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そもそも私が前世の記憶を取り戻したのは初めて雷の魔法を使った時。
この世界では大体4~5歳くらいで魔力が発動するらしくって、ラノベとかにあるような魔力判定の儀式的なものはない。
私もちょっと大きなくしゃみをしたはずみに初めて魔力が発動した。
ただそれが雷の魔法だったせいで我が家に結構大きな被害が出た。要するに落雷だから。
前世と違って家電なんてないから近隣が停電したりって事はなかったけど、それでも我が家の食糧庫に落ちた雷で食材を相当ダメにしたらしい。らしいってのはその衝撃で記憶を呼び戻した私は流れ込んできた大量の記憶のせいでしばらくひっくり返って意識もうろうとしてたからだ。
おかげで私も被雷したと勘違いした両親は食糧庫のぼやより医者へ私を運び込むのを優先した事もあり食料の大半を失ったみたい。
後でその事実を知った私は雷で家族が傷つかなかった事にほっとしつつも、魔法を使うのが恐ろしくなってしまった。まあそもそも日常生活で雷の魔法を使いたいと思う場面がないしね。
そんな訳でセイに学ぶ雷の魔法訓練が実は最初一番苦労してた。2番目はダンス、その次が社交術かな。ホントに令嬢教育って大変。
前世と違って貴族I以外にはこれといった教育制度がないこの世界では、庶民のままなら勉強ってほとんどすることがないんだよね。そういう点では前世の知識で計算の基本がわかってる私は商売やってる家ではかなりお買い得な部分はあったのかも。この世界も十進法だったからね。まあ偶に電卓が欲しいーーって叫びたくなることはあったけど。
「フィーは魔法を使うのいやなの?」
「いやって言うより怖いかな。だって私の魔法は人を傷つけてしまうものだから」
セイの深い緑色の瞳が気づかわしげにこちらを見てる。
ゲームの中でならモンスターやドラゴンやアンデッドなんか嬉々として倒してたけど、現実にそんなものに出会ったことないし、必要ないよねって感じなのだ。
人にあたれば下手すると命を落とすかもしれない自分の魔力を正直もてあましてる。
私が転生した「エリューシア・ストーリー」、通称「エリュスト」の中では攻略ルートによっては戦闘シーンもあったけど、実はこのゲーム全部クリアした訳じゃないからそういう魔法がどこまで必要なのかはよくわからないけれど、少なくともそこはモブの私の出番じゃないと思うの。
「でもねフィー、大きな力だからこそ訓練すべきじゃないかな。君自身でコントロール出来れば不用意に人を傷つけないで済むんだよ」
私の頭に置いた手をぽんぽんとあやすように見下ろしたセイの言葉は確かにその通りだ。
「でも訓練の途中でセイや自分自身に危険はあるでしょ?」
「そこは大丈夫。この訓練場所は魔法耐性の術がかけてあるのは知ってると思うけど、当然私や君にもかけてあるのは最初に伝えたよね」
「そうだけど、でも本当に確実なの?」
やっぱり不安でセイの顔をみつめている時、魔法で閉じられた入口が光って誰か来たのを知らせてくれた。
どういう仕組みかわからないけどセイが軽く手を振ると入り口が開いてテウが入って来た。
「ちょっと早かったみたいだけど、まだ訓練かかりそうか?」
「流石に早いと思うけど、まあ丁度良かった。少し訓練の手伝いをしてくれないか?」
いいけど、と軽く返事しながらテウが近寄ってくる。
「フィーは少し離れててね。じゃあ適当に魔法で僕を攻撃してみて」
「力加減は?」
「フィーが恐がるといけないからちょっと強め程度で」
「ちぇ、つまんねーの」
そう言いながらもテウの赤みの強い瞳がキラッと光った様な気がした。なんか楽しそう。
私が壁際へ後退していくのを確認したテウがなんの前触れもなくセイに向かって腕を上げると礫のようなものがセイに飛んでいく。技名を叫んだりはしないらしい。
それを防ぐ様子も見せないセイの前に見えない壁があるように礫がしゅっと音を立てて消えた?それとも融けた?
そう思ったところで今度はテウが上に手をかざすと、上からさっきより大きめの礫がセイを襲う。
それを見上げたセイは微動だにせず、彼の体の十数センチくらい先でやっぱり礫が消滅した。
あっけにとられてる間に指をパチンと鳴らしたテウが手をくるりと捻ると下方向から渦を巻くようにセイに向かった細かくて大量の礫もやっぱり彼に届く直前で消えていく。
「こんなもんでいいか?」
問いかけたテウに向かって今度はセイが腕を振ると小さな竜巻のような風が飛んでいき、やはりテウの前で消滅した。テウも特に構える事なく肩をすくめただけだ。
「ありがとう、テウ。これでフィーは安心出来たかな?」
何事もなかったようなセイやテウを見て、ようやく魔法訓練の際に無意識に自分で力を押さえる癖が治ったのか、それからはガチガチに緊張してしまう事もなくなった。
実は私の魔力量が平民としては非常に多く下手な貴族では敵わないと知るのは後に学園へ入ってからだ。
セイとしてはただでさえ怖がってる私にその事実は伏せた方が良いと考えたのは当然だったのかもしれない。