6 王子に誘われました
生徒会室の食器棚に鍵がつけられ、その鍵はリリアンと兄が持つことになった。
「リリアン、僕を助けてくれたんだってね」
「いいえ、当然のことをしただけです」
生徒会室ミニキッチンでお茶の支度をしていたら、シェル王子殿下が寄ってきた。
「今度の休みに、ハイキングに出かけよう」
「殿下とでしょうか?」
「二人に決まっているだろう」
「本当ですか?」
諦めようとしていたのに、好きな気持ちが湧き上がってくる。
「秋祭りが終わったら、どうかな?」
「是非、お供にお連れください」
「そんな堅苦しい言葉を使わなくてもいいのだよ」
「でも殿下は、皇太子ですし、子供の頃に約束をいたしましたわ」
「まだ子供の頃の遊びの続きをしているのかい?あのゲームはもう時効だろう。リリアンは僕の婚約者だ。シェルと呼んでくれて構わないのだよ」
「・・・・・・え?」
夢を見ているのだろうか?
もう時効ですって?
「シェル殿下」
「殿下もいらない」
「シェル様」
殿下が綺麗に微笑んだ。
「昔はシェルと呼んでくれたではないか?」
「・・・・・・え?」
「呼んでみよ」
「シェル」
殿下が満足そうに笑った。
「早く、ドレス姿を見てみたいものだ」
「シェル、お茶が入りましたわ。テーブルにどうぞ」
トレーに新しいガラスのカップを載せて、殿下が好きなナッツを小さなお皿に小分けした。
好きな気持ちが胸いっぱいになっていく。
珍しくアウローラがいないと思っていたら、お茶を並べたところで、「おはようございます」と言いながら扉を開けて入ってきた。
「まあ。グッドタイミングですわ。お茶が入っています」
リリアンが座ろうとした席に、ちょこんと座って、カップを持ちながら、殿下のすぐ横に移動していく。
わたしのお茶が・・・・・・。せっかく二人で飲めると思っていたのに。
お兄様は、珍しくアウローラの姿がないのを見て、二人で楽しみなさいと席を外してくれたのに、これではいつもより酷い。
「アウローラ、それはリリアンの分なのだよ」
「あら、私はお邪魔でしたか?」
目に涙まで浮かべて、心底がっかりした姿を見せる。
「リリアン、申し訳ない。もう一つ、お茶を淹れてきて、ここに座ってくれ」
リリアンは目を伏せて、真新しいカップに残りの紅茶を入れて、茶菓子は持たずにテーブルにやって来た。元々、リリアンの席にアウローラが座っている。
リリアンは黙って、空いた席に座るとお茶を飲む。
「シェル様、今日は寝坊してしまいました。食堂に行ったら、もう朝食の時間が終わっていて、朝食を食べ損ねてしまいました」
「リリアン、さっきの話の続きだが、シロツメクサが群生している場所を教えてもらったんだ。興味はないか?」
「シロツメクサの群生ですか?見てみたいです」
殿下はわたしを優先して下っているわ。
「シェル様、私の話も聞いてくださいまし」
アウローラがいきなり立ち上がり、カップのお茶を倒した。流れたお茶が、殿下のズボンにかかる。
「ごめんなさい、シェル様」
リリアンは急いでタオルと取ると、殿下のズボンにタオルを載せて、拭いていく。
「殿下、火傷は大丈夫でしょうか?」
「熱いな」
「すぐに冷やした方がいいのですが」
ミニキッチンの冷蔵庫から、氷を出して、袋に入れると足に当てる。
「お兄様」
声をかけただけで、すぐに兄が部屋に入ってきた。
「殿下が火傷を、すぐに冷水でひやしてください」
「わかった」
「アウローラはすぐに部屋を出て行きなさい」
「嫌よ」
「邪魔だ!」
兄が冷たく怒鳴ると、アウローラは目に涙を浮かべて部屋から走って出て行った。
「足下に気をつけてください。割れた破片が落ちています」
兄はシャワールームにシェル殿下を連れて行き、リリアンは割れたカップを片付ける。
せっかく買ってきたばかりなのに・・・・・・。
割れた破片を拾い、雑巾で大まかに紅茶を拭き取り、そのままゴミ箱に捨てる。搾れば、破片で手を傷つける。新しい雑巾を出して、綺麗にしていく。
テーブルの上のカップを片付け、台拭きで拭い、したたり落ちた紅茶を、もう一度、雑巾で拭っていく。乾いた雑巾で、絨毯の湿り気を取って、床とテーブルを綺麗にすることができた。
「お医者様をお呼びしましょうか」
「これくらいは大丈夫だ」
「念のために呼んできてくれるか?あと着替えも用意してくれ」
「わかりました」
リリアンは医務室に行くと医師を呼び、医務室にあるバスローブとバスタオルを掴むと、生徒会室に走った。
淑女たる者、廊下を走ってはいけませんと言いながら、今は緊急事態だからよしと、自分に許可を下す。
医師よりも早く生徒会室に辿り着いたリリアンは、バスタオルとバスローブを兄に渡した。体は冷えただろう。もう一度、紅茶を淹れてカップに注ぎ、適温まで冷ましておく。
医師が診察しているので、リリアンは背中を向けたまま、先ほどのカップを洗っていく。
布巾で綺麗に拭いてから、食器棚にしまう。
「大丈夫そうだね。最初の処置が良かったのだろう。ここは氷もあるのか?」
製氷機に水を注ぎ、氷を作っておく。
「リリアン、もうこちらに来てもいいよ」
「はい、お兄様」
トレーに載せておいた紅茶を運び、テーブルに置く。
「少し冷ましてあります。先生もどうぞ」
「これは、ありがとう。ご馳走になっていくよ」
「リリアン、ありがとう。君のお陰で、火傷もたいしたことがない」
「いいえ、テーブルの上にカップが置かれているのに、暴れた彼女の礼儀がなっていないのだと思います」
「僕が甘やかし過ぎたのだろう」
殿下は言葉少なめに、飲み頃になったお茶を飲み、「ああ、美味しい」とおっしゃった。
「今日は新茶の缶を開けたばかりなので、風味もよく、色合いも黄緑色をしています。美味しくいただけると思います」
「おかわりをもらえるか?」
「すぐに準備をいたします」
リリアンは、席を立ち、新しい茶葉を入れて、紅茶を淹れた。
今度こそ、新しいカップでお茶を淹れて、殿下に飲んでいただいた。
「美しい器だ」
「お気に召していただけで嬉しく思います」
リリアンはお辞儀をして、先ほどのカップを片付けると、ソファーに座って、久しぶりにアウローラのいない部屋で紅茶を飲めて、素直に美味しいと思えた。