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前世の私は恋愛とは疎遠な三十路の会社員で特別な技術もない一般事務職、趣味というほどのものもなかったけど、ストレス発散の1つがゲームだった。
なんていうか頭の中を現実から切り替えられるからだと思う。
パズルゲームは頭空っぽにするのにいいんだけど、むきになってやり過ぎて止まらなくなるので控えてて、集中力が不足気味になってからはRPGやSLGも億劫になってきたんで乙女ゲーム(乙女ゲーと略される)に手を出した。
後、アニメやラノベなんかも気楽に見聞き出来るものメインでそこそこ楽しんでたんで転生ものもいくつか知ってるんだけど、まさか自分が転生するとは思わなかったよね、それも自分がプレイしてた乙女ゲーの世界に。
そもそも前世の記憶を思い出した時にはここが乙女ゲーの世界とは思ってなかった。なぜって自分のポジションがメインどころか登場人物じゃなかったから。
乙女ゲーへの転生ものって大体が王族・貴族の世界だし、主人公だけ庶民ってパターンはあるけどその場合でも大概は偉い人のご落胤でしょ。その点うちは家族仲良しでそのパターンはないし私はバッチリ父親似だったしね。母は近所で評判の美人だけどよくあるパターンみたいに所作のはしばしに気品がにじむなんてタイプじゃなくて母方の祖父母も同じ町に住んでて祭りで食堂が忙しい時は手伝ってくれたりするけど元貴族なんて雰囲気はみじんもない。それは父方も同様だ。
私自身も、頭が悪い訳でも不器量って訳でもないけどどっちかと言えば地味顔で、長所はナニ?って聞かれて自信を持って言えるものなんて何もない。せいぜい計算が得意で店のお会計担当だけじゃなく売上げや仕入れの帳簿も幼い頃から手伝ってたくらい。
庶民としてさえ突出したものがないのに貴族の中でなんて言うまでもないよね?それともむしろ何もなさ過ぎて悪目立ちならするのかも。
来年に控える王立学園への入学を思うと不安になるのは当然で、そんな後ろ向きな考えに没頭してたらおでこをぶつけた。
「いたっ!」
「お前は真面目に練習もしないで身に着くと思ってるのか?!」
「ごめんなさい…」
私の手を取りダンスの練習相手になってくれていたテウが眉間にしわを寄せて見下ろしてるけど、イケメンはそんな事で台無しになったりはしないのね、と呑気に考えてたら更に雷が落ちた。
「流石にその足さばきでは俺やセイ以外に誘ってくれる奴はいないと思うぞ」
講師らしい物言いが以前の子供っぽい態度とは随分違って来てる。
まあその方が好都合とも言えるけど、なんてつぶやきも聞こえるけど知らんふりしておいた。
男の子から男性へ脱皮するかのような変化に私の方がついていけてないのかもしれない。
「はあ、少し休憩した方が良さそうだな。まあでもフィーも最初の頃の事思えば随分ダンス上手くなったと思うぞ」
一転笑顔で見下ろすテウは最近すっかり優しくなった気がする。
前はもっとやんちゃな男子って感じで意地悪な事言ったりしたりしてたのに、知り合ってから半年くらいでなんか紳士らしく女性に優しくすること覚えて来てゲームの攻略対象キャラらしくなってきた。
来月には15歳の誕生日を迎えるはずだけど前世で身近にいた同世代に比べて大人になるのが早い気がする。いやもう15歳は大人扱いって事はひょっとしてこっちって寿命短かったりするのかな。どちらの祖父母も存命だけどそこんとこ確認が必要かもしれない。
それにしたって前世と合わせて40年以上生きて来てるのに15歳に簡単に落とされるのは流石にどうかと思う。照れとは少し違う恥ずかしさから変な意地を張ってしまう事もあるのかも。いやまあ恋愛経験ではほとんど差がない可能性はあるけれど…
という訳で、休憩のお茶をしながらも柔らかく微笑むテウからそっと視線をずらしておいた。