親だから理解しているわけではない
親だから理解しているわけではない
このは
「お正月実家に帰ってきて、たっぷりのんびりしてきたはずなのに」
東京に戻って初めて先生の家に行って食卓を囲んでた時、先生がふいに口を開いた。
「どうしてそんなに元気がないの?」
どうしてわかるんだろうか。だって私たちって、そんなに会話しているわけじゃない。
「母が」
わたしは口を開いた。
「わたしが東京に出たことを喜んでなくって」
「うん」
「生まれて初めてあんなに冷たくされた」
「冷たくって?」
「わたしは東京出てきてから、自分なりに一生懸命働いて、少しは成長できたって思うんですけど」
「うん」
「母は、いつまで東京で遊んでいるの?早く仙台帰って結婚しろって言いました」
「うん。そう……」
先生はワインを飲んでいて、自分のグラスにもう一杯ついだ。わたしはその赤い色を見てた。先生はわたしを見て、
「飲みたい?」
と聞いた。わたしは瞬間躊躇して、かぶりを振った。先生と一緒にいるとき、外では飲んでも、家の中ではつきあって飲まない。
「ずっとお母さんはわたしの味方だったのに、どうしてって思って」
「うん」
その後、先生はゆっくりワインを飲んだ。不思議なものだ。今は母のそばにいるより、先生のそばにいるほうが落ち着く。
「親だから子を理解しているわけじゃないですよ。でも、きっとたくさんの人はそうだと思い込んでいるけど」
「……」
「親だからこそ子供を理解していないことがある」
先生のことばがゆっくりわたしの心の奥の方に入ってきて、そしてわたしの心の中にあった何か見たくないものを隠すためのバリケードみたいなものを壊していく。
「わたし……」
「うん」
「どうして赤が苦手だったのかわかりました。それに」
「うん」
「どうして、いつもああいうふんわりした柔らかではっきりしていない色を選びたいのかも」
「それはどうしてだったの?」
「母が……、喜ぶから。主義主張のないわたしを」
先生はじっとわたしを見て、何も言わなかった。
「お母さんはわたしが大好きなんです」
「うん」
「そばにいてほしいの」
「だから、お母さんと同じ趣味で同じ考え方じゃないといけないんだ」
少し泣きそうになった。
「子供みたいですね、わたし。つまらないこと言ってすみません」
ため息ついた。
「僕も父には理解してもらえなかった」
わたしは先生を見た。
「小説家という生き方を。うちの父は金銭的なものでしか、世の中を測れない人だから」
「……」
「名が売れるようになって、少しは変わりましたけど、今でも僕を年収でしか測ろうとしない。僕の本を読んで理解しようとしたことは一度もない。もし読んだとしてもきっとこの本一冊でいくら儲かったのか聞くんだ」
先生は穏やかな顔をしていた。
「野中さんは……」
「はい」
「選ぶことができる。お母さんの望む通りの自分でいるか否かを」
「……」
「人間って大部分の人が自分を演じている。だから、お母さんの思うように生きるのはそんな曲がったことじゃないですよ」
「嫌です」
わたしはもう仙台には戻りません。仙台にいたころの自分には。
あの時、わたしは仙台を出るときに、片道切符で行くばかりで戻らない電車に乗ったのだと思う。行先を知らないままで乗る電車。そして、今も行先を知らないまま乗っている。今、外に広がっているのは砂漠みたいなところ、途中下車できない。わたしは終点まで行くしかないの。どんなに不安でも。何かをほんの少し間違えればきっと乗る前よりも自分は何かを失って得るものがない。人生って、乗る電車を間違えればそんなふうになる。誰も守ってくれない。だから、みんな選ぶんだ。今手にしたもののみで満足して、電車に乗らずにそこで暮らすか否かを。
親の言うことを聞いて、親の望むようにそばにいるほうが安心なのかもしれない。でも、わたしは負けません。一度自分で決めたことをかえたくない。自分でちゃんと考えて決めたことだもの。
先生は心配そうな顔をした。でも、なにも言わなかった。