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彼女は牡丹君は椿②  作者: 汪海妹
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母の娘であり妹







母の娘であり妹







このは







「お兄ちゃん、珍しいじゃない。いつもなんだかんだ言って、なかなか帰らないくせに」

「お前がいたから帰らなくてもよかったんだよ」

「なんかお土産買った?」

「……」

「忘れたんだ」

「……」

「ほら、発車まで時間あるから買っといで」


冬の駅のホームで兄といる。年末、大変な混雑。帰省ラッシュ。


「いや、この人込み。無理だろ」

「もう、気が利かないんだから」


近くに住んでるけど、久しぶりに会った。3、4か月ぶりぐらい?お互い忙しいからもあるけど、なんとなくわたしが、兄の顔を見づらかった。


「お弁当買っとこうよ」

「中で買えるんじゃない?」

「乗車率200%とかなると車内販売は来ないのよ。お兄ちゃん」


先行の新幹線が発車する。風がもろあたって寒い。でも、東北はもっと寒い。しばらくしてやっと席に落ち着いた。


「ちょっと、お兄ちゃん。もう食べちゃうの?」


まだ11時ぐらいなんだけど。


「朝ごはん食べてなくて……」


なんだか落ち着かない人だ。昔から。


「お兄ちゃんみたいにどたばたした人は、早く結婚して奥さんにいろいろ世話焼いてもらったほうがいいのに」

「うるさいなぁ」


新幹線が動き出しだ。案の定通路にも立ち乗りの人がぎっしり。指定早めに取っといてよかった。


「ねぇ、結婚予定の彼女とかいないの?」

「……」

「ねぇ、いないの?」


おかしいなぁ。なんで黙るんだ。いないならいないって言えばいいのに。


「もしかして、お兄ちゃん、彼女できたの?」

「……できた」

「えー。なに?よかったじゃん」


最近しつこく電話かけてこなくなったと思ってたけど、自分が忙しかったんだ。


「父さんと母さんに言うなよ。付き合い始めたばっかだから」

「ね、ね、どんな人?」


一通り兄の話を聞く。嬉しそうな顔。結構久しぶり、お兄ちゃんに彼女ができたの。社会人になってからは、仕事が忙しくて長続きしなかったことが多かったみたい。


「今度の人はうまくいきそう?仕事ばっかしてほったらかしにしちゃだめよ」

「わかってるよ」


ちょっと照れてる。かわいいお兄ちゃん。


「そういうこのははどうなんだよ。お前、気づいてる。来年26だぞ」

「まだ若いもん」

「古い言い方だと女はクリスマスケーキって言われてんだぞ」


俄然腹立った。自分が幸せなとたん、これだ。


「いつの時代の話よ」


兄はちょっと心配そうな顔をした。


「仕事もいいけどさ。好きなやつとか、いないの?」


います。でも、言えません。


「うちの銀行の独身のやつ、紹介してやろうか」


兄をじっと見る。


「ありがとう。でも、気持ちだけもらっとく」


そう言って、兄から視線を離して外を眺める。後ろから、兄が声をかけてくる。


「なぁ、ほんとは誰か好きなやついるんじゃないの?」

「なんで?」

「だって彼氏いなかったら、普通は飛びつくだろ。こういう話」

「……」

「なぁ、このは。嫌な話かもしれないけどさ。男の人と女の人って違うんだよ。年上の男と結婚するのがいやな女は少ないけど、年上の女と結婚するのが嫌な男は多いんだ。男はいいやつから売れてくから、残りもんから選ぶことになんだぞ」

「……」

「その好きなやつがお前のこと幸せにしてくれるやつならいいけどさ。幸せにしてくれない男に費やす時間は女にはないぞ」

「男にはあるの?」


窓ガラスにお兄ちゃんの顔がうつってる。


「不公平だと思うけど、男のほうが時間は長いと思うよ」


兄はそこまで言って黙った。


***


父母が駅の改札の外でわたしたちを待っていた。にこにこしているお母さん。なんかちょっと小さくなっちゃった気がする。胸がちくりと痛んだ。


「お帰り。新幹線、混んでた?」

「うん。すごい混雑だったよ」


4人で歩き出す。


「このはちゃん、なんかすごい雰囲気変わったわね。服の趣味とか」


急に母が硬質の声を出す。


「そお?」

「お母さん」


母はわたしと目を合わさずに続ける。


「前の方が好きだったな。このはちゃんは。東京っぽくない方が」


ちょっと驚いた。お母さんって、こんな口のききかたする人だったっけ?久しぶりに会えて嬉しかったのに、冷たい水を浴びせかけられたような気持ちになった。


家で鍋をかこむ。父と兄は結構飲んでいて、にぎやかに騒いでいる。母は眉をひそめながら、静かに鍋をつっついてる。


「仕事はどうなの?」

「うん。がんばってるよ」

「ふうん」


母は元気がない。


「いつまで続けるの?その仕事、結婚したらやめるんでしょ?」


ぐつぐつぐつ。いつの間にか騒いでいた父と兄も黙ってこっちを見ている。


「もちろん、東京の人となんか結婚しないわよね?このは」


箸を止めたまま、何も言えない。


「勝也君がもうだめなら、お見合いしなさいよ。こっちで。何年東京で遊びたいの?」

「母さん」


父さんが怒ってる。母は急にお茶碗とお箸をばんと音を立ててテーブルにおくと、椅子を音をたててひいて、寝室へ、自分の部屋へ引っ込んでしまった。


ぐつぐつぐつ


母は両親が教師で、厳しくしつけられながら育った人で、こんな、音をたてて、はしをテーブルにたたきつけるような人では決してない、なかった。


「このは」


お父さんを見た。


「お母さんね。このはが東京行ってしまってからさ、とてもさみしいみたいでね。お前の気持ちや考え無視していろいろ話していると思うけど、大目にみてやって」


ぐつぐつぐつ、3人で食事を再開する。兄もわたしも何も話さない。


「更年期の時期ってみんな精神的に不安定になる人が多いって。このはがいなくなるのと重なっちゃったんだよ、きっと。しばらくしたら、落ち着くと思うから、気に病むのはやめなさい」


お父さんがたんたんと話す。


前ばかり見て後ろを見るのを忘れてたんだと思う。わたしもお兄ちゃんも。わたしたちが1人で何でもできるようになって、四苦八苦しながらも成長するかげで親は確実に年を取って弱っているというのに。本当にこの一年間、お母さんのこと思い出した時間が、一体何時間あっただろう?自分のことばかり考えてた。夢中で。


なんとなく盛り上がらないままで食事を終わり、食卓を片づけ食器を洗う。


「お兄ちゃん、お父さんと座ってなよ。わたしがやるからいいよ」


お母さんはまだ部屋から出てこない。明日が大晦日。ほんとだったらこの時間はいつもは一緒におせち作ったりしてたのに。


すごくショックだった。


母は、2人兄がいて3番目に生まれた女の子で、それはそれはかわいがられて育てられたのだという。何不自由なく育てられたが、母には姉も妹もいなくて、姉妹がずっとほしかったそうだ。だから、結婚して2番目の子供が娘だったときに、わたしは母の娘であり同時に姉妹になった。


一緒に買い物に行って、姉妹のように見えるという決まり文句を聞くと、それはセールストークなんだけど、母はいつも高い声をあげて笑った。嬉しそうに。でも、些細なことだった。母がよろこぶなら、姉妹に見えるというお世辞を母が冗談と受け取らなくても。わたしはいつも無意識のうちに母が喜ぶほうを常に選択して生きてきたと思う。それはその選択が自分の生きるか死ぬかのような深刻な部分とは離れた部分での選択だったから。


わたしは流れるように生きてたし、ほんとはそういうぼんやりとした瞳のまま、かっちゃんと結婚して、お母さんの望む形で、お母さんのそばにいたはずなんだ。でも、そうはならなかった。わたしはかっちゃんと別れて、母のもとを離れた。そして、全てが丸く収まらなくなった。


きゅっと水道の蛇口をしめる。


母はわたしに裏切られたと思っていて、わたしは兄にも恐らくなっちゃんにも自分の恋について話すことはできない。話せばきっとわたしを愛するひとたちはこぞって、先生の悪口を言うだろう。わたしは家族や親友の口から好きな人の悪口を聞きたくない。


***


「千夏、あーん」

「やっ!」


ぶんぶん。首を振る。


「これ、嫌いなの?」

「やっ!」

「じゃあ、これは?」

「あーん」


口に入れる。もぐもぐ。そして、きらり、千夏ちゃんの目がひかる。


「ぺっ!」

「あっ!千夏、また、もう~」


きゃっきゃっきゃっ。


千夏ちゃんが喜んでいる。


「もう、せいちゃん。代わるよ。完全にからかわれてるって」


なっちゃんと中條先輩が席を入れ替わると、千夏ちゃんの表情ががらっと変わった。


「ママ、やっ!パパ~」

「嫌いで結構。千夏、はい、あーん」


じっとなっちゃんを見る。千夏ちゃん。


「ぺっとしちゃだめよ。千夏。わかってるわよね」


じっとなっちゃんを見る。


「食べ物で遊んだら、ママ怒りますからね」

「あ~ん」


心なしか小さな声。もぐもぐごっくん。


「なんか、食事ってこんなに迫力あるものでしたっけ?」

「2歳児って結構大変なんだよ」


先輩が言う。 


「なんかさ、男親ってどっかで子供に嫌われたくないっていうかさ、叱るときとかに腰がひけちゃう瞬間があるんだよね。俺だけなのかもしれないけど。そういうのしっかり見てるんだよ。俺だと怒らないと思うから、全然言うこと聞いてくれないの」

「へぇ~」

「なつはさ、千夏が泣いても全然平気なの。嫌われるんじゃないかなんて一瞬も思わないよね。女の人は。やっぱり、自分のお腹の中で育てたからなのかなぁ」


先輩は2人を眺めながら言う。


「女の人ってさ、そういうとこすごいと思う。親になるまで知らなかったよ」

「もう、せいちゃん。何言ってるの」


なっちゃんがふと目を離した瞬間。


「ぺっ!」


なっちゃんはゆっくり千夏ちゃんの方を見る。


「千夏、お母さんぺっしちゃだめだって言ったわよね」


千夏ちゃんも負けていない。じっとにらみ合う。


「結構千夏ちゃんもすごいですね」

「うん。そうなんだよ。おっきくなってきて初めて分かり始めたけど、この子顔は俺に似ているけど、性格は結構母親に似ている」


最後のところ、わたしにしか聞こえないような小さい声で言っていた。


***


食事終わった後に、デパートの中のキッズ広場みたいなところへ行く。先輩がそばにいてくれるので、なっちゃんと傍らに座って2人を見ながら、おしゃべりする。


「すごいね。1年会わないだけでこんなに変わるなんて」

「うん。あっという間だよね」


ちかちゃんボールの海の中にいる。きゃっきゃっと喜んでる。


「実はさ、2人目できたんだ」

「え?そうなの?おめでとう」


へへへ、となっちゃんが笑う。いやぁ、もうすっかりお母さんだなぁ。


「それとさ、春から異動になっちゃって」

「え?そうなの?」

「うん。まぁ、覚悟はしてたんだけどね」

「どこなの?」

「四日市」


遠い……


「誰もいないところに行くの、不安じゃない?」

「不安だけど、でも、何だろうな……」


ちょっとなっちゃんが考える。


「うーん、なんか今、守らなきゃいけない物が増えちゃってね」

「うん」

「1人よりがんばれるな。絶対負けないみたいな気持ちがね、どんどん湧いてくる。きっと、自分のためじゃなくて、愛する家族のためのほうが、人って強いのかな」

「……」

「なんかね、親になって初めて親の気持ちがわかった。人って子供が生まれるとさ、やっぱり強くなる気がするよ。せいちゃんも変わったし」

「うん」

「あ、ごめんね。自分の話ばっかりして、このはちゃんは?東京での生活どう?」


なっちゃんのそういう地に足ついたまっすぐに伸びる成長を見て、また、まぶしかった。


「うん。なんか、さ、自分は楽しいんだけど。いろいろ知らなかった物を見て、知らなかった自分みたいなの発見してさ」

「うんうん、このはちゃんすっごいきれいになったよ~。東京の人みたい」


わたしたちの間で使い古した表現。ふふふ。


「でもね、そういうのが流れ着く先がちょっと今、見えなくて、なんか自分の未来が見えない。かといって、仙台には戻れない。過去にはさ」


ちょっとなっちゃんが黙る。


「でも、後悔はしない。自分で選んだことだから」


そう言って笑った。なっちゃんはやっぱり少し心配そうな顔をしている。


***


「このはちゃん、ばいばーい」


千夏ちゃんを抱っこした先輩がそういうと、千夏ちゃんは


「ばいばーい」


と言った。お人形さんみたい。かわいいなぁ。


「四日市に遊びに行けるかなぁ?」


なっちゃんは笑う。


「2人目が生まれたらさ、顔見に来てよ。日本にいるうちにさ」

「え?そのうち海外行っちゃうの?」


なっちゃんと先輩が顔を合わせてちょっと笑う。


「すぐじゃないけど。たぶんね」

「英語勉強してって言ってるんだけどね」

「そんなの、現地行ったら、どうにかなるって」

「ぎりぎりまでやらないつもりだな……。やっぱり」


2人は相変わらず同じテンポで少し似た顔で笑うけど、少しずつ大きなことに2人で進んでいく。なっちゃんの人生にはなっちゃんの越えなきゃいけない波があるんだなぁ。怖いと思わないで進んでいくんだ。すごいなぁ。そして、きれいだ。なっちゃんの強さとか今のきれいさはみんなの前に出すことができて認められる美しさ。


「四日市、行くね。赤ちゃん生まれたら。元気な子産んでね」


なっちゃんは笑った。

わたしにも、いつか、こんなふうに愛する人の子供を産む日が来るだろうか。


「ばいばーい」


先輩に肩車されてご機嫌の千夏ちゃん。もう1回ばいばいと言って、手を振ってくれる。


今の恋に進んでいって、その先にこんなふうな、好きな人と自分たちの子供を連れながら、友達と分かれて家路につくような穏やかで力強い日々が来るだろうか。


彼女の恋とその先にある愛はみんなに言えるしほめられるものだけど、じゃあ、わたしの恋はなんだろう?わたしは親の嫌がる、言えないことをして一体何をしているんだろう?


わたしは一体何を捨てて何を拾ったのだろう。そして、どこへ行くのだろう。


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