9 まさかの魔術?(2)
ツールスハイト公爵家の前には騎士が立ち、騎士団が家の中に控えている。
王子に何かあっては大変だ。
夜に兄が王宮に出向き、殿下の様子を伝え、妹の薬で眠ったことを伝えると、王宮は慌ただしく警備の人選を始め、ツールスハイト公爵家に向かった。
ツールスハイト公爵の屋敷の中は、従者も侍女もコックも使用人もてんてこ舞いになっている。
「騒々しいわね」
「王子を泊まらせているんだ。これくらいは当然だろう」
シェル殿下は疲れが溜まっているのか、昼を過ぎても、まだ眠っている。
午後の2時近くに目を覚ましたシェル殿下は、すっきりした顔をしている。
「よく眠れた」とあくびをしながら言う。
「お食事の用意をいたしますので、それまでお茶をどうぞ」
わたしは新緑の甘みのある紅茶を淹れた。
「お疲れは取れましたか?」
「ずいぶん楽になった」
目の下の隈は、まだ2匹ほど飼っていらっしゃる。
相当疲れていたのだろう。
昨夜煎じたお茶は睡眠導入剤のごくごく弱いものだ。ここまで長時間継続する薬ではない。
侍女が食事を運んでくる。
テーブルに並べて、部屋を出て行った。
「お腹が空いたでしょう?どうぞお召し上がりください」
「いただくよ」
胃もたれを起こさないメニューで、満腹感も得られる料理を食べると、殿下はまたうつらうつらしてくる。
「ベッドに戻られますか?」
「僕は病気なのか?」
「ええ、軽い風邪だと思いますが、今が頑張りどころでございます」
「そうか・・・・・・」
「まだ不安はありますか?」
「リリアンの顔を見ていると安心できる」
わたしは微笑んだ。優しい気持ちに素直になれた。
「どうぞ、ごゆっくりお休みください。近くにおりますので」
「ああ、手を握っていてくれ」
わたしは椅子を近づけて、手を握る。
殿下はすぐに眠りに落ちていく。
安らかな寝顔を見ていると殿下のことを、やっぱり好きなんだなと思う。
助けてあげたい、この手で・・・・・・。
はて、わたしを転生させたのは誰だろう。
前世では殿下は、アウローラに夢中になりわたしの事を疎ましく思っていた。
わたしは嫉妬丸出しで、アウローラに嫌がらせをして虐めていた。
アウローラを庇ったシェル殿下に剣を向けて捕まった。
殿下と兄は幼なじみで、親友だ。殿下の相談役として側近に指名されたのも、兄が幼いときだった。わたしと婚約していることから、幼い頃から、兄と殿下と三人で、よく遊び殿下が、うちに泊まることもよくあったが、高校生になってからは我が家に泊まりに来たのは初めてだ。
まったく前世とは違うシナリオに、わたしは岐路に立つ度に、慎重に考える。
今度は一人で判断せずに、兄に意見を求める。
そっと扉が開いて、兄がわたしを呼んだ。
廊下に出て、小さな声で兄が「出たぞ」と言った。
「テーブルの下の絨毯を捲ったら、魔方陣が出てきた。すべて消してきた」
「やはりそうでしたか」
「アウローラが仕掛けたのだろう」
「魔術の品などは他にありませんでしたか?」
「そこまでは、まだ調査中だ」
「目的は花嫁になることでしょうか?」
「殿下の暗殺かもしれないし、花嫁になることかもしれない。生徒会室には、見張りを置いている。また仕掛けに来るかもしれないからな」
「殿下は食事を召し上がったら、眠ってしまいました。相当、お疲れのようです。今夜は滋養の茶葉も入れましょう。しばらくは体力の回復を待ちましょう」