ありえない恋
本作品は彼女は牡丹君は椿①の続きの話になります。
②から読むと一部意味がわからないところ出てくるかもしれません。その際はお手数ですが、①に戻ってご確認ください。
読みどころの一つとして、①での彼氏のかっちゃんと②の火野先生の違いを比べながら読んでいただいてもおもしろいかもしれません。
最後までお楽しみいただけたら幸いです。
汪海妹
本作品の主な登場人物
メイン
火野先生
このはちゃん
サブ
澤田さん(火野先生の担当編集者)
せいちゃん
なっちゃん
千夏ちゃん(せいちゃんの娘2歳)
あかりさん(火野先生の奥さん)
エメラルダ(猫)
将臣さん(このはちゃんのお兄ちゃん)
進藤君(このはちゃん同郷後輩元書店の客)
進藤君
野中さんが東京へ行って、僕は高校3年生になって、受験生になった。学校と塾の往復の毎日を乗り越えて、僕は望み通り東京で大学生になった。
『合格おめでとう。4月から大学生だね。東京出てきて落ち着いたら教えてね。お祝いにご馳走します。』
大学第一志望に合格したと知らせたときにもらった返信。嬉しくて今までに何度も読んだ。僕が18歳、彼女は24歳。はっきり言ってありえないって分かってる。だから、付き合いたいとかそんなのじゃないんだ。ただちょっと見てるだけでいいんだ。
彼女の会社の近くの指定されたお店で、本を読みながら待つ。野中さんにはもう一年以上会ってなかった。
「あ、進藤君。久しぶりー」
お店に入ってきた彼女はすごく雰囲気が変わっていた。髪の色は明るくて、でも、最後に会ったときは短かったけど、今はまた長く伸びていた。なんというか仙台にいたときよりもっとおしゃれで華やかになっていた。
「どうも、こんばんは」
彼女の後ろに女の人が2人いて、挨拶された。
「どうも」
僕も頭を下げる。なんだ、やっぱり2人っきりとかではなかったか。顔に出さないようにして思い切り落ち込んだ。
「一緒に働いている先輩なの。2人より賑やかなほうがいいかと思って」
笑った顔の耳にピアス。赤い涙型の石が揺れる。
「ね、何食べたい?社会人がごちそうするよ」
ちょっとぼーっとした。ほんと野中さん東京に来てきれいになったな。
「こちらが、島野さんで、こちらが矢野さんです」
「よろしく~」
2人声がかぶる。30代ぐらいの人たちに見えた。僕から見たら結構年上だよね。
「よろしくお願いします」
「ね、進藤君ってさ、大学何学部?」
「経済学部です」
おお~と盛り上がる。なぜ、自己紹介だけで盛り上がる?のりのいい人たちだ。
「ねぇねぇ、うちでバイトしない?」
「あ、先輩。直球はだめだって言ったのに」
野中さんが高い声をあげる。ん?なんの話?
「ごめんね。進藤君。気にしないでいいから」
「うちね。今、学生バイト募集してるの」
「はい」
「だから、今日はお祝いの席なんだから、そういうのはまた今度って」
「でもね、鉄は熱いうちに打てって。ほっといたらすぐ他のバイトしちゃうでしょ」
がやがやがや。どこに行く?と言われて居酒屋と答えたのはどうしてだろう?でも二人っきりでないなら、にぎやかなほうがいい。
「どんな仕事ですか?」
「お?興味ある?」
もちろん、ある。だって、
「そんな時給のいいバイトじゃないよ」
野中さんが困った顔をする。時給なんてどうでもいい。だって、バイトしたらわざわざ言い訳考えなくても、あなたに会える。
トゥルルルル
「あ」
野中さんは携帯を取って、そしてごめんねと言って立って店の外に出ていく。
「またか。先生か」
背中を見て、島野さんが言う。
「先生って、なんですか?」
2人顔を見合わせる。
「ちょっとね、1人小説家の先生で、野中さんのこと気に入ってる人がいてね」
「芸能人でいうところの付き人みたいになっててさ。いろいろ用事頼まれてんの。こう、ボールペン買ってきてみたいな一つ一つはつまらないもんなんだけどね」
しばらくして野中さんがごめんごめんと戻ってくる。
「大丈夫?」
「ああ、うん。帰りに寄ればすぐだから」
帰りに寄ればって、家が近くってこと?
「今度は何だったの?」
「猫のトイレの砂」
「うわー。何それ?重そう」
「いや、近くに買えるとこあるし。深夜までやってる」
「火野先生が自分で外でて買えば済むじゃない」
「そーなんだけどね」
お代わりと言って、野中さんがグレープフルーツサワーを頼む。ちょっと待って。今、火野って言わなかった?
「先生って、もしかして、火野蒼生?」
三人ぴたっと動作が止まる。ちょっと誰?名前言ったの。みんなで小突き合う。
「ごめん。そうなんだけど。あんまり言わないでね。学校とかでさ」
野中さんが両手を合わせて僕にお願いのポーズをとる。彼女の耳元で、また、赤いピアスが揺れた。
このは
「先生、買ってきましたよ」
下で呼び出す。オートロック解除。エントランス抜けて、エレベーターで上にあがる。ドアがあく。先生がじっとわたしを見る。
「野中さん、今日も酔ってるな」
「大人のつきあいですよ」
先生はすたすたと近寄って、猫の砂を持ち上げる。本当は砂だけ渡してわたしは帰ったっていいはず。だって、もう遅いし。でもわたしは時間を忘れたふりして先生にくっついて部屋に入る。わたしの後ろでドアがばたんと閉まる。
猫の砂かついだままで、彼が振り返ってわたしを見る。今日は前に先生がわたしに似合うと言ってくれた赤色のピアスをしていた。
わたしは知っている。先生はわたしがそのピアスをつけて他の人と会うのは嫌なこと。そして、酔っぱらうのも嫌なこと。先生に会う時にわたしが酔っていると、必ず少しだけ不機嫌になる。わたしはわざと、先生が不機嫌になることをやっている。
ニャー
「エメラルダちゃん」
でも、どんなに揺さぶっても、先生はいつもただ不機嫌な顔をするだけ。核心をつくようなことは何も言わない。そして、もちろんなにもしない。わたしたちは友達以上恋人未満。もう一年以上ずっとそう。そして、わたしたちの関係が一体何なのか、関係について名前をつけることも、それについて話し合うことも、考えることも全部棚にあげてしないようにしている。
そこに意味を求めれば、一瞬で崩れ落ちてしまう、そんな砂のお城のようなもろい関わりだった、わたしたち2人は。
ニャー
猫がまたなく。わたしは彼女をもう一度なでる。