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彼女は牡丹君は椿②  作者: 汪海妹
2/17

結婚してんの?













このは













一年とちょっと前。東京駅に着いたとき、兄は親の言いつけ通りわたしのことを待っていた。


「子供じゃないんだから、ほっておいたっていいのに」

「妹のために仕事をおいてでてきてやったのに、その言いぐさはなんだ」

「銀行員ってそんな忙しいの?」


兄はため息をつく。


「忙しくない仕事なんて仕事じゃない」

「うわー」

「なんだよ。その食品にかびが生えてるのを見たときみたいな反応は」

「……」


なんかもうどうでもいいわ、この人。2人で吉祥寺の駅に着く。


「野中さん、久しぶり。今日は迷わず来られた?」


澤田さんの笑顔を見て、兄が凍りつき、澤田さんは兄を見てきょとんとした。うん、ごめん。忘れてた。澤田さんが今日来るって説明するの。


「どなた?」

「えーっと、兄です。お兄ちゃん、会社の人でお世話になっている澤田さん」

「こんにちは。どうも。澤田です。妹さんと同じ系列の会社で、出版の方にいます」


澤田さんがいつものようなそつない物腰で挨拶をして手を出す。兄は……、まだ凍りついている。おい、どうした、銀行員。お前法人営業だろう?


「お兄ちゃん」


ちょっとどつくと、


「どうも、兄の野中将臣です」


やっと、手を握り返した。そして、三人で移動して、部屋を見て家賃の金額を聞いて、兄は一気に機嫌が悪くなった。


「どうする?これから買い物とか必要でしょ?すぐに生活で使う物とか?」


わたしが答えようとする前に兄が代わりに答えてしまった。


「あ、後はもうこちらでどうにかしますんで。お休みの日にわざわざすみませんでした」


深々と頭を下げると、澤田さんを帰してしまった。


「ちょっと!普通はお茶とか夕飯とか、なんかお礼してから帰すでしょう?」


しまったという顔を兄がする。


「もう、信じらんない。会社では部門は違うけど、全然上の人なんだよ!」


だから来ないでいいっていったのに。


「あの人、何歳?」

「ええっと30代後半、だと思う」

「結婚してんの?」

「え?なんでそんなこと聞くの?」


兄は怒った顔をしている。


「お前はほんと世間知らずだな。男が女に必要以上に親切にするときはね、下心があるんだよ」

「え?そんなんじゃないって」

「とにかく、結婚してんのか?今の人」


実はちゃんと確認したことないけど、だから知らないんだけど、


「してない(と思う)」


兄はため息をついた。


「でも、年なんか一回り以上上じゃん」

「ねぇ、だからそういうのじゃないんだって」

「じゃ、どういうのだよ?」


澤田さんは火野先生のことがあるから、わたしに興味があるだけなんだよと言えば、でも、状況がもっと悪くなる。


「……」

「お前にその気がないんだったら、きりのいいところで引っ越ししろ」

「え~!」


それは角がたつなぁ。一旦受けちゃってるし。それに向こうはその気がないのに、こっちばっかり意識しているような気も……。とりあえずその話はおいといて、買い物に出る。洗濯用のハンガー、洗剤、タオル、シーツ、枕、そうじき、とにかくいろいろ。


「疲れた」


荷物が重い。


「お前が先に言うなよ」

「お兄ちゃんがいてよかった」

「ふん」


あれ?まだ機嫌悪いの?


「俺がいなかったら、絶対あいつが喜んで手伝ったって」

「……」


まだその話が続くのか。トゥルルルル、電話がなった。荷物を持ってちゃ携帯出せない。一旦ビニール袋を路上に置く。


「はい」

「野中さん?」


澤田さんだった。タイミング悪いです。澤田さん。


「はい」

「買い物とか、一通り済んだ?」

「はい。今、荷物おきに帰るところです」

「あのね、今、火野先生と一緒にいてさ。夜、一緒にご飯食べようって言ってるんだけど」

「はい」

「引っ越し祝いしてあげるからさ、野中さんも来ない?」

「あ、えーと」


わたしはちらりとお兄ちゃんを見る。難しい顔して立ってる。


「すみません。あの、兄が一緒なので……」

「お兄さんもくればいいじゃない」


断りづらい。なんか、澤田さんって。ちらりと兄を見る。こっちは誘いづらいわ。


「すみません。とりあえず荷物置いて、兄と相談してからまたお電話します」


ぷつ。日本人の美徳、一旦受け止めてから断る。つーつー。速攻で断らずべし、角が立つ。


「さっきのやつだろ?」


よいしょっと、返事をせずに荷物をもう一度持って歩き出す。


「どうせ、一緒にめしくおうとか言われたんだろ?」

「お兄ちゃんと今日は2人で食べるって断るよ」

「別に断んなくていいよ」


えっ?振り返って兄を見る。


「俺も一緒に行って品定めしてやる」


え~!もっとめんどくさいことになっちゃったじゃん。


***


「へぇ~。じゃあ大学からこっちなんだ。それで都銀なんだね。すごいね」

「いや、まぁ、どうも」


澤田さんって……。やっぱりそつがない。年下のお兄ちゃんなんか簡単にあしらわれている。今日は野中さんの引っ越し祝いだから、若い女の子が好きそうなお店にしようって、澤田さんがタイ料理のお店に決めちゃった。火野先生とタイ料理のイメージが合わない。


「先生」

「何?」


この人機嫌がいいのか悪いのか、ぱっと見わからないわ。


「あの、タイ料理とかで大丈夫でした?」


先生はじっとわたしを見た。


「嫌いじゃない」


言葉少なっ。小説の中ではみんなぺらぺら話すのに。


「でも、パクチーはだめなんですね」


ひとつひとつ丁寧によけている。


「こんなの好きなやついるの?」

「わたしは好きです」


先生はもういちど、じっとわたしを見た。


「変わった人だ」


もう一回言われちゃったな、これ。ん?ふと横を見ると兄と目があった。


「何?お兄ちゃん」

「いや、何でもない」

「まぁまぁ、お兄さん」


澤田さんが、兄にビールついでる。


「あの部屋は、いい借り手がなかなか見つからなくって困ってたんですよ。お子さんのいる家族に貸すと、お子さんがあちこち壊すでしょ?」

「ええ」


兄は完全に、澤田さんに丸め込まれていると思う。


「でも、従来の家賃だと、やっぱり家族づれの希望者が多くてね」

「はぁ」


なんか、これでもううるさく言われないですみそう。ほんと、口うまいな。澤田さん。


「なんで」


ふいに先生に話しかけられた。わたしは横の2人に流していた視線を戻した。


「髪切ったの?」


ちょっとふいをつかれた。だって、この人話さないし。わたしになんて興味なさそうなのに……。そうでもないみたい。


「気分をかえたくて」


先生はもう少し何か言いたそうにして、そして、やめた。


「そうか」


そしてちょっとだけ心配そうな顔をした。そしてまた普段の無表情に戻った。


***


兄が今日は部屋に泊まるといってきかないので、駅へ行く澤田さんと分かれて、3人で途中まで歩いた。


「じゃあ、ここで」


先生のマンションの前で、先生はそう言った。


「おやすみなさい」


ぺこりとおじぎをすると、先生は少しだけ笑って軽く会釈して、マンションの中に消えてった。


「いい所、住んでるな」

「まぁ、それなりに売れてる作家だからね」


兄はビジネス書とかハウツー本とかしか読まない。小説は読んでもミステリー。だから火野先生の名前は知るところではない。


「おい」

「何?」

「この先生は結婚してんのか?」


なんだか今日はもううんざり。本心では。


「奥さんいるよ」

「ふうん」


兄はしばらく黙って歩いた後、唐突に言った。


「不倫とかそういうのだけはやめてくれよ」

「な、なに言ってんの?お兄ちゃん。ないない」


兄は街灯の下でわたしをじっと見た。昔ながらのお兄ちゃん。お調子者で、クラスの人気者。でも今日はふざけていない。


「じゃ、帰る」

「え?泊まるんじゃなかったの?」

「俺が泊まるっていわなきゃ、どっちかがついてきそうだったからさ」

「ど、どっちかって……」


もう、考えすぎだよ、お兄ちゃん。


「なぁ、このは。お前自分で自分のことどう思ってるかわかんないけど、あんまり世の中のことっていうか、男のことわかってないと思うよ。恋愛ってね、相手を間違えるととっても痛いものだよ。ぼろぼろになるんだ」


驚いた。お兄ちゃんがわたしにこんな話するなんて。


「一回りも上の男の人たちは、お兄ちゃんはちょっといい顔できないな。かっちゃんとまでは言わないけど、もし次の恋愛をするなら、自分と同じ世界にいるこのはにもっとあった男としてほしいな」


じゃあといって兄は帰っていった。わたしと同じ世界にいるわたしにもっとあった男。つまりお兄ちゃんは、火野先生は同じ世界にいる人ではないって思ってるってことだ。


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