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sinECG  作者: XelMon
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13.来訪者を抱き止めて

 古城門ふるきど繋錬武装器ウルトジコンは体表を這い被さり、一層その主張を激しくした。右腕に加えて右足の爪先までもが覆われ、胸の上を進み、左腕もまた武装に食い尽くされていた。彼女がぼろ布のような翼で1度羽ばたけば、その突進が1つの攻撃として成立した。圧倒的な速度と攻撃性を前に、鎌滝かまだきはその一挙手一投足を予測すること以外に免れる術を与えられなかった。

 古城門が急加速し、ブゥンと腕を振るう。鎌滝はぐるりと飛び上がって逃げ延びた。続いて彼女が体ごと突き上がってくるのを、身を翻して躱す。通り過ぎていってからどこかで急降下して鉄槌を振り下ろしてくるよりも先に、滑るように距離を開けなければならない。彼女が縦横無尽に空中を飛び交う間、鎌滝は休むことなく頭を回し、ぐるぐると飛び続けた。彼女の拳がよぎった瞬間、空間が震え、思考回路がふつと途切れそうになった。

 鎌滝は1度も弾丸を放つことなく古城門の動きを追い、躱し、一方で少しの傷も負うことなく空中に居続けていた。彼女が下から上へと拳を突き上げてくるのは、もはや簡単に避けられるようになっていて、今一度、荒い息遣いが真横を通り過ぎた。


「あんたの体に繋錬武装器ウルトジコンが付いているのか、繋錬武装器ウルトジコン――〈繋光の徒(ディラグ)〉にあんたの体が付いているのか、もう分からないな。あんたが力を付けているのか? ヤギを守らされているんじゃないか」


 横合いから飛んでくる古城門の拳撃も容易く避けられた。時間が経てば経つほど、彼女の動きは鈍重に落ちていった。攻撃が不発に終わり、推力を失った彼女の体は僅かに高度を下げる。振り返りざまに仰ぎ見、睨みつけてくる瞳はどこかやるせなさを宿していたが、繋錬武装器ウルトジコンに覆われた右目に限り、鎌滝が敵であると焦点を合わせているようだった。


「その力はどういう力なんだ? あんたの右腕は…………隠されているだけなんじゃないか?」


 その瞬間、古城門の繋錬武装器ウルトジコンは鈍く光った。巨大な右腕が彼女の全身を牽引し、鎌滝へと肉薄した。彼は今までのようにそれをひらりと躱そうとする。しかし、開かれたまま迫った右掌は奇妙なリズムを伴って、彼の足を掴み取り、それまでの飛翔の何百倍という、人一人の力を遥かに超えた膂力でグイと引きずり落とした。

 鎌滝は驚異的な速度で地面へと落とされたのである。危うく、壁をすり抜けたとき同様に、地面と一体化するところだった。コンクリートがクモの巣状のひび割れを起こし、古城門の繋錬武装器ウルトジコンに込められた力の程度をありありと見せつけた。彼が瞑っていた目を開いたとき、紫色の光が視界を塞いでいて、鼻先には彼女の武装が触れていた。ほんの僅かに押し込めば頭をバキバキと潰せてしまう状況は、ある種の脅迫に違いなかった。


「あんたの繋錬武装器ウルトジコン、引きずり落とす力ばっかりは強いんだな…………って、おびえるのは俺のほうじゃないか?」


 そう言うと不意に拳がどけられ、一瞬だけ鎌滝の視界が開かれた。しかしすぐさま彼の腰の上に古城門が馬乗りになり、再び頭へ破砕機のような拳が突き付けられた。彼女の脚から力が失われてへたり込んだのか、頑健な武装が鎌滝を逃がすまいとしたのか、その意図は分からない。ただ、彼女の繋錬武装器ウルトジコンはいつの間にか左の太ももにまで至り覆っていた。

 古城門の顔の右半分は、鎌滝に突き付けられた拳や、彼の胴体を固定する両脚と同じく、すっかり装甲に覆われている。ぎらついた瞳が彼を昆虫標本のように留め、吊り上がって見える口の端から悪意を漏らしていた。そこは自信に満ち満ちていた。


「…………随分と所在なさげじゃないか? 単に勝負を見守って不安に駆られるだけの、外野みたいじゃないか。あんたは何を思ってこれを…………止めようとし始めたんだ」


 鎌滝に突き付けられた拳を止めていたのは古城門自身だった。


「あんたの繋錬武装器ウルトジコンは半分勝手に動いてんだろ」


 鎌滝を一刻も早く潰さんとする武装と、それを力の限り引き留める古城門が衝突し、体は張りつめて小刻みに震えていた。一方で、彼女は顔を伏せ、歪められた右半分とは対照的に、嵐の果ての如く穏やかな表情を湛えていた。


「……もう、ヤギを疑わないことが信じないことじゃなくなってきた……気付いちゃえば、信頼することのほうが逃避になるな……こいつも元々は私の言うことを聞いていたんだ。一時的に私の一部を渡すことで力を増す――そういう電瞬シナークドを持ちながら。そういう電瞬シナークドを持ちながら、ヤギが立場を変えようとするのは時間の問題だったんだろうな」


 訥々と語るのに、静かに耳を傾けていた。


「右腕がなくなったときには当たり前にびっくりしたよ。加えてヤギの色は真反対に変わっていたし、記憶が脳のしわごと消えたみたいにスッカリ思い出せなかったんだから……不安で仕方なかったことも確かだった。だけど、ヤギのせいじゃないかってのはしばらくしてなんとなく思ったよ…………その日、ヤギは私のなくなった右腕に満足そうに体をすり寄せてきたんだ。不覚にもかわいい奴めって思った」


 古城門が言葉を紡ぐ度に、繋錬武装器ウルトジコンはその体を覆い、巨大化し、遂に鎌滝の武装と噛み合ってその腕を抜けなくした。彼女がどれだけ押さえつけようとも、拳が徐々に徐々に迫ってきた。ある均衡の地点を越えた瞬間に、力の程度が発露することになるだろうと予想された。それでも鎌滝は抵抗するそぶりを見せなかった。古城門も言葉を続けず、次いで聞こえたのは通信だった。


『わりぃ、片っ端から戦ってたらもう相手がいなくなっちまった』


 隆郷りゅうごうの声は勝利を重ねた興奮とは別で、奇妙に早口だった。


「そんな百人組手じみたことになったんだったら、自警団辺りも相手取れば良い。〈市民の興戦(アウトオブ)〉で盛り上がるならストラグル辺りはいるんじゃないか?」

『確かにいた。だけど……ちょうどさっきそっちに向かいやがった! 奴はもっと大きな勝負の存在に気付いたんだッ!』


 神速――五屋敷ごやしき・ストラグル・ジーンがメインストリートからこの集合住宅地まで飛ぶのには、およそ3分と掛からないだろう。彼ばかりは乖離代替次元オルトラクションの移動に公衆転移装置を使う必要がない。


「へぇ……それで、あんたはどうする? 俺を潰してシャチを食ったまま逃げるか?」


 鎌滝が再び意識を向けたときには、既に古城門の口元まですっかり繋錬武装器ウルトジコンに覆われていた。その口が、パックリと隙間を広げて語る。


「当然だ。繋錬武装器ウルトジコンもろとも貴様の〈繋光の徒(ディラグ)〉までもを喰らえば、僕は更に強靭になる。更に強く……誰も僕の上には立てなくなれば良いッ! まるでこの宇宙の法則の如く! 不在の神に代わって! 僕こそが他を支配するのだッ!」

「たくさんご飯食べて、たくさん寝て、筋力が付きましたって言っても……強いわけじゃない」


 遂に古城門の左の爪先まで繋錬武装器ウルトジコンは到達した。鎌滝は武装を充分に扱えるだけの空間を与えられず、銃口を目の前の拘束着に向けることもできなかった。押し黙るしかない彼女の、唯一覗く左目が涙を溜め、素晴らしく熱く濡れているのが飛び込んできた。

『もう時間がない。大丈夫なのか』と隆郷が叫んでいた。古城門が拳を引き留めきれなくなった。圧倒的な初速を見た。


「大丈夫だ。扉の向こうは詳しくないが……こっち側に飛び込んできたなら、どうにだってできる」


 するりと抜け出した鎌滝の手からは繋錬武装器ウルトジコンが消えていた。小さな箱型の析置換装器ケムトジコンを手に収め、驚くほど自然に古城門の背後へ回った。


「案外、武装がないほうが良かったりするらしい。徒手空拳が上手いなら特に。もっとも、俺は電瞬シナークドを使うんで展開しなおすけどな」


 ヤギの拳が壁を打ち砕き、そこに敵のいないことを悟るや否や振り向こうとした。けれども、その体は力のためにあまりにも鈍重になっていた。

 鎌滝は再び展開した繋錬武装器ウルトジコンのレバーを引き、そのスロットに析置換装器ケムトジコンを差し込む。人魂の照らす水面の如く淡い青の筋が立ち現れた。


「〈電瞬シナークドLayer()〉――俺の力なき暴力がヤギを形作る本性を消し去る。存在それ自体をなかったことにする」


 引き金を絞った。銃口から飛び出した弾丸が古城門の全身を覆う、厚く硬い装甲に触れ、電光の炸裂するが如く爆ぜた。彼の析置換装器ケムトジコンに迸るラインと同じ、青白い光をほんの少しの間だけ瞬かせ、それから弾丸は跡形もなく消えた。


「……こういう他人から何かを奪い取るようなわざは俺だけがやってれば良いんだ」


 後に残ったのは五体満足のまま倒れ込んだ1人の女性と、首輪の埋もれて目立たない1匹の黒ヤギだった。蹄の生えた四本足でコンクリートを鳴らす。欲深い少年の格好ではなくなっていた。薄暗がりの中では、ヤギを見付けることすら難しかった。しかし、ヤギのほうからその主人を見付けるのは当然らしく、女性の傍らに立ち、長方形の瞳で彼女の顔をじっと覗き込んでいた。


「間に合った。これで引き上げるよ」


 鎌滝は通信で呼び掛けながら、地面に向かって弾丸を撃ちこみ、そこで何が起こっていたのかの情報もなかったことにした。たった今目の端に映った流星のように飛ぶ人物が、あと数秒でここに降り立ったとしても、どういうわけか壁をすり抜けて路上で寝ている女性と、その〈繋光の徒(ディラグ)〉が共にいるだけである。

 鎌滝はここを退室した。

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