第1話 聖木と聖樹
え~っと。
『邪』の逆は『正』。で、『愚か者』の逆は……『天才』?
英語だと…………ダメだ。思い出せない。和英辞典を下さい。
か、仮に正義とすれば……『ジャスティス』と……『ジーニアス』? だったかな?
俺が一体何をしているのかというと、ジャフール族の人たちに新しい種族名を考えてくれと頼まれたのだ。
というのも、「フールには愚か者という意味がある」という国名を決める際の俺の呟きがジャフール族の人にも伝わってしまったらしく、さらに、それを受けてジャフール族の族長『プテグ』さんが種族名について相談に来た時に『ジャ』の意味についても話しまい……。
「ではその『よこしま』という言葉にはどういう意味があるのですか?」
「ん~……悪? 腹黒い? 不道徳? 不純?」
「変えて下さい!!」
と、食い気味にお願いされた。
「よ、 『邪な愚か者』って、酷過ぎませんか?」
「た、確かに」
しかも半泣きで。
断れないよね。
ということで、俺は今、館の自室でジャフール族の新しい種族名を考えている。
だがこれがなかなか難しく一向に決まらない。
いっそ『もぐら』でいいのでは? とも思ったのだけど、あの半泣きのプテグさんの顔が浮び、何か申し訳無い気持ちになったので、それは除外して考えている。
で、一周回って逆にしてみようと、対義語で考えてみることにした。
ジャスティス……ジャ……またジャ? ジャは絶対嫌がるよな。
となると、スティス。
ジーニアス……スティスジーニアス……スティス、ニアス?
スティスニアス族、……スティスニア族、……スティニア族、……ティニア族?
種族名っぽくなってきた気はする。
スティーニア族、……ティーニア族、……なんか女性の名前っぽい。もしくは天使系?
少なくとも地底の住人の種族名には……。
ん~。
そこへ窓をノックする音が響く。
ちなみにこの部屋は2階にある。
机から顔を上げると窓の外でセナが俺を呼んでいた。
窓を開ける。
「どした? 窓からなんて、急用?」
「急用って程じゃないけど、こっちのほうが近いから」
むしろずっと開けてろって言いたそうな目だな。
そうしてあげても良いけど虫が入るからな~。
「んで? 程じゃないけど……あるんだろ? 用事」
「あ、うん。森に一緒に来て。頼みがあるから」
「頼み? 良いよ。すぐ行く」
一瞬、俺も窓から、と思ったけど靴を履いていないので止めた。
洋館なのだから土足が普通なのはわかっているんだけど、やっぱり家で靴は無理だった。
なので地下室以外では靴からスリッパに履き替えている。
もちろんラナさんとベルは不思議な顔をしていたけど、今では二人もスリッパに履き替えるようになった。
その方が館が汚れないし、何よりスリッパ作りが楽しかったらしい。
なのでウチにはいろいろなデザインのスリッパがたくさんあり、館は完全に土禁なった。
ちなみに、それは竜国の面々が来る前からなので、あの時の玄関様子は……今でも思い出すとちょっと笑ってしまう。
もちろん失礼なのではと焦ったけど、その時のラナさんとベルはかなり怒っていたし、向こうは謝罪に来ている立場だったので指摘せずに流した。
結果、マナや竜人族の女性は帰り際にラナさんからスリッパを貰っていたから問題なかったのだと思う。
「おっす。用って何?」
森に着くとリンたちがみんなで俺を待っていた。
以前はこのエリアの事は林と呼んでいたけど、上から見てみたらやっぱり森の広さだったので森と呼ぶことにした。
「ちょっとさ~。森の改造の事で相談したいことが出来ちゃってさ」
「改造の事で? 何?」
「聖木を植えたいんだけど、その方法と場所選びで困ってて」
「聖木って、前にお前らが揉める原因になってた?」
「そうそう。その聖木をなんとかこの森にも植えられないかなって思ってるんだけど……」
リンは俺から森に視線を移す。
「出来ないの?」
リンは力なく頷いた。
「なぜか聖木の木の実は発芽しないし、仮にしてくれたとしても、どこに植えれば成長してくれるのか分からない」
「枝から根を出させて増やす方法ってなかったっけ?」
「他のただの木ならそれでも増やせるけど、聖木を傷付けるなんて許されないし、やりたくない」
「自然に落ちたやつとかなら?」
リンは顔を横に振る。
「不思議とどんな強風に吹かれても折れないのよ。葉っぱ一枚も落ちない」
まさに聖木……だね。
「……一度見てみたいんだけど。聖木」
それを聞くと、リンたちは輪になって何やら会議を始めた。
その輪の中にセナとオーマも自然に加わったので、その光景を見て俺は物凄く嬉しくなった。
なので会議の邪魔にならないように静かに待つ。
そして暫く経ち、リンが振り返る。
「良いよ。なんとかする。行こう」
なんとかする? ってことは交渉が必要ってことかな?
予想は当たっていた。
館の東にある湖のさらに南東の森。その少し開けた場所で、俺たちはラーフ族の集団に囲まれた。
俺の同行者はラナさんだけ。余計な警戒心を与えないほうが良いとの判断でベルとセナとオーマには遠慮してもらった。
と言っても同行したがったのはベルだけだけど。
「ちょっと待ってて」
リンとリンの取り巻き5人衆がどこかで交渉してくるようだ。
……そういえば、5人衆って言っちゃってるけど5匹衆って言った方が良いのだろうか。
人と同レベルで意思疎通出来てるから、つい『人衆』って呼んじゃってるけど、やっぱり魔物なんだから匹?
いや魔物じゃなくて魔獣?
そういえば、今更だけど魔物、魔獣、魔族の違いって何?
なんて事をラナさんに尋ねていたらリンたちが戻ってきた。
ちなみに違いは、見た目、知能の高低、意思疎通の可否、凶暴さ、力の強弱などによって判断されているそうけど、その基準は曖昧で明確には分けられていないらしい。
なので俺も深くは考えず、暇潰しのネタにでもすることにした。
「おまたせ」
リンは駆け寄って近づきそう言うと、来た道を振り返った。
「あれがウチらの長老で、わたしのばあば」
杖を突いたリスが、数匹のリスたちを引き連れてゆっくりと歩いて来ている。
が、その長老さんは俺と目が合った瞬間。
「あぶなっ!」
リンと初めてあった時のように高速で突っ込んできた。
「ちょ、ババア何してんの?」
リンのやつ、今ババアって言わなかったか?
「へえ。私の攻撃を躱すとはね」
「いや。偉そうに言ってるけど私より遅いし」
「あんた。さっきババアって言わなかったかい?」
「い、言ってません。ば、ばあばって言いました!」
「ほぅ……」
「……ご、ごめんなさい。言いました」
リンは長老さんの一睨みであっさり自白した。
そして杖でバシバシされてる。
ていうかばあさん。あんな攻撃できるならその杖いらなくね?
「さて。孫娘との戯れはこれくらいにして本題に入ろうかの」
長老さんはリンから俺に視線を移す。
「まず、あのアホ鳥の件と孫娘たちが世話になっていることに礼を言わせて欲しい」
長老さんは深々と頭を下げた。
見た目は完全にリスなのでめちゃくちゃ可愛らしい。
「いきなりあんな攻撃しといてお礼いっても……」
「バカタレ。あれは他に隠れている者がおらぬか確認したまでじゃ」
あぁ。そういうこと。
「さすがばあば!」
「ふん。だが効果があったかどうかは怪しいがの」
長老さんはラナさんに視線を移す。
「どういうこと?」
「そこなおなごは微動だにせんかった。つまり脅威とは思われなかったという事じゃ。そして、もしやすれば隠れておる者にもな」
長老さんは今度は周囲を見渡した。
ちなみに千代は連れてきていない。館内での警護は任せていないのでここに来る事は知らないし、知らせてもいない。
はずだけど……。
ラナさんを見る。
「何か?」
「別に」
はてさて。
「まぁ、良い。これほどの力を持った者達なら他に何人いようと同じ事。われらの力ではどうしようもない」
長老さんは俺の目をジッと見つめる。
「……ついてまいれ」
どうやら聖木を見せてくれるようだ。
再び森の中を進み。
とある場所で立ち止まると、目の前の森が歪み、道が現れた。
「錯覚魔法です」
ラナさんが教えてくれた。
なるほど魔力で作った幕のようなものを周囲と同化させていたのか。
さらにその道を進む。
すると大きく開けた場所に到達し、そこには大きな泉とその中央の陸地に大木が1本聳え立っている。
そしてラナさんが驚いた感じで呟く。
「聖樹……」
「……聖樹?」
「はい。かつて西の大陸で起きた人族とエルフ族の争いの発端となった木です。まだ若木のようですが」
この大きさで若木?
いや、それより。
「なんでその聖樹が争いの発端になったの?」
「聖樹はなぜか様々な木の実を実らせ落とすのですが、そのどれもが美味であり尚且つそれぞれが違った薬効を有していたのです。そしてその聖樹を囲む泉の水にも、切断された部位をも復元させる程の治傷効果があり、やがて周辺の国々だけでなく大陸中がその恩恵を欲するようになったのです」
なるほどね。
でも、それくらいなら何とか折り合いをつけられなかったのかな。
「さらに……」
まだあるんだ。
「ある人族の研究者が、『泉の水と木の実の組み合わせによっては万能薬、延いては不老不死の薬さえも生成できる可能性がある』と言い出したのです」
不老不死……欲にまみれた権力者が最も欲しがるもの……。
「みんなで仲良く研究……とはならなかったか」
「残念ながら。エルフも、ハイエルフであっても命は有限ですから当初は聖樹を守護していたエルフの国も協力的だったのですが、次第に他国から求められる木の実と泉の水の量が増えていき……」
「奪い合いになった」
「はい……って、フィリアレット様!?」
いつの間にかフィリアレットさんが俺たちの側に立っていた。
「困ったもものよね。万能薬はともかく不老不死の薬なんて作れないのに」
そうなの? でも万能薬は出来るんだ。
いや。それより。
「なぜここに?」
そう。それ。
「え? 私に会いに来てくれたんじゃないの?」
「違います」
バサッと言うラナさん。
「え~。会いに来てって言ってたのに~」
そういえばそんな事って言ってたな。
でも……あれ?
「森に入ったら連れて行かれる的な事言ってなかったけ? 何度かどこかしらの森に入ってたと思うけど……」
「あ……忘れてた」
おい! てへぺろ。じゃないよ。可愛いけども。
「っていうか、その時私のこと呼んだ?」
「……呼んでません」
「じゃあダメよ。そっちにも会う意思がないと、こちらが常に気にしてない限りは気付かないわ」
なるほど。
「という事はよ。もしかして私の事忘れてた?」
ギクッ。
ラナさんも目線を逸らす。
「ひどくない?」
「すみません」
俺とラナさんは二人して頭を下げた。
「ムー」
「でもフィリアレット様もお忘れだったのですから、お互い様ですよね?」
「確かに!」
「ムー。まぁ良いけどさ。で、私に会いに来たんじゃないなら何しに来たの?」
「いや。そもそもなんでフィリアレットさんがここにいるんですか?」
「ん? だってあの木、私の寝床みたいなものだから」
『え!?』
「二人して同じ反応だなんて、仲がよろしい事」
その言葉でラナさんと目が合いお互い照れる。
「そ、それより寝床って、あれは聖樹ですよ」
ラナさんが恥ずかしさを覆い消すように言葉を返した。
「そうよう。でも、元々私にとってはそういうものでもあるんだし問題ないわ」
全然意味が分からない。
それはラナさんも同じだったようだ。
「もっと詳しく教えていただけませんか?」
「ん~。あの木はね、木であって木じゃないのよ」
わかるかい!
ラナさんもさすがにイラッとしている。
「そんなに怖い顔しないの。もっと分かりやすく言えば、あの木はこの世界の浄化装置であり、魂のターミナルようなものなのよ」
余計分からなくなった。しかも、まさか魂の話が出てくるとは……ラナさんもかなり驚いているようだ。
「で、私はその番人ってわけ」
かわいらしく軽く言ってますけど、あなたとんでもない事言ってますよ。
俺は混乱する頭を静めるように息を吐く。するとすっかり忘れられているリンたちに気付いた。
俺たちに声を掛けて良いのか迷っているようだ。
かわいそうなので話を本題に移す事にした。
「番人ってことは、あの木に関して全部知ってるって事ですよね?」
「まぁ。そうね」
「それならお聞きしたいことがあるんですけど良いですか?」
「もちろん」
「俺たちがここに来た目的は、あの木をウチの庭にも一本生やしたいと思って調べに来たんですけど、あの木を他のところにも生やす事って可能ですか?」
この質問を聞いてリンたちが何やら喜んでいる。
が。
「無理」
と、あっさり否定されてしまった。
リンたちは早く訳せと視線を送ってくるけど、無視してさらに尋ねる。
「それは……増植は不可能という意味でですか? それとも複数存在することは認められないという事ですか?」
「ん~。両方かな。複数あると魂行き場として混乱するし複雑になる。一方の浄化に関しても過剰なものになるから……仮にそれらを上手く調整できたとしても、発芽させるのに更にいろいろやらなきゃいけないし……やっぱり無理ね。というかそんな面倒くさい事やりたくない」
「では、なぜこの木はあるのですか?」
確かに。
「シャシャートが聖樹に結界張っちゃったでしょ」
「そうなの?」
「はい。再び争いの種にならないようにと」
「聖樹としての機能には問題ないんだけどさ。私が通るのにいちいち魂の状態にならないといけないから面倒臭いのよ。だから、こっちに引っ越そうと思って前から少しずつ育てていたってわけ」
「ではあちらの聖樹はどうなるのですか?」
「近いうちに枯れるわね」
「ええっ!? だ、大問題になりますよ」
「あなた達にとってはね。でも世界にとっては問題ないわ」
頭を抱えるラナさん。
なので今度は俺が気になった事を聞いてみる。
「近いうちってどれくらいですか?」
「ん~……300年くらい?」
全然近くね~。
「随分先じゃないですか!」
ラナさんがイラッとした感じで返した。
「そう? 私にとってはあっという間よ。そして……」
フィリアレットさんは俺を見つめる。
「あなたにとってもね」
「え!? ……それって、どういう」
「そのうち分かるわよ」
そんなはぐらかした事言わずに、はっきり教えて欲しい。
その時、リンが俺のズボンを引っ張った。
「ど、どうなのよ。向こうにも植えられるの?」
「ごめんね。それは出来ないのよ」
「えっ!?」
フィリアレットさんがラーフ語を話した?
みんな驚いている。
ラナさん以外は。
「ラーフと会話できるんですね」
「あなたみたいに同時に別の言葉を出すなんていう芸当はとても出来ないけどね」
っ! やっぱり俺はそんな感じに話していたのか。
ん?
再びリンが俺のズボンを引っ張る。
「この人だれ?」
めちゃくちゃ小声で尋ねられた。
それでもフィリアレットさんにも聞こえていたようで。
「フィリアレットよ。あの木の妖精なの。よろしくね」
「えっ!? 聖木の?」
もの凄く驚いているリンにフィリアレットさんは頷いて返す。
「ば、ばばば……」
「聞こえてたよ」
長老さんを筆頭にラーフ族が勢揃いし始めていた。
どうやら集合を掛けたようだ。
そして全員集まるとフィリアレットさんの前に整列し、長老さんがラーフ族を代表して挨拶をした後、日頃の恩恵に対しての謝意を述べた。
「丁寧にありがとね。あなたたちの事は気に入っているから、これまで通りにしてくれて良いわよ」
「ありがとうございます!」
一同大喜びし、ピョンピョンピョンピョン跳ねている。
ただ、ひとしきり盛り上がった後、リンが頭を抱える。
聖木は諦めたものの代わりをどうするかの問題が浮上したのだ。
「他の木じゃダメなのか?」
「別に良いんだけど……泉と木の実を期待してたから」
小さな女の子がいじけているみたいで、なんとかしてあげたくなる。
どうやらフィリアレットさんも同じ気持ちになった様で、ひと思案した後、一瞬消えて現れた。
「これを植えてみなさい」
フィリアレットさんは木の実をひとつリンに手渡した。
「聖樹ほどの効果はないけど、美味しい木の実と清涼な泉は湧くはずよ」
「あ、ありがとうございます」
リンは大事そうに木の実を抱きながら深々と頭を下げた。
他のラーフ族たちも。
リンもかなり慕われているようだ。
これで全て問題解決。
俺たちは意気揚々と館に帰ったが、机の上のノートを見て思い出した。
ジャフール族の新しい種族名を考えないと。




