」
すげ。気付かなかった。
いや。ちょっとはそんな気はしてたけど、確信を持てるほどじゃなかったし本当になんとなくだった。
「ラナさんも知ってた?」
「はい」
やっぱり。
「じゃ、なんで今回は出てきたの?」
「あの時は同行者を絞られていましたし、今回は隠れている必要性もないかと。それに、あそこを密かに通過するのは何かと面倒ですので」
入り口は地下室に設けられており、その上には十数名の番兵が常駐する警備塔が建てられている。さらにその塔は防壁で囲まれ、唯一、館の方面にだけある門も門番が常駐し目を光らせている。
それでも、千代は"無理"とは言わなかったな。
「ユイ様! お越しいただきありがとうございます!」
門番のトーリム族の人たちに一斉に頭を下げられた。
「そんな堅苦しくしなくて良いって。自然に自然に」
「は、はい。ありがとうございます」
ちなみに俺は国王様ではなく名前で呼んでくれるようにお願いしている。
やっぱり国王様と呼ばれるのは恥ずかしく、なにより、それに慣れてしまうと図に乗った嫌な奴になりそうで怖かった。
門を抜けると塔までの距離は広めに取られている。
しかも侵入者があってもすぐに気付けるように建物や木などは一切無い。
無いが、その何もない更地ではトーリム族やティーニア族の人が戦闘訓練をしたり、遊んだり、くつろいだりしている。
その光景を見て思う。
千代だったらどう侵入するのか。
「千代って変装得意?」
「……はい」
千代は俺が何を考えているのか察したようだ。
「それって、子供も姿にもなれるの?」
「私は」
千代は自慢気にニヤッと笑った。
なんでも体型をそのまま、もしくは大きくして容姿をかえる魔法は足したり被ったりのイメージで使える者もそれなりにはいるそうなのだが、小さくなるには身体そのものを縮めなければいけないので難易度は飛躍的に上がり、千代は自分以外で出来る者は知らないそうだ。
それと、一度身体を縮めると戻るのに時間がかかるらしく、千代の場合は一日程は小さい姿のままなのだとか。
「……」
「な、なんですか?」
「今度見せて。小さい姿」
「ええっ!?」
「お願いお願いお願い。絶対みんなも喜ぶから!」
「よ、喜ぶって、何を喜ぶんですか?」
可愛いに決まってんじゃん。
「今度の宴会の時にでもさ。かくし芸で!」
「かくし芸って。本当に隠しておきたい技術なんですけど」
「近しい人だけでの宴会の時にで良いから。お願いします!」
俺は頭を下げた。割と本気で。
「か、考えておきます」
「イエーイ!」
「ちょ。"考えておきます"ですよ!」
イエーイ。
ちなみに、侵入者がトーリム族やティーニア族に変装して紛れ込むかもという指摘はしなかった。
そんな事は承知の上かもしれないし、仮にここを通過できたとしても、地下は迷宮となっていて警備の目もさらに厳しく張り巡らされている。
なにより、太陽の下で自由に過ごす事が出来る貴重な場所を彼らから奪いたくはなかった。
「ユイ様。こちらが我々ティーニア族の共同浴場です」
「……」
「……ニヒヒヒヒヒヒ」
いい加減慣れろって。ニヤニヤしっぱなしじゃないか。
「あの建物は?」
「我々の脱衣所です」
「脱衣所って服着てないじゃん」
「人型の時は着ますよ」
「は!? 人型?」
「はい。地上にいる時は人型ですから」
「館でなってなかったじゃん!」
「本来の姿でないと失礼かと」
マジか。
千代を見る。
「知ってた?」
「はい。私も最近知ったのですが。私の部下にトーリム族と思っていた子がジャ……すみません。ティーニア族の子でとても驚きました」
そこ! ニヤニヤしない。
「ん!?」
女の子が二人、脱衣所に入って行った。
……。
「出てこないな」
「おそらく向こうの女湯に入ったのでしょう」
「え? 分けてんの?」
「はい」
意外。って言ったら失礼か。
「以前は同じだったのですが、トーリム族の方々と生活するようになってから、変わったと言いますか、目覚めたと言いますか」
「なるほどね。あれ? でもさっき共同って」
「共同ですよ……入って来てはくれませんが」
遠い目するなって。
「トーリム族の人とは入らないの?」
「もちろん入ります。ただ我々は泥だらけになっていることが多いので、ここはそういう者たち用でもあります。よろしければトーリム族の方々との共用の大浴場にご案内致しましょうか?」
「お願い」
「こちらが大浴場です」
「おお~。広いね」
「こちらも同じサイズで共同湯と女湯があります」
男湯とは言わないんだな。
気持ちは分かるよ。
千代に変な目で見られている気がする。真面目な質問しよう。
「温度の調節はどうしてるの?」
「調節する方法はいろいろあるのですが、幸いな事にこの辺りでは熱を発する石『バーシュ』と、熱を吸収する石「ローシュ」が豊富に採掘できますので、それらを浴槽や配管の素材に使い調節しています」
そんな石があるとは。
「排水は?」
「浄化装置で清水に替え水脈の上部に戻しています」
「上部?」
「はい。その方がより自然な循環となりますので」
循環。
そうか温泉も有限なんだ。きちんと管理して循環させないと枯渇するかも。
学術院の人たちにもちゃんと調べてもらおう。
「あっ!」
温泉に近づき、手を入れようとしたらプテグさんに止められた。
「熱いですよ。我々とトーリム族の方々は熱めのお湯が好きですから」
「そうなの?」
「はい。リアーネ様がそうおっしゃられていました。我々が入っているお湯には熱くては入れないと。なのでリアーネ様が入られるお湯は我々からすればかなりぬるめに調節してあります」
「ヘぇ……」
でも、俺もう関係ないんだよね。
温泉に手を入れる。
プテグさんたちは慌てているが全然平気だ。むしろ丁度いい。
「だ、大丈夫なのですか?」
プテグさんが恐る恐る尋ねる。
「丁度良いよ。と言っても、俺、どんな熱湯でも平気なんだけどね」
「そうなんですか?」
「うん。前に俺が沸かした風呂にベルが入った事があって、その時に気付いたんだけどさ。ベルって熱い風呂が好きらしくて、それを聞いて熱めに沸かして俺が入った後にベルが入ったんだけど、温度を確認せずにいきなり体に掛けちゃったらしくて、ベルのやつ泣きながら飛び出てきたんだよ」
「うわ」
一同がベルに同情した声を上げる。
「それでベルにめちゃくちゃ切れられてさ『ねぇ、わざと? わざとなの?』って。もちろん弁明したんだけどなかなか納得してくれなくて、じゃあって、ベルがマグマみたいな風呂造りやがって、入らなと信じないって言うから仕方なく入ってみたら、それでも平気だったんだよね」
「マグマ……」
ちなみにキンキンの冷水にも入ってみたが、ただの常温の水としか感じなかった。
嬉しいような。つまらないような。
「で、ではどうされます? 入られますか?」
どうしよ。
そういえば温泉って入ったことないんだよね。
……よし!
「ちょ。ここで脱ぐんですか?」
「え? あ、そうね。ゴメン……ホントは見たかった?」
「突き落としますよ」
「すみません」
完全にオヤジ臭いセクハラだったな。
そもそも俺ってこんな事言う奴だったっけ?
……立場で変わった?
気を付けよう。
俺は反省しつつ、いそいそと脱衣所に向かった。
「ああ~……気持ちいい」
これが温泉か~。
温泉って体に良いんだっけ?
「この温泉に効能とかあるの?」
「さあ~……」
おい! 温泉に入って完全に思考停止させてやがる。
「気持ち良ければ良いんじゃないですか~」
側近共も。
千代は赤ら顔で後ろを向いてる。
「足だけでも浸けたら? 気持ち良いよ」
「あ、足、ですか?」
「そう。足湯。やったことない?」
「ないです」
俺も。
でも何かで見たことはある。
「じゃあやってみたら? それだけでも気持ち良いらしいよ」
「そうなんですか? ……で、では」
「……どう?」
「気持ち良いです」
良かった。
ああ~。本当に気持ち良い。
また入らせてもらいに来よう。
そしてティーニア族と学術院の共同でセレビスの地下を調査してもらって……。
あの街にも温泉を……。
楽しみだ……。
……。
その夜。
この地下空間は異様な笑い声に包まれていた。
何処からともなく次々と上がり続けたその笑い声は、夜遅くまで聞こえていたらしい。
ニヒヒヒヒヒヒヒ……




